見出し画像

#35 Hilma af Klint(ヒルマ・アフ・クリント)現象から切り離された世界


《祭壇画、グループX、No. 1(Altarpiece, Group X, No. 1)》1915年 ヒルマ・アフ・クリント財団蔵

はじめに

ヒルマ・アフ・クリントの作品は、2013年スウェーデンのストックホルムにあるモダーナ美術館(Moderna Museet)で回顧展が開かれるまで、ほとんど世に知られていませんでした。その後、グッゲンハイム美術館での展覧会では来訪者60万人という同美術館史上最多の来場者記録を樹立し、一気に美術界の寵児となりました。

彼女はカンディンスキーやモンドリアンよりも早く、純粋抽象に到達していたにもかかわらず、その作品の多くが彼女の遺志により生前公開されず、最初の純粋抽象画家とは認識されませんでした。ここで取り上げる《祭壇画、グループX、No.1》(1915年)は、彼女の思想と造形が最も明確な形で結晶した作品の一つです。

ヒルマ・アフ・クリント

作者と作品の背景

ヒルマ・アフ・クリント:天啓を描いた画家

ヒルマ・アフ・クリント(1862–1944)は、ストックホルム王立芸術アカデミーで正統的な美術教育を受けた画家です。初期には写実的な肖像画や風景画も制作していましたが、1890年代以降、神智学やスピリチュアリズム、後にはルドルフ・シュタイナーの人智学に深く傾倒していきます。

  • 「五人(The Five)」との活動 彼女は「五人」と呼ばれる女性グループの一員として、交霊的なセッションを通じて高次の存在からの啓示を受け取っていると考えていました。その啓示に基づいて制作されたのが、全193点から成る《神殿のための絵画》シリーズです。

  • 神殿の最奥部に置かれるべき絵画 この作品《祭壇画、グループX》は、そのシリーズの最終段階に位置づけられる作品群であり、彼女自身が「神殿の最奥部に置かれるべき絵画」と考えていました。展示空間ではなく、精神的構造体としての「神殿」を想定して構想されている点が重要です。

  • ターナーとの対比 同じく光を主題とした画家J.M.Wターナーは、光を現象として捉えました。ヒルマは光を精神的象徴として捉えました。同じ「光と虹」を描きながら、二人の立っている場所はまったく異なっていました。


作品の解説

《祭壇画、グループX、No. 1(Altarpiece, Group X, No. 1)》1915年 ヒルマ・アフ・クリント財団蔵

《祭壇画、グループX、No. 1(Altarpiece, Group X, No. 1)》1915年 ヒルマ・アフ・クリント財団蔵

画面上部には、金箔で覆われた巨大な円形が配置されています。これは太陽の光を象徴したものでしょう。太陽から下部に向かって、7色の虹が放射状に拡散され、エネルギーが外へと展開していく構造が示されています。

この三角形の虹は、ピラミッドのような構造をなしていて、下から積み上げられた巨石が上部に向かう構造とも読み取れます。こうした二方向性は、太陽という象徴へ向かう精神的上昇・下降の軸を可視化したものと読めます。

光は、波長の異なる色に分解される、また逆にそれらの色を混ぜると元の光の白に戻るという現象をこれほど端的に表した作品は少ないでしょう。ただ、彼女はそうした光の持つ現象面よりもさらに奥深い精神的現象を描いていました。

地上界にいるすべての生きとし生けるものは、それぞれの色を持つように異なって見えるが、実はそれは一つの大もとに繋がっているというワンネスの世界を表しているのかもしれません。

《Light and Colour (Goethe's Theory) – The Morning after the Deluge – Moses Writing the Book of Genesis(光と色彩〈ゲーテの色彩論〉― 大洪水の翌朝、創世記を書くモーセ)》1843年 Tate Britain

《Light and Colour (Goethe's Theory) – The Morning after the Deluge – Moses Writing the Book of Genesis(光と色彩〈ゲーテの色彩論〉― 大洪水の翌朝、創世記を書くモーセ)》1843年 Tate Britain

Light is Therefore Colourで有名なJ.M.Wターナーの《Light and Colour (Goethe’s Theory) – The Morning after the Deluge – Moses Writing the Book of Genesis(光と色彩〈ゲーテの色彩論〉― 大洪水の翌朝、創世記を書くモーセ)》は、ゲーテの色彩論に基いた作品ですが、モーゼを描くというモチーフ以外は(モーゼは大洪水より数世紀後に生まれたという事実はさておき)、色彩と光に関しては、同次元の現象として描かれています。ターナーは光に関しては、精神的象徴というより現象面で捉えていたようです。これと比較するとやはり、ヒルマ・アフ・クリントの精神面への関与が際立って見えます。

生成AIによる比較検証

《祭壇画、グループX、No. 1》の構図はそのままに、精神的象徴性だけを取り除き、ターナー風の大気的表現に変えた画像を生成AIで作成しました。

【原画:ヒルマ・アフ・クリント】


【AI生成:ターナー風バリエーション】

二つを見比べると、構図はほぼ同じです。上部の円形の光、中央から下向きに広がる虹の光線——骨格は保たれています。しかし印象はまったく異なります。

原画では金箔の円と幾何学的な虹の三角形が明確な秩序を持って配置されています。それは「光がどこから来て、どこへ向かうのか」という意図を持った構造です。見る者はその構造の中に立ち、上から下へと流れる精神的エネルギーを感じ取ります。

AI生成では同じ位置に光と虹があるにもかかわらず、幾何学が消えた途端に「秩序」も消えました。光は渦巻き、虹は溶け、美しい大気現象になっています。しかしそこには方向性がありません。どこから来てどこへ向かうのか——その問いに答えるものが何もない。

ヒルマが描いた光は、現象から切り離されていたからこそ、意味を持っていました。金箔の円は太陽ではなく、太陽を超えた何かです。虹の三角形は光の屈折ではなく、精神的エネルギーの流れです。それらを現象に戻した途端、光は美しいだけの光になりました。

精神性を取り除いたら、光は現象に戻ります。ヒルマの世界は、現象から切り離されたところにありました。


いいなと思ったら応援しよう!