#40 Leo Lesser Ury(レオ・レッサー・ユリィ)その2 朦朧を描いたロンドン時代

はじめに
2022年日本ではほとんど知られていないかった、イスラエル博文館一推しの画家レオ・レッサー・ユリィが、主催者の予想に反して絶大な人気を博したのは記憶に新しいことと思います。夜のポツダム広場をはじめ、4点の作品が三菱一号館美術館やあべのハルカス美術館で展示されモネやゴッホ、ルノワールなど同時に展示された作品をしのぐ人気を博していたようです。
前回は日本でも展示された、ベルリン時代の《夜のポツダム広場(Potsdamer Platz at Night)》を中心に解説しましたが、今回はさらに数年後のロンドンを幻想的に描いた作品をご紹介します。

作者と作品の背景
レッサー・ユリィ:霧と大気に溶けゆく光の詩人
レッサー・ユリィ(1861–1931)が晩年に到達したのは、都会の喧騒が湿った大気の中に溶け去り、形あるものがその境界を失っていく瞑想的な世界でした。1926年のロンドン滞在で彼が捉えたのは、ベルリン時代の鋭い人工光とは対照的な、霧に包まれたテムズ川や朧月が織りなす、この世のものとは思えないほど静謐な光景です。
大気と光の融和 フランスの印象派が光を色彩の粒子として分割したのに対し、ロンドン時代のユリィは、光を霧や湿った空気そのものとして描きました。彼の筆致は、もはや物体の輪郭を追うことをやめ、光と闇が混ざり合う「空気の層」を定着させることに注力しています。この境界の曖昧さこそが、彼の絵画に次元を超えたような深い抒情性を与えているのです。
内面へと向かうアウトサイダーの眼 生涯を通じて画壇のアウトサイダーであり続けたユリィは、晩年、都市の具体的で写実的なディテールをさらに削ぎ落としていきました。霧によって街の記号が消し去られたロンドンの風景は、特定の場所の記録ではなく、画家の内面にある静寂そのものの投影となりました。その視線は、外側の世界を観察するだけでなく、自分自身の魂の深淵を見つめているかのようです。
静止する時間と永遠の沈黙 彼のロンドン作品の面白さは、都会の流動的な時間を、厚い霧というフィルターを通して「永遠の静止」へと変質させた点にあります。ベルリンで見られた光の垂直線による「串刺し」の構成は影を潜め、画面全体が柔らかなトーンで満たされることで、一瞬の光景は音のない永遠の沈黙の中に閉じ込められました。
ユリィのロンドン時代の絵が私たちの心を掴んで離さないのは、彼が描いたのが単なる霧の風景ではなく、騒がしい現実から切り離された場所で、私たちが心の奥底で求めている「静謐な空間」を具現化しているからではないでしょうか。
作品の解説

《霧のロンドン(London in the Fog)》1926年 個人蔵
1926年のロンドン滞在でユリィが到達したのは、すべてが湿った空気の中に溶け去るような瞑想的な世界でした。ベルリンで見られた鋭い光の垂直線は影を潜め、テムズ川を包む霧や朧月が、画面全体を柔らかなトーンで満たしています。具体的な都市の記号が抽象化され、画家の内面的な静寂が風景そのものへと昇華された、晩年の円熟を示す傑作群です。霧のロンドンでは、印象日の出にも通じるような空気感を描いており、この世のものとは思えない世界に到達しています。
ユリィが、幻想的でありながらも現実の世界に根差した表現のベルリン時代の作品から、さらにロンドン時代では、次元が変わってしまったかのような光の描き方に発展しているのがわかると思います。

《テムズ川、ロンドン、月光(The River Thames, London, Moonlight)》1926年頃 個人蔵
《霧のロンドン》が昼間の霧の中に形を溶かした作品だとすれば、この《月光》は夜の闇の中で同じテムズ川を再び描いた作品です。霧の代わりに、月の光が都市のすべてを覆っています。
霧は能動的にものを消しますが、月光は静かにものを変容させます。橋も水面も建物のシルエットも、その輪郭が消えるわけではありません。しかし銀青色の薄膜に包まれることで、昼間の「場所」としての意味を失い、夢と現実の境界に浮かぶ別の何かへと変わっています。
ベルリンで鋭い人工光を武器にしていたユリィが、晩年のロンドンで到達したのは、光そのものを溶解させるという、まったく逆の境地でした。霧であれ月光であれ、彼が繰り返し求めたのは、形が形でなくなる寸前の瞬間——大気と光だけが支配する、静寂の世界だったのではないでしょうか。
生成AIによる比較検証:橋が「写実」になったら霧は消えるのか
ユリィはその題名を《霧のロンドン(London in the Fog)》とだけつけました。著名な橋であるにもかかわらず敢えてのこ固有名詞を題名に入れなかったのです。これは、橋という物質を描くより、ロンドンの霧による空気を描きたかったためで、ここでは橋が副題になっています。そのため橋桁は実際より頼りなげに描かれ、空気の中に溶け込むように描かれています。
実際に写実主義的表現で描いたらどのようになるか生成AIで試してみましょう。


生成AIが描いた橋は、石造りのアーチが堅牢にそびえ、手すりの装飾まで読み取れます。背景にはビッグベンが顔を出し、水面にはガス灯の光が縦に走って手前へと向かってきます。霧の中にいながら、すべての「物質」が自己主張しています。
ユリィの原画ではそのようなことは起きていません。橋桁は霧の中に溶け、どこで空気が終わり橋が始まるのか、境界が定まりません。光は水面を縦に貫くのではなく、横に滲むように広がっています。
ユリィが題名から橋の名前を消したのは、この絵が橋の記録ではないからです。彼が描きたかったのは、霧がすべてを等しく飲み込んでいく「沈黙の空間」——物質が大気へと還っていく、その瞬間だったのではないでしょうか。

当時の写真と見比べれば、ウォータールー橋がいかに堅牢な石造りの構造物であったかがわかります。生成AIはその現実に忠実でした。しかしユリィの目には、それは霧の中に溶けゆく儚い線として映っていたのです。
彼が描きたかったのは、橋という「物質」そのものではなく、霧がすべてを等しく飲み込んでいく「沈黙の空間」だったのではないでしょうか。
ベルリンで都会の喧騒をシャープな光で切り取ったユリィが、ロンドンの地で到達したのは、形あるものがその境界を失い、大気へと還っていくような瞑想的な境地でした。この写真との対比は、彼がいかに写実を超え、自らの内面にある静寂を風景に投影していたかを物語っています。
