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#26 Ferdinand Hodler(フェルディナント・ホドラー)光の秩序


《Lake Geneva Seen from Chexbres(シェーブルから見たレマン湖)》1904年 個人蔵

はじめに

スイスの象徴的な画家フェルディナント・ホドラーは、自然の中にある秩序と永遠性を探求した画家として知られています。《シェーブルから見たレマン湖》は、彼が何度も描いたレマン湖を主題とする連作のひとつであり、その中でも最も調和と静けさを感じさせる作品です。

ホドラーのレマン湖の空に浮かぶ雲は、通常自然に見える形をしていません。なぜ彼はこのような雲を描いたのでしょうか。意図があってこのような表現をしたのだと思いますが、その理由を探っていきましょう。

フェルディナント・ホドラー

作者と作品の背景

フェルディナント・ホドラー:宇宙の秩序を描いた画家

フェルディナント・ホドラー(1853–1918)はスイスのギュルツェレン生まれ。1867年にジュネーブに移り、エコール・デ・ボザールでバルテルミー・メンに師事します。当初は写実主義的な日常風景を描いていましたが、1880年代に文学的象徴主義と接点を持つことで、精神的概念を具象的な象徴によって表現する方向へと転換していきます。

  • パラレリズムの誕生 ホドラーは自身の芸術哲学を「パラレリズム(Parallelismus)」と名付けました。自然界に見られる反復・対称・律動の中に宇宙的な秩序を見出し、画面の中でそれを可視化することが芸術家の使命だと考えました。1885年の《兄弟の森》について「森の中で杉の幹の平行性から統一感が生まれる」と述べたことが、この思想の出発点とされています。

  • 象徴主義からの出発 1890年代に制作した《夜》《生命のダンス》などの大型アレゴリー画は、象徴主義の文脈に位置しながらも、反復する人物の配置によってパラレリズムを表現しています。1891年のジュネーブでの展示では「猥褻」として撤去されましたが、同年パリのサロンでロダンやピュヴィ・ド・シャヴァンヌに絶賛されました。

  • ウィーン分離派との交流 1904年のウィーン分離派展に31点を出品し、国際的な認知を得ます。この成功が長年の貧困から彼を救い、以後レマン湖やアルプスの風景に集中した時期に入ります。

  • 晩年の風景画 1904年以降、ホドラーはレマン湖とチューン湖の連作に注力します。この時期の作品でパラレリズムは最も純粋な形で表現され、色彩は強烈になり、形は本質だけに削ぎ落とされていきました。1918年の死の直前まで、病床の窓からレマン湖を描き続けました。

作品の解説

《Lake Geneva Seen from Chexbres(シェーブルから見たレマン湖)》1904年 油彩・カンヴァス 個人蔵

《シェーブルから見たレマン湖》1904年 個人蔵

画面の上部と下部に位置する雲と水面がほぼ鏡像のように呼応し、静かな時間の流れとともに永遠性を示しています。筆致はきわめて滑らかで、色面は均質に整えられ、絵画というよりも「光の構造体」として成立しています。自然を模倣するのではなく、自然の中に宿る法則そのものを可視化した作品です。

特にこの作品で描かれる雲は、自然の形というよりグラフィックデザイン的にデフォルメした形をとっています。これは「パラレリズム(反復・対称・律動の秩序として自然を構成し直す)」という考えのもとに生まれた形です。自然に形成される雲の形より強く記憶に残る形を示すことにより、水面に映る雲から対称性を鑑賞者に確実に読み取ってもらうよう意図的に描きました。

水平線上に整列する雲が湖面の反射とともに描かれています。自然界では、湖面付近に積雲が雲列を作ることはあるようですが、このように整然とした隊列を作ることはありません。ホドラーは雲を反復にリズムを表わす要素として、自然界とは違った形で描いたのです。

《Lake Geneva Seen from Chexbres(シェーブルから見たレマン湖)》1905年 油彩・カンヴァス バーゼル美術館蔵

《シェーブルから見たレマン湖》1905年 バーゼル美術館蔵

翌年に描かれた同じ構図の作品です。ホドラーはレマン湖を繰り返し同じ視点から描きました。対称と反復という主題は変わらず、しかし色彩や雲の形に微妙な変化があります。同じ場所を異なる光の条件で繰り返し描くというアプローチは、モネの連作と共通しています。しかしモネが光の瞬間的な変化を追ったのに対し、ホドラーは自然の永遠的な秩序を追いました。

《Lake Geneva in Chexbres(シェーブルのレマン湖)》1911年 油彩・カンヴァス 80×129cm 個人蔵

《シェーブルのレマン湖》1911年 個人蔵

ホドラーが1895年から1911年にかけて13点描いたシェーブルのレマン湖連作の最後期に位置する作品です。

1904年の作品と比べると、雲が消え、空は黄色く輝く単純な色面となっています。前景の草地には裸木が3本立ち、その姿が水面に微かに映っています。遠方にはアルプスの山並みが青紫の帯として水平に連なっています。

パラレリズムがもたらすもの

ホドラーの作品を見ていると自然の中に隠されている宇宙の秩序を表そうとしていたことがわかります。しかしそれは、一方で自然の光景から独立した描写になることを意味します。

どこかしら涅槃を思わせる,、天上の光景。人によっては奇妙な不気味さを感じるかもしれません。スイスの美しすぎる自然は画家に対し、写実的な描写の向こうにあるものを描かせるのではないでしょうか、何故なら目の前にある自然の光景がすでに、絵画的に美しいからです。それを伝えるには写真でよいということで、絵を描く意義は、その背後にあるものを解き明かす方向に仕向けられるのではないかと思います。

生成AIによる比較検証:自然な雲を描いたらどう変わるか

もしホドラーが写実的に雲を描いていたら、絵の印象がどれだけ変わるか——AIによって実験しました。

【原画:ホドラー《シェーブルから見たレマン湖》1904年】
AI生成:自然な雲を描いた場合】

現実的に美し絵画的光景と、ホドラーの描いた、涅槃の境地を思わせる光景、二つの対比が明らかになったと思います。こうした美しい自然を描写するのに、その背後に内在する秩序を表現することが、この画家の使命であり存在意義となっていることがわかる比較だと思います。


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