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「婚約指輪はどこへ消えた?」        第5話(全8話)小説 #創作大賞2024

「また振り出しか……」

 昨夜、火曜日の夜、ようやく指輪を盗んだ人物が判明したと思ったのも束の間、例の指輪はいまだにその輝きを陽介には見せてくれはしなかった。

 ……それにしても、いったい誰が?……。

 一夜明けた水曜日、オフィスで書類を作成する陽介の頭の中はやはりこの疑問でいっぱいだった。

 ……あいかわらず、連絡が取れないし……。

 普段は驚くほどすぐに返信が返ってくる幼なじみのトオルとはあいかわらず音信不通の状態だった。


 陽介は昨日までのことを振り返って、頭の中で整理した。

 ……まずは、盗まれた場所だ……昨日の件で、宝石売り場という可能性はなくなった。つまりは『自宅』か『会社』ということになる……。

 気がつくと、陽介は机の中からメモを取り出していた。

 ……この二つなら、やっぱり『自宅』になるだろう……。

 そう言うと、メモの上に書いた『自宅』の方を〇で囲った。

 ……だって、疑わしい人物が二人もいる……。

 そう言うと、『自宅』のすぐ横に『蘭』と『トオル』とメモをした。
 デパートの宝石売り場の赤坂の話を聞いたときには外していた容疑者のリストにいつの間にか『蘭』が復活していた。
「蘭さんが盗みにかかわったとは考えられない」と聞いたときは、妹を疑った自分を責めたが、今となっては、すっかり元通りになっていた。

 ……二人の共通点は、なんといっても僕からなにかを奪うことに心を痛めることがない、ということだな……。

 なんと悲しい分析だろう。
 だが、これまで積み重ねてきた人間関係を考慮すると、その分析は的確なもののように思われた。

 ……それに……そうか、その可能性もないことはない……。

 陽介は手にしていたペンを机に置いた。

 ……共謀して指輪を盗み、売ったお金を二人で分けた……。

 幼少期からずっと仲のよかった二人の姿が陽介の頭の中に浮かんできた。 
 今でも仲の良い二人は、トオルのバーでよく会っている。
 バーのカウンターで『してやったり』、とほくそ笑む二人の姿を陽介は想像してしまった。


 だが、そこまで思った時、陽介はふとあることを思いついた。

 陽介の視線がメモの上の二文字に釘づけとなった。


           『会社』


 ……ここで盗まれた、もしくはすり替えられた可能性はないのだろうか?……。


 そう自分に問いかけると、陽介は指輪がなくなった金曜日のことを思い返してみた。
 婚約指輪の入った赤の手提げ袋を持った陽介は出社後、人目につかないようにとすぐに更衣室のロッカーにそれをしまい、鍵をかけた。
 そしてデスクに向かい、みんなと挨拶を交わした。そのあと。

 ……たしか、すぐそのあと、課長に呼ばれて……午前中はクレーム対応でずっとお得意様のとこに行っていたはず……待てよ……あのとき、あの鍵は……。

 そこまで思い出した陽介は、おそるおそる斜め前に座る女性に目を向けた。



 彼女の名前は、内藤飛鳥といった。

 入社三年目、ストレートの長い黒髪は清楚な印象を与えた。
 自ら話しかけることは滅多になく、いつも一人で行動をしていた。
 だが、透き通るような白い肌や落ち着いた立ち居振る舞いは男たちの中で評判を得た。
 もちろん、陽介も他の男たちと同様に彼女に好印象を感じていた。

 だが、それはある日を境に変化せざるを得なかった。


「川野先輩って、彼女いるんですか?」

 残業を終え、駅に向かう途中で彼女がそうたずねた。

 陽介は照れながら答えた。

「それがね、内藤さん。こんな僕みたいな男でもいい、って言ってくれる心の広い、いや、少し『趣味の悪い』彼女がいてくれてね」

 『趣味の悪い』という表現は正しかったのだろうか? 
 少し言い過ぎただろうか?

 そう自問自答した陽介だったが、『趣味が悪い』と自嘲気味になるのも無理はなかった。

 それほど顔が悪いわけではないのだが、昔から女性とほとんど縁がなかったからだ。
 悪友のトオルとは正反対、彼女と呼べる存在は美香が初めてで、会社員になるまで女性と遊びに行ったどころか、会話をすることもほとんどなかったほどだった。

 だから、陽介は内藤飛鳥が言った次の言葉が現実のこととは思えなかった。


「そうですか、じゃあ別れてください。好きなんです、先輩のことが」


「え……」

 それが精いっぱいの反応だった。

 ……これはドッキリにちがいない……。

 そう思って辺りを何度か見回したほどだった。

「せ、先輩をもて遊ぶのはやめてくれないかな。内藤さんも冗談がすぎるよ」

 顔を引きつらせながらも、どうにか陽介は笑顔でそう答えた。

「決めてますから」決意に満ちた声で彼女が言った。「付き合ってくださいね」

 それだけ言うと、内藤飛鳥は一人で改札口に消えていった。


 それから約一年、陽介は彼女から彼女なりのアプローチを何度か受けた。

 ランチに出かけ、ふらりと入った店になぜかいつも内藤が座っていた。
 ゴミ当番で地下に行くと、先回りをするように彼女が立っていた。
 得意先から帰り、エレベーターに乗り込むと、そこに彼女がいたこともあった。
 時には机の中のペンがなくなることもあった。

「僕のどこがいいの? 内藤さんぐらい可愛い女性なら、素敵な彼氏なんていくらでもできるよ」

 二人だけで残業することになったある日の夜、陽介はそう彼女に言った。

 だが、内藤飛鳥はその問いになにも答えようとはしなかった。

「僕なんて、女性にもてたことなんて一度もないんだよ。
 もうすぐ三十歳になるけど、今付き合ってくれてる彼女が初めてできた彼女なんだよ。
 そんなまったくもてない僕がこんなことを言うのはなんだけど、僕のことは忘れてくれないかな」

 懇願するように陽介が言った。

 ……僕はミカちゃんだけがいればいいんだ。彼女と結婚するんだから……。

 しばらく無言がつづいた。そして、ようやく彼女が口を開き、こう言った。

「すべてです。川野先輩のすべてが好きなんです」



 この一年間に起こった出来事を思い返しながら、陽介は斜め前にすわる内藤飛鳥をチラリと見た。

 ……あんなことをしなければ、素敵な女性なのに……。

 ストーカーまがいのその行動に陽介は恐怖を感じていた。

 ……もしかして、彼女ならやりかねない……そうか、彼女なら僕のロッカーの鍵をどうにか手に入れることができたかもしれない。それに、あの日、もしかすると、僕は得意先を訪問する前に鍵をこの机の中に置いていったのかもしれない。それならば、彼女があの指輪を盗むことが可能だったのではないか?……。

 そう心の中でつぶやいていると、陽介の気配を察知したのか、それまで下を向いていた内藤飛鳥が顔を上げた。
 無表情だった。
 目が合った陽介は背筋がぞっとなるのを感じた。


 ……何としても僕の結婚を阻止したかった可能性はある。それならばあの指輪を盗む動機になる……いや、盗んだのではない可能性もある……僕が買った指輪を今も彼女が持っている可能性もある。内藤さんなら、あの赤の手提げ袋とジュエリーケースを用意して『すり替え』たとしてもおかしくない。宝石売り場の金山さんがそうしたように……。

 息苦しさを感じた陽介は慌ててトイレに駆け込んだ。



 その日は就業規則に定められている時刻通り帰宅した。
 頭が混乱していて、なにも手につかなかったからだ。
 街は家路を急ぐ人で溢れていた。
 夕闇がすぐそこに迫り、陽介の体から熱を奪っていった。

 満員電車に乗り込むと、自然と指輪のことを考えてしまった。


 ……『自宅』で盗まれたとしたら、誰の仕業だろうか? 特別なルート割のいいバイトがある蘭だろうか? それともまったく連絡の取れないトオルだろうか?……。

 これまでは二人のうちどちらだろう、と頭を悩ませていた。
 だが、今は違った。

 ……『自宅』でなく『会社』だとするとどうだろう? 内藤さんには動機もそしてチャンスもあったじゃないか……。


 そう考えているうちに、駅に着いた。
 疲れた体を引きずるようにして改札口をあとにした。
 そのとき、陽介のポケットのスマホが小刻みに揺れた。

 ゆっくりと取り出した画面に見慣れた男の名前があった。
 スマホの向こうから聞き慣れた悪友の声が聞こえてきた。
 申し訳なさそうにしていた。


「すまん、陽介……実は……盗んだのはオレなんだ」


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