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十二人の怒れる男 どしゃ降りの中の決着と雨あがり 樹木希林も身をよじらせる陪審制度

【脇役 ジャック・ウォーデン】
5番陪審員 ジャック・クラグマン
(のちに TVシットコム おかしな二人
で日本でも有名になりました)に
当夜のヤンキーズ対クリーヴランド戦
のチケットを持っている 同じくキリストに
愛された弟子ヨハネの名を持つ俳優
7番陪審員 ジャック・ウォーデン が訊ねる
(Jack=Johnジョンの愛称
John=Johananヨハナン)
"You a Yankee fan?
(拙大意 以下同 ヤンキーズ・ファンかい?)"
クラグマンは答える
"No, Baltimore.
(いや、ボルチモアですよ)"
すると ヤンキーズ・ファンのウォーデンは
あきれて皮肉を言う
"Baltimore? That's like being hit
in the head with a crow bar
once a day.
(ボルチモア? オリオールズ・ファンだって?
じゃあ お前さん 釘抜きバール(鉄挺)で
日に一度は頭をぶん殴られてる
みたいなもんだな)

ここらへんのやりとりは 
この映画のもととなった 
1954年のTVドラマのときは
Baltimore Orioles がまだ
St.Louis Browns
(セント・ルイス・ブラウンズ)
のイメージをひきずっているのでしょう
ブラウンズは1953年シーズンまでの
オリオールズの前身球団です
100敗もする弱小球団だったので
そのチームが充てられたのでしょう
オリオールズになった1954年の移転時は
100敗近く負けるお荷物球団でしたが
実は この映画が撮られた1957年には
負け数が勝ち数を上回っていたものの
アメリカン・リーグで
(当時はまだ地区分はありませんでした)
クリーヴランドと並ぶくらいに
までなっていました

Jack Warden
ジャック・ウォーデン 
は 今日
2026年7月19日が没後20年
(2006年 85歳)です 
(表紙の左端 帽子の人物) 
この映画でも その飄々とした
キャラづくりがハマっていますが
この映画から17年ほどのち
60代半ばのころの
"Crazy Like a Fox
(邦題=私立探偵ハリー)"

最高に好きなTVコメディでした
そのドラマでの弁護士の息子役
John Rubinstein
ジョン・ルービンスティーン
でした
超著名なピアニスト
Arthur Rubinstein
アルトゥール・ルビンシュタイン

の長男です ちなみに
有名ヴァイオリニストでは
イェフリェーム
・アリクサーンドロヴィチ
・ツィンバリースト
の一人息子も TVドラマ
「FBIアメリカ連邦警察」で有名な
エフレム・ジンバリスト・ジュニア
という俳優でした

TVドラマ (邦題) 私立探偵ハリー での
ジャック・ウォーデン (左) と その息子役 ジョン・ルービンスティーン (右)

【1950年代の米日映画の傾向】
米日戦争 念願の日本占領 そして
サンフランシスコ条約 となっていった
1950年代は 米国にとって
戦後好景気にわくいっぽうで
対日から対共産主義 が
重大課題になった時代です
水爆開発も相まった形で
いわゆる 冷戦 が始まります
家庭では TVが普及することで
映画館への足が遠のいていきました
そんな中 TVとの差別化を目論んで
巨大なスクリーンでの臨場感を
味わわせる「シネマスコープ」のような
ワイドスクリーンもの また
歴史ものや西部開拓ものなどの
スペクタクルが制作されました 
しかし いっぽうでは 今回とりあげた 
「十二人の怒れる男」のような 
舞台も登場人物も少ないものも 
ありました 
かたや 敗戦国の日本とえいば
邦画では 小津安二郎 が
米国映画とはまったく違う
日本の家庭を描いた代表作を
次々と制作していった時期です
なので 「小津の魔法使い」や
「法廷もの」は撮ってはいませんが
12月12日生まれ そして 12の倍数
60歳の誕生日 つまり 12月12日に
死ぬことになる という自分の人生の
魔法使い 小津安二郎は
モノクロ最後の
「東京暮色(1957)」では
上野駅「12番線」を
初のカラー作品の
「彼岸花(1958)」では
東京駅「12番線」を
ことさらにロケっています

【映画のあらまし】
この映画の原作のTVドラマの
脚本が書かれた1954年当時のNY州は
死刑(電気椅子)が行われていました
「十二人の怒れる男」は 当初
唯一人有罪に疑問だった
8番陪審員 ヘンリー・フォンダ(主役)
の疑問提起で まず
9番陪審員 ジョセフ・スィーニー老 が
無罪に傾く そして
次第に無罪に手を挙げる者が
増えていく という筋立てです 最後
逆に一人だけ有罪を言い張っていた
3番陪審員 リー・J・コッブ
自分の私生活がために かたくなに
虐待されていた父親殺害嫌疑の
17歳被告の有罪を主張していた
非を泣きながら認める

3番陪審員 役 リー・J・コッブ (右) 

そのとき 陪審員室の外では
大雨が降っていました
Not Guilty ノット・ギルティ
(日本語では「無罪」といいますが
それだと「無実」と紛らわしいですね)
で評決が終わり 裁判所から出て行く
フォンダに スィーニー老が声をかけます
"Hey!"
フォンダは振り返って立ち止まる
スィーニー老は近寄ってこう言う
"What's your name?"
フォンダは微笑みながら返す
"Davis."
スィーニー老は手を差し出しながら言う
"My name is McArdle."
握手が終わるとスィーニー老は
もっと話し込みたそうなそぶりも見せつつも
やはりそれ以上はしつこくせず こう言う
"Well……so long.
(そう……じゃあ、これで)"
フォンダも返す
"So long. (これで)"
そして二人は しばしばその他映画や
ドラマでロケーションに使われる
NYカウンティ裁判所階段
それぞれ別方向に降りていって
ジ・エンドとなります
評決のときあれほど激しく降っていた
雨はもうあがっていました

"So long."……このときのソウ・ロングは
文字通り 次回会うまで長いけど(元気で)
=もう会うこともない という
別れの挨拶です つまり
陪審員として同じ裁判に関わりながらも
彼らはそれ以上の関係ではない
ということです
"熱く"キレた男たち(怒れる男)とはいえ
評決 裁判 が終わればそれだけ 結局
人は日常に戻る という習性の生き物
アンガーい そんなものです 

このエンディング・シーンで
それまではすべて番号でしか
扱われていなかった陪審員の 名前を
最初に「ノット ギルティ」とした
二人だけ ことさら明らかにする
ということには何らかの意図がある
と私は感じました 8番陪審員
Davis デイヴィス は アメリカで
ごくありふれたサーネイムで
ダヴィデ(愛される者)に由来します
愛される といっても 「神に」です つまり
正義を行った者として すべては
「神の思し召し」を正しく他者にも
導いた8番陪審員は
「神」のお褒めにあずかるにふさわしい
人物だということです いっぽう
McArdleMc はみなさんお馴染みの
スコットランドやアイルランドといった
ゲール人(ケルト系)の ~の息子 子孫
という父称由来サーネイムの接頭辞で
Ardle を調べると 古いアイルランド語の
個人名 Ardgal Ardghal が元だそうで
ard=高い 高貴な
gal(ghal)=勇気 武勇

だということです つまり 脚本家は
この老9番陪審員「高貴な勇気」という
人格を附していたことが解ります そして
この老9番陪審員 だけ
原作TVドラマのときと同じ役者
ジョセフ・スィーニー が採用されています
たしかに 代役は効かない感 がありますね

【雨のち晴れ】
「どしゃ降りの雨」
が印象的な
名作映画といえば 多くのかたは
「ショーシャンクの空に」(1994)
「雨に唄えば」(1952)
「七人の侍」(1954)
などを挙げるでしょうけれど 私はこの
12 Angry Men
邦題 十二人の怒れる男
(1957年 監督シドニー・ルメット)

を真っ先に想起します
この映画の舞台は ほとんどが
Jury room ジュリー・ルーム
陪審員室
なので
登場人物が雨にずぶ濡れになる
ということはない作品ですが でも
「どしゃ降り」の描写この映画
キモなのではないかと 私は感じます
原作TV版も映画版も 脚本家は
同一人物ですが TV版では
雨の描写はなかったので あるいは
映画での監督ルメットの要請で
書き入れた のかもしれません

いずれにせよ 「陪審員室」という
閉ざされた密室の緊迫感
登場人物たちの感情の
激しい揺れ動き
ことに
3番陪審員 リー・J・コッブ
激高して我を通そうとするさまを
どしゃ降り という
視覚→観客の心理 に
落とし込んでしまう 演出効果
というか 脚本が効いています
《苦しくたって 悲しくたって
コートの中では平気なの
だって 陪審員だもの》
というテンション そして
《青空に遠く叫びたい》気持ち
……評決が決して
陪審の役目終えた二人
裁判所から出ていくエピローグ的
屋外エンディング・シーンでは
「雨がすっかりあがっている」ことで
長く重苦しかった「心の嵐」去り
陪審員たちが日常へ戻っていく
解放感や心の浄化を心にくく
裏打ちしているのです
「どしゃ降り」「雨あがり」
対比のコントラストが この映画を
さらに印象づける形になっていて
それが私がこの映画が好きな
一番の理由です


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