組織改革のパラドックス
今日は、親しいビジネスパーソンとミーティングをする機会がありました。職場で業務改革をしている人物で、少しお悩みでした。ミーティングという名の暑気払いです。
業務改善や業務改革の類は昭和の昔からあるもので、暗に組織改革を指していたりする。人事改革に内包されていたりもします。
僕が社会人になった平成元年は、PC9800シリーズに、5インチのフロッピーディスク、Lotus 1-2-3がデジタル化を担っていました。その一方では、電卓より速くそろばんをはじくベテランが、現場の課題を前へ進める姿も見てきました。40年近くも前ですから、デジタルが意味することも今とは同じではないけど、つまるところ、ことの本質は人や組織にあるということかなと思います。
DXが進んでも、人によっては仕事が楽になるとは限りませんね。聞いていてそう思いました。その原因も様々でしょうが、仕事が合理化された瞬間、その当事者には新たな役割が求められることも少なくありませんもんね。
ポイントゲッターはアシスト側へ回り、そこにも既にエキスパートがいる。逆の流れもあるでしょう。だから、自分自身を再開発し続けなさいとなるのでしょうか。そんなことを感じました。
昔の『西部警察』なら、大門軍団が「自分がやります」と動いてくれる。その姿に組織は安心し、いつしか依存する。気づけば代わりは育たず、いなくなって初めて問題が表面化する。本当の問題は、その人に依存し続けた組織の方だったりします。大門軍団は、後進も育てていたかもしれないけど。
表現は良くないけど、属人化の元凶に見られがちな人たちがいます。でも実は改善や改革の鍵を握るキーマン、担い手だったりします。問題なのは自分だけで進めてしまう人がいるケースがほとんどですが、実は、そうではなかったりもします。抵抗勢力と思われていても、暗に警告している側の場合もあります。まわりの理解や成熟が追いついていないだけで、抵抗勢力に見えてしまうこともあります。つまるところ、よく紐解かないと解明できなかったりします。
僕にそれを学ばせてくれたのは、これまでに携わった仕事とスポーツチームでした。自治会もそうやったかな。
流行りのDXに焦点を当てるなら、ことの本質は、システム導入云々ではなく、人と組織が役割を再設計し続ける営みだと思うよなぁ。ビジネスパーソンとの一致した見解でした。なんで昼に飲むビールは、あんなに旨いの。
