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W杯弾丸ツアー②

ダラスからヒューストンへ移動し、いよいよ決戦の地へと到着した。
予選の試合では、現地に多くの日本人サポーターが駆けつけているという報道を目にしていた。
だから今日も、スタジアムの半分くらいは青く染まっているのだろうと勝手に想像していたのだ。
しかし、ゲートをくぐった瞬間にその目論見は打ち砕かれた。

視界に飛び込んできたのは、圧倒的な黄色一色のスタンド。
地鳴りのような歓声が響く中、日本代表は完全なるアウェーの渦中で戦うことになっていた。

ダラスの競技場と同様、ヒューストンのスタジアムもまた巨大で、信じられないほど空調が完璧に効いていた。
外の酷暑が嘘のように快適だ。とりわけ夏の暑さが厳しい地域にあるアメリカのスタジアムは、おそらくすべてがこのクオリティなのだろう。
エンターテインメントに懸ける投資の規模と、プロスポーツを興行として成立させる術は、やはり世界でも段違いだと肌で感じさせられる。

さらに驚いたのは、8万人弱という大聴衆が詰めかけているにもかかわらず、トイレや売店でストレスを感じるような長蛇の列が皆無だったことだ。オペレーションの妙もさることながら、売店で配られるドリンクカップや、ちょっとした小物のデザインがいちいち魅力的に作られている。

観客が思わず財布を開いてしまう心理を、これでもかと掴みきっていた。

いよいよ日本代表がピッチに現れる。


人気で売り切れ続出の白を基調としたアウェイ用のユニホームが緑のピッチによく映える。
対するブラジルは、おなじみの鮮やかなカナリア色のユニフォーム。

スタジアムを包む緊張感が最高潮に達した頃、国歌斉唱が始まった。
周囲にいる数少ない日本人サポーターたちと声を合わせ、君が代を歌い、拳を突き上げてニッポンコールを叫ぶ。
普段、日本で普通に暮らしている中では滅多に意識することのない「自分は日本人なのだ」という強烈な感覚が、一気に身体を駆け巡る。


そして、キックオフ。 世界のトップ選手たちであっても、やはりこの舞台は緊張しているように見えた。それを見守る私自身も、胸の鼓動が普段より明らかに速く、心拍数が上がっているのが分かった。

試合が動いたのは前半25分過ぎだった。
日本の佐野海舟が独走からの先制ゴール!!
完全アウェーのスタジアムの中で、日本人が弾けたように大声を上げて叫んでいた。

私も、ここ数年で出した記憶がないほどの大声で、夢中で叫び散らしていた。しかし、歓喜の直後、頭のどこかで冷静な不安が首をもたげる。
――先制のタイミングが、ちょっと早すぎるのではないか、と。
脳裏をよぎったのは、2006年のドイツW杯のブラジル戦だった。あの時も玉田の強烈なシュートで先制しながら、最終的には圧倒的な個の力にねじ伏せられた苦い記憶がフラッシュバックする。

案の定、そこからブラジルの猛烈な攻勢が始まった。
日本は集中を切らさず、組織だった守備で何とか跳ね返し続け、1点リードのまま前半を終える。
ただ、ピッチを凝視していると、気になる点がいくつかあった。
日本の選手たちに、どこか「ボールを繋ぐことに対する恐怖心」が見え隠れしていたのだ。本来ならパスを回して落ち着かせられる局面でも、プレッシャーに押されて大きく蹴り出してしまう場面が目立った。
確かにブラジルのFW陣は、並外れた攻撃センスだけでなく、驚くほど守備の予測が上手く、日本のパスコースをあらかじめ限定してプレッシャーをかけていた。
けれど、後半の45分間をただ耐え凌ぐだけで勝てるほど、王国ブラジルは甘くないはずだ。

後半が始まると、ブラジルは配置を少し変えてきた。
ビニシウスが、より大きくサイドに張るようなポジションを取っている。
これは嫌な予感がした。予選リーグのオランダ戦での失点時に露呈した、日本の守備の泣き所を、彼らは完全にスカウティングし、徹底的に突いてきたのだ。

日本のディフェンスは、前半からサイドの特別な個をダブルチームでケアしていた。それが大外に張ったのだ。日本の3バックとウィングの間のマークがどうしても曖昧になる。
ちょっとしたラインの上げ下げのコントロールミス。
一気に押し込まれる形。
案の定、ペナルティエリアの角あたりのスポットが綺麗に空いてしまう。
そこから、クロスを幾度となくファーサイドへ放り込まれ続けた。
失点は、もはや時間の問題に思えた。

防戦一方になる中で最も厳しかったのは、守備でボールを跳ね返した後で、誰もがボールを持つことを怖がってしまって蹴り出すしかしていなかった点だ。
相手のハイプレスを回避するロジックを通せなければ、瞬時にセカンドボールを拾われ、再び波のように押し寄せられる。
失点の匂いしかしないような息苦しい時間が続いた。
そんな中、カゼミロにヘディングを決められ同点に追いつかれる。日本は交代選手を入れてテコ入れを図るが、流れは変わらず、猛攻を受け続ける。

結局、ロスタイムに猛攻に耐え切れず逆転を許し、1-2でタイムアップ。
スコアの上では、わずか1点差。
内容もほんの少しの差に見えるかもしれない。
けれど、その「ほんの少しの差」の中に、埋めがたい深淵があった。
世界との距離は、私たちが思っていたよりも、まだまだ遥かに遠いのだと思い知らされるホイッスルだった。


なぜ、ワールドカップという大会は、これほどまでに世界中の人々を熱狂させるのだろうか。


実は、私が診療をやりくりしてまでアメリカへ飛んだもう一つの理由は、テレビ画面越しでは決して分からない、この「熱狂の正体」を自分の肌で身体で確かめたかったのだ。

よく、ワールドカップは国と国との「代理戦争」だと言われる。
確かに、国旗を背負い、国歌をまとった11人が、敵の11人と肉体をぶつけ合って死力を尽くす構図は、戦争のそれに酷似している。
しかし、単なる代理戦争という言葉だけでは、どうしても説明がつかない現象がある。
なぜ観客は、自分たちを打ち負かした敵チームの放った美しいゴールに、時に涙を流すのか。なぜ、自分とは全く関係のない他国同士の試合であっても、あれほどまでに濃密な熱狂が生まれるのか。

近代文明というシステムは、豊かさと引き換えに、人間から「我々」という根源的な一体感を奪い去ってしまった。地域のコミュニティは希薄になり、家族は孤立し、他者とのリアルな繋がりを感じる術はどんどん失われている。

しかし、ワールドカップのスタジアムに身を置く90分間だけは違った。
スタジアムの地響きのような歓声の中にいると、自分自身が巨大な一つの生命体、一つの「身体」の一部になったかのような錯覚を覚える。

それは、近代文明が剥ぎ取っていった「我々」という感覚を、力ずくで取り戻させてくれる時間なのだ。

私がダラスで、そしてヒューストンのスタンドで感じたあの一体感の正体は、まさにそれだった。
国歌を歌い、ニッポンコールを叫んだ瞬間、私は理屈抜きで「我々=日本人」であることを自覚し、だからこそ魂を揺さぶられて大声を張り上げていた。
現に、試合が終わった今、激闘を繰り広げたブラジルに対して憎しみの感情など微塵も湧かない。
それこそが、この熱狂の本質が「戦争」ではない何よりの証拠だ。

「我々はお前たちに勝った」という、人間の根源にある勝利の歓喜を、ただの一人も傷つけることなく、平和に手に入れるために作られた最高のお祭り。

90分間、ブラジルを、オランダを、チュニジアを、スウェーデンを本気で倒そうと全力でぶつかり合い、そして戦いが終われば、ノーサイドで一緒に酒を酌み交わし、食を共にする。

フットボールの起源が、村と村との境界線を決める命懸けの祭事であったことを考えれば、この熱狂は至極当たり前のことなのかもしれない。
むしろ、現代の90分間という制限もなく、何日間もかけて泥まみれになって勝利を掴み取っていた時代の人々の歓喜は、計り知れないものだっただろう。

遥か遠いアメリカの地にわざわざ足を運んだことで、皮肉にも、私は自分が日本人であることをかつてないほど強く自覚させられた。
これは何物にも代えがたい財産であり、やはりリスクやコストを恐れずに「行動」を起こさなければ、この感情に出会うことは一生なかった。

敗戦の失意はまだ胸の奥に燻っている。
もっと、もっと最高の景色を、サムライブルーたちと共に観たかった。そして、その可能性がわずかでもあったとも思う。

その悔しさを抱えながらも、私は自らの意志で踏み出したこの弾丸ツアーにきて良かったと心底思っている。

そして、そんな私のわがままを許してくれたスタッフと家族に最大限の感謝を示したい。

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