メガネと僕
朝。北海道の冬は厳しい。
屋外の寒さに身を縮こませながら早歩き。着込んだカーディガンやコートにヒートテック、早歩きの運動量で極寒の中なのに少し汗ばみながら、出勤を急ぐ。平日の朝はだいたいそんな感じだ。
職場に着けば一転、アイスクリームでも食べたくなるような室温に迎え入れられ、身体は寒暖差に驚きつつ、とりあえず自席に座り「ふぅ…」と一息つく。
この時の僕の視界は、気を失ったわけでもないのに、何も見えないくらい真っ白になっている。なぜか?
メガネが曇ってしまっているのである。
今、僕が使用しているメガネを購入した際に付いてきた、洗濯はしたもののどこか薄汚れてるなと感じてしまうメガネ拭きを使って、その曇りを晴らす。
ブルーライト軽減の加工が入っているので、メガネを掛ける前後で、少し世界の色合いが変わってしまう。
拭いている時に、ふとレンズに白い線のような汚れがあるのを見つける。僕は何度も何度もメガネ拭きで拭いてみるが、白い線は取れない。
何度拭いても取れない白い線…。そこで僕はようやく白い線の正体に気付く。
これ、傷じゃん。
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僕がメガネを掛けるようになったのは、2019年の6月上旬頃から。
メガネを掛ける前の僕は、仕事中に襲われる酷い目の疲れと、頭痛に悩まされていた。家にあるホットアイマスクで目を休めても効果なし。目薬も気休め程度。どうしていいのかわからない状態が続いていた。
そんな僕の悩みを打ち明けた相手が、ゴールデンウィーク中に地元に帰ってきた親戚だった。
僕と妻、親戚とその彼女、他にも何人かいた居酒屋で僕は話をしていた。
すると親戚の彼はいとも簡単にこう言うのであった。
「こうちゃん、それ目が悪くなってるんだよ。メガネ買った方がいいよ」
注釈。僕の本名から親戚一同はみんな僕の事を「こうちゃん」と呼ぶのである。そして親戚から伝染した周りの友人らもみんな僕の事を「こうちゃん」と呼ぶ。
時を戻そう。
「目が悪くなった?そんなまさか…」
僕は信じられなかった。
前年の健康診断では、視力は両目とも1.5あり、生まれてからずっと視力のが良い事が自慢の一つだった。僕の唯一の自慢と言ってもよい。
そんな唯一の自慢である視力が悪くなった⁉僕は信じられなかったし、信じたくなかった。
だってその話を信じたら、唯一の自慢が無くなる。
以下は僕と親戚の居酒屋でのやり取りをテキスト化したものである。
親戚「こうちゃん、それ目が悪くなってるんだよ。メガネ買った方がいいよ」
僕「いやいや、それはないって!だって全然見えてるよ?今も?」
親戚「ちょっとずつ落ちてるからわからないんだって、俺もそうだったもん」
僕「いやでもさぁ、そこのポスターの小さい文字とか全然読めてるよ?それは流石にないでしょ~!」
親戚「わかった、試しに俺のメガネ掛けてみ?こうちゃんと一緒の状態だから、そんな度が入ってないから、このメガネ」
僕「そんな、度がちょっとしか入ってないメガネ掛けて何が変わるんよ。試しに掛けたところで見やすくなるなんて…」
僕「ホンマや…!」
自分でも思うくらい見事なやり取りだったと思う。
一瞬、自分の事を明石家さんまさんかと間違えるくらい見事なやり取りだった。
このやり取りをナチュラルにやるなんて思わなかった。
結論として、親戚のメガネを掛けたら見やすくなったのである。
完全敗北。視力が落ちているのを認めざるをえなかった。
少し前に自分であれば、唯一の自慢である視力の低下という事実を受け止めなければならないとう瞬間に、その場で自害していたであろう。
しかしだ、僕には愛すべき妻がいた。妻のためにも死ねない。
結婚していたお陰で、僕は唯一の自慢を失ってもなお、生き長らえる事ができたのであった。ありがとう、妻。結婚っていいぞ。
そんな事があって、僕はメガネを購入することを決めたのであった。
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そしてそんな経緯で購入したメガネに、いよいよ傷がついてしまったのである。
Twitter上でメガネのフレームを折ることを「おひやる」とかネタにした代償なのだろうか?それは神のみぞ知るのであろう。
傷が付いたタイミングは何となく察している。
2020年1月16日に行われた「LOSTORAGE」というイベントの最中、くいなというDJが流したpetit miladyの「Ma Chérie」という曲の時に、僕はメガネを床に落下させてしまったのだ。
きっとその時である。
この傷を見る度に、僕はくいなかLOSTORAGEというイベントかpetit miladyの「Ma Chérie」という曲を思い出すのだろう。
うん、petit miladyだけ思い出すようにしよう。
まぁむしろ直せって話なんだけどね。直せるのかわからないけど。
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もうすぐで、メガネを使い始めて1年が経とうとしている。
正直なところ、まだ扱いには慣れていない。
邪魔だなという気持ちもありつつ、かといってコンタクトレンズはなんだか怖い。
家に忘れたら忘れたで、案外生活はできてしまう。
未だにメガネをしながら食べ物を食べるのが苦手だったりする。
いつかこの物体と上手に付き合える日がくるのだろうか…。
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夜。北海道の冬は厳しいままだった。
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