#51 Paul Gauguin(ポール・ゴーギャン) 生命の色

はじめに
ゴーギャンのタヒチの女性を描いたあの鮮烈な色彩の絵を見たことのある人は多いはずです。赤、黄、オレンジが画面を満たし、影がない。それは現実のタヒチの色ではありません。実際のタヒチは、空の青、海のエメラルドグリーン、山の緑とほぼこの三色が支配する世界です。その中で、なぜ彼はあの色を選んだのでしょうか。そしてなぜ、あれほど強い陽光の島で、影を描かなかったのでしょうか。
ゴーギャンは浮世絵の強い影響を受けた画家です。平面的な色面、輪郭による形の区切り、影を持たない光——これらの美意識を南太平洋の島に持ち込みました。しかし彼がタヒチで描いたのは、浮世絵の様式だけではありませんでした。なぜ、ゴーギャンが、赤、黄、オレンジを描き続けたのか、その理由を探っていきましょう。

作者と作品の背景
ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin、1848-1903)はパリに生まれ、幼少期をペルーで過ごしました。船乗りを経て証券会社に勤めながら独学で絵を始め、40代でタヒチへ渡り、そこで生涯を終えた画家です。
文明からの脱出 1883年に画業に専念後、印象派の枠を超えた独自の表現を模索し続けました。1891年、43歳で都市文明を拒絶してタヒチへ渡航。原始的な生命力を求めた旅は、そのまま生涯のものとなりました。1903年、マルキーズ諸島で没。享年54歳。
浮世絵との出会い 遠近法を排除した平面的な画面、輪郭線による色面の区切り、様式化された色彩——これらを西洋絵画に持ち込んだのは、日本の浮世絵から学んだ美意識です。影を持たない光、余白と省略の力——このシリーズで取り上げたホイッスラーと同じ源流から、全く異なる絵画を生み出しました。
色彩は感情の記号 ゴーギャンにとって色は現実の再現ではありませんでした。色は感情の記号であり、内面の投影です。タヒチの実際の色ではなく、自分が信じるタヒチの色で画面を塗り込めることが、彼の唯一の関心でした。
タヒチでの生活 1891年に到着したゴーギャンが見たタヒチは、夢に描いたものとは異なっていました。フランスの植民地として西洋化が進み、彼が求めた「原始の楽園」はすでに存在しませんでした。首都パペーテを離れ、島の西側の村マタイエアに移住。極度の貧困と病に苦しみながら制作を続け、1898年には自殺を図ったこともあります。タヒチの慣習に従いテハアマナという現地の女性を妻とし、彼女をモデルに多くの作品を描きました。植民地当局とは、現地の子どもたちに学校をやめるよう勧め、入植者に税金を払わないよう煽ったとして問題視されました。カトリック教会とはミッションスクールの方針をめぐって激しく対立しました。西洋文明による伝統文化の破壊を嘆き、ポリネシアの人々の側に立って行動し続けた画家でした。1901年にはさらに辺境のマルキーズ諸島ヒバオア島へ移住しました。
ヨーロッパでの評価——生前 生前のゴーギャンはパリの前衛的な小さな圏内でのみ知られた存在でした。1893年に帰国した際の個展は批評家の一部に注目されましたが商業的には失敗。1895年に画商アンブロワーズ・ヴォラールが作品を展示したものの売れ行きは振るわず、晩年、友人のモンフレはゴーギャンへの手紙にこう書きました。「あなたは今、南海の果てから誰も真似できない傑作を送り続ける伝説的な芸術家だ。死んでからでなければ本当の評価は来ない」と。その予言は的中しました。
ヨーロッパでの評価——死後 1903年の死の知らせがフランスに届くと、画壇の反応は一変しました。ヴォラールは同年、パリのサロン・ドートンヌに約100点を出品。1906年には同会場で227点に及ぶ大規模な回顧展が開かれ、ピカソ、マティス、パウラ・モーダーゾン=ベッカーらが深い影響を受けました。1910年にはロンドンのグラフトン・ギャラリーでの展覧会で「ポスト印象派」という言葉が初めて使われ、ゴーギャンはゴッホとともにその代表的画家として位置づけられます。1929年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)でセザンヌ、スーラ、ゴッホとともに取り上げられ、近代絵画の礎を築いた画家として確固たる地位を得ました。死の際に地元の司教は「神と善良なるものの敵が死んだ」と書き残しました。しかし20世紀の美術史はその言葉を完全に覆しました。
作品の解説

《マルティニーク島の風景(Martinique Landscape)》1887年 油彩・カンヴァス 117×89.8cm スコットランド国立美術館蔵、エディンバラ
タヒチへ渡る4年前、1887年にマルティニーク島で描いた作品があります。まだ印象派の影響を残しながらも、色彩の様式化がすでにはじまっています。人物は色の塊として置かれ、背景の海と木々は単純な色面として処理されています。

《タヒチの風景(Tahitian Landscape)》1891年 油彩・カンヴァス 67.95×92.39cm ミネアポリス美術館蔵
タヒチ最初の滞在から生まれた《タヒチの風景》を見てください。実際のタヒチの色は、空の青、海のエメラルドグリーン、内陸を覆う濃い緑が支配する世界です。しかしこの絵の前景は鮮烈な黄色に塗られています。山の赤茶け色、草原の黄——ゴーギャンにとって、この色は見た色ではなく、感じた色でした。

《神々の日(Mahana no Atua / Day of the God)》1894年 油彩・カンヴァス 68.3×91.5cm シカゴ美術館蔵
《神々の日》では色彩の平面化が最高潮に達しています。赤道直下の強烈な陽光のもとでは、影が濃く出るはずです。しかしこの絵に影はありません。水面に映る色は現実の反射ではなく、赤・黄・青の純粋な色の塊として画面を分割しています。浮世絵では色は版木で刷られるため完全に均一ですが、ゴーギャンの絵は油彩であるぶん完全に一様ではない——しかしそれに限りなく近い色の使い方です。

《いつ結婚するの?(Nafea Faa Ipoipo / When Will You Marry?)》1892年 油彩・カンヴァス 101×77cm カタール王室コレクション蔵
《いつ結婚するの?》は2015年、約210億円で売却された作品です。前景に座る二人の女性の背後に、黄色い大地と青い山が広がります。タヒチの実際の大地はこれほど黄色くはありません。しかしゴーギャンにとって、大地はこの色でなければなりませんでした。
太陽の色
なぜ彼は影を描かなかったのでしょうか。浮世絵の影響という理由は確かにあります。しかしそれ以上のことが、ゴーギャンの絵には起きていると私は感じています。
彼が選んだ色——赤、黄、オレンジ——は太陽の色そのものです。タヒチに「生命力の絵画」を描きに来た画家にとって、生命力の源は太陽でした。その色を地上に投影したとするならば、見たものがすでに発光源です。発光源に影は生まれません。光を受けた物体が明るくなり、反対側に影ができるという通常の絵画の論理を、ゴーギャンは根本から否定しています。
このシリーズで以前取り上げたユトリロも、影をほとんど描かない画家でした。しかし理由は異なります。ユトリロの白い壁は光を反射して発光する——反射光が影を必要としなかった。ゴーギャンの色彩はそれ自体が発光源です。同じ「影のない絵画」に、全く異なる二つの論理で到達した画家がいたことは興味深いことだと思います。
ゴーギャンの暖色の強調は、内面の投影であると同時に、西洋への反抗でもありました。印象派の繊細な色調への、ヨーロッパ的な「正しい色」への拒絶。タヒチに渡ったのは逃げるためではなく、自分の色で世界を塗り直すためだったのかもしれません。
ここに一つ、興味深い事実があります。タヒチに行ったことのないヨーロッパの人々は、ゴーギャンのあの赤・黄・オレンジを「南国の本物の色」だと信じていました。モネやルノワールは「作りすぎだ」と批判しましたが、大多数の観客にはタヒチの実際の色と比較する手段がなかった。ゴーギャンは「誰も知らない場所の色」を自分の色で塗り、それが「本物の南国」として受け入れられたのです。ヨーロッパが抱いていた「原始の楽園」というロマン主義的な幻想に、ゴーギャンの色彩はぴったりはまりました。現実のタヒチの色との乖離を指摘できる者は、ほとんどいなかったのです。
ゴーギャンはタヒチを見たのではなく、タヒチを解釈しました。そしてその解釈は、誰も否定できない場所で、誰も検証できない色として、画面に永遠に刻まれています。
生成AIによる比較検証:ゴーギャンが「見たままの色」で描いていたら
同じ構図、同じ筆致——しかし色だけを実際のタヒチの色に置き換えてみたらどうなるか検証してみましょう。


絵の印象が根本から変わります。鮮烈な黄の草原は深い緑になり、赤茶けた山は濃い熱帯林に覆われます。ゴーギャンの描いた生命力は消え、神秘性が消え、ただの風景になってしまいました。
ゴーギャンの色がいかに意図的な選択だったか——この比較が、言葉よりも雄弁に物語っています。彼は見たままを描かなかったのではなく、見たままでは描けないことを承知していたのです。ゴーギャンの見た生命力は実際の自然より力強いものでした。ゴーギャンの用いた色は、この源の生命力を表すための必然だったのです。
実際の圧倒的な緑と青の前に立ちながら、それに引きずられなかった。自然の色の支配力に抗って、その向こう側にある色を描いた。自分の感じた色への確信がなければできないことです。
凡庸な画家は自然に従う。ゴーギャンは自然を支配した——ゴーギャンの非凡さは自然のままではな自然の持つエネルギーを描いた所にありまあした,
この記事は、50人の光を描いた画家シリーズの一つです。他の記事はこちらからご覧ください。
