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#43 Johannes Vermeer(ヨハネス・フェルメール)無意識の方向―西洋美術史が見落とした謎


《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 油彩・カンヴァス 44.5×39cm マウリッツハイス美術館蔵、ハーグ

はじめに

フェルメールは画家である前に、光の演出家でした。

彼の絵の前に立つとき、私たちはまず光を見ます。窓から差し込む冷たい白昼光、テーブルに落ちる柔らかな影、布地の上を滑る反射——それらは絵筆で描かれたものであるはずなのに、まるで写真のレンズを通して見ているような精度を持っています。近年、レンズのボケやハレーションと同じ効果を意図的に描いていたことが発見されました。

しかし、フェルメールの光には、西洋の美術史がまだ十分に語っていない謎が残っています。その謎に気づいたのは、偶然にも日本人の持つ特性からでした。

ヨハネス・フェルメール

作者と作品の背景

ヨハネス・フェルメール:34作品、生涯43年

ヨハネス・フェルメール(1632–1675)は、オランダのデルフトに生まれました。父は宿屋を営みながら絵の売買も手がけており、フェルメールはその環境の中で育ちます。21歳で画家組合の親方資格を得て以降、生涯をほぼデルフトで過ごしました。

  • 現存作品はわずか34点 生前から高い評価を受けていた一方、その制作ペースは年に2〜3点程度と極めて遅く、同時代のレンブラントが数百点を残したのとは対照的です。

  • 11人の子を持ちながら経済的に苦しく 43歳で世を去った後は長く忘れられた存在となりました。

  • 19世紀に「再発見」される フランスの批評家テオフィル・トレ=ビュルガーが「デルフトのスフィンクス」と呼んで世界に紹介し、その名声が復活します。

  • カメラ・オブスクラ使用説 光学機器を制作補助に使っていた可能性は今日でも議論されていますが、確かなことが一つあります——フェルメールは光の質を、当時の誰よりも精密に観察し、記録していた、ということです。

作品の解説

Show Image 《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 油彩・カンヴァス 44.5×39cm マウリッツハイス美術館蔵、ハーグ

《真珠の耳飾りの少女》1665年頃 油彩・カンヴァス 44.5×39cm マウリッツハイス美術館蔵、ハーグ

光源は真横よりわずかに後ろ、左側から差し込んでいます。少女はこちらに振り返るポーズのため、光は左のこめかみから頬骨をかすめ、右の頬から顎、首筋へと影が深まっていく。左にハイライト、右に陰——この光の角度が、顔の輪郭を漆黒の背景から三次元的に浮き上がらせています。

《窓辺で手紙を読む女》1657–1659年頃 油彩・カンヴァス 83×64.5cm アルテ・マイスター絵画館蔵、ドレスデン

《窓辺で手紙を読む女》1657–1659年頃 油彩・カンヴァス 83×64.5cm アルテ・マイスター絵画館蔵、ドレスデン

フェルメールの室内画において、光源となる窓は例外なく画面の左側に置かれています。よく言われる説明は「右利きの画家が絵筆を持つ右手に手暗がりを作らないため」です。確かに合理的ですが、それだけではないように思われます。

西洋の文字は左から右に読みます。この脳の動きが、絵画を見るときにも無意識に働いているのではないか——私はそう考えました。左に光源を置くことで、視線は光とともに自然に左から右へ流れる。文字を読むときの視線の動きと重なります。

《天文学者》1668年頃 油彩・カンヴァス 51×45cm ルーヴル美術館蔵、パリ

《天文学者》1668年頃 油彩・カンヴァス 51×45cm ルーヴル美術館蔵、パリ
フェルメールの描く室内はどれも同じ構造を持っています——左に窓、人物は窓より手前。そのため、やや逆光気味の照明となり、人物の前面が暗く沈み、顔の輪郭が3次元的に浮き上がってきます。34点余りの現存作品の中で、この構成は一貫しています。

生成AIによる検証:左右を反転したとき、何が起きるか

《牛乳を注ぐ女》1657–1658年頃 油彩・カンヴァス 45.5×41cm アムステルダム国立美術館蔵

《牛乳を注ぐ女》1657–1658年頃 油彩・カンヴァス 45.5×41cm アムステルダム国立美術館蔵

《牛乳を注ぐ女》を左右反転してみます。もし視線の方向が絵の見え方に影響しないなら、光の向きが変わるだけで、印象は変わらないはずです。

《牛乳を注ぐ女》左右反転

《牛乳を注ぐ女》左右反転 = 違和感の出現

左右を反転させると、窓は右側に移動します。光の方向も人物の動作も論理的には同じはずなのに、絵全体がどこか居心地悪く見えます。右利きの人が左手で書いた文字のような、ぎこちなさです。

立体感は失われていません。しかし安定感が消え、かわりに「ゆらぎ」が生まれます。光が右から左へ——視線の流れと逆方向から差し込むことで、脳の中に摩擦が起きているのです。

ここで、ひとつ奇妙な実験を試みました。この反転した絵に、縦書きの書を重ねてみたのです。

《牛乳を注ぐ女》左右反転 + 縦書きの書(AI生成による検証画像)

《牛乳を注ぐ女》左右反転 + 縦書きの書 = 違和感の解消

違和感が、すっと消えます。縦書きは右から左へと読み進めます。右に窓がある反転画像も、縦書きの視線の流れと一致する。脳の中で「読む方向」と「光の方向」が同期したとき、絵は再び自然に見え始めるのです。

同じ問いを、他の二つの言語で問い直してみます。

《牛乳を注ぐ女》——鏡像、アラビア語書道を重ねたもの(AI生成による検証画像)

アラビア語は右から左へ読む言語です——鏡像のフェルメールと同じ方向です。アラビア語の読者にとって、右から差し込む光は、最初に届く光です。

《牛乳を注ぐ女》——原画、英語書道を重ねたもの(AI生成による検証画像)

英語は左から右へ読む言語です——原画と同じ方向です。英語の読者にとって、左の窓はただ光が来る場所に過ぎません。

三つの言語。三つの走査方向。同じ一枚の絵が、三通りの体験として現れます。

脳の「順光・逆光」という概念

縦書きで違和感が消えるということは、それまで無意識のうちに左から右へと空間を読んでいたことを意味します。この違和感の出現、解消を体現できるのは、偶然にも日本人が右からも左からも文字が読めるという特質のためかも知れません。

  • 西洋人は常に左からが「順光」——切り替えはない。

  • アラビア語話者は常に右からが「順光」——切り替えもない。

  • 日本人は、縦書きと横書きの両方を日常的に使うため、両方の「順光」を体験できる。

ここでいう順光・逆光は、写真技術の話ではありません。脳が「読む」方向に対して、光がどこから来るか、という認知の問題です。

この仮説を裏付ける研究

この仮説には、認知科学の裏付けがあります。言語の読み方と光の認識の間に相関関係があることを突き止めた研究が存在します。以下の論文です。フェルメールの絵の左右反転時の違和感、縦書きによる違和感の解消、そしてその解消が日本人の特性である可能性——いずれもこの研究が示す知見と整合します。実験自体は私の仮説よりシンプルですが、その応用としてフェルメールの現象は十分に説明できます。

Smith, Szelest, Friedrich & Elias(2015年) 「Native reading direction influences lateral biases in the perception of shape from shading」 掲載誌:Laterality、サスカチュワン大学(カナダ)

内容:左から右に読む人は左上からの光を、右から左に読む人は右上からの光を処理しやすいことをアイトラッキングで実証した実験研究です。

また同グループの先行研究(Smith & Elias 2013年)では、左から右に読む人は左照射の画像を有意に好み、右から左に読む人は右照射をより好む傾向が確認されています。

右利きの画家が描き易い様にではなかった

フェルメールは34点ほどしか絵を残しませんでした。しかしその一点一点に、照明をまるで1ミリ単位で調整しているような、光の入射角、影の落とし方が計算されています。

彼の窓が常に左にあることは、美術史において長く語られてきました。右利きの画家が描き易い様に。しかしその「当たり前」の中に、西洋の文字文化という無意識の前提が隠れていた。言語を司る脳が、絵を見る行為にも働いているとすれば、フェルメールの光の安定感は、特定の視線の方向を持つ人々のために設計されていたことになります。

フェルメールの窓が常に左側にあった理由は「右利きの画家が絵筆を持つ右手に手暗がりを作らないため」ではなく、「西洋文明の持つ文字を読む方向と光の方向を一致させるため」であった。この二つが一致した時、鑑賞者は「順光」と感じ、すんなりと受け入れる事をフェルメールは直観的に知っていたのです。

この記事は、50人の光を描いた画家シリーズの一つです。他の記事はこちらからご覧ください。





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