#45 Vilhelm Hammershøi(ヴィルヘルム・ハマースホイ)早すぎた北欧デザイン

はじめに
デンマークと聞くと北欧の白木にモダンデザイン、シンプルで余計な装飾のない、ミニマルなデザインを思い浮かべる人も多いでしょう。ヴィルヘルム・ハマースホイは、ホイッスラーに傾倒し、日本からの影響を強く受けていた画家でした。作風を真似るというより、余白の美、引き算の美学を持っていた人でした、彼の画風は室内画で、窓やドアから入る柔らかな光を描いたものが当時の人たちに、受け入れられました。同時期に描いていた風景画は、抽象度を究め、削れるものはすべて削るといった徹底ぶりでしたが、こちらの方は市場には受け入れられなかったようです。ただ近年、彼の風景画は「抽象絵画の進展を先取りしていた」という評価が出てきています。水平の縞と色面の規則的な繰り返しが、ほとんど抽象に近い超自然的な質を持つと指摘されています。
こうした指摘も、室内画に比べ、いまだに陰に隠れています。本来の評価が得られるにはまだ時代を待たなければならないのかも知れません。こうした、早すぎた北欧デザインーハマースホイについて掘り下げてゆきましょう。

作者と作品の背景
ヴィルヘルム・ハマースホイ:余白の画家
ヴィルヘルム・ハマースホイ(1864–1916)は、コペンハーゲンに生まれ、生涯のほとんどをその街で過ごしたデンマークの画家です。8歳から素描を学び、コペンハーゲン王立美術アカデミーで正規の訓練を受けました。1885年にデビューし、リルケやエミール・ノルデといった芸術家・文人たちから注目されましたが、本人は多くを語らない寡黙な人物でした。
ホイッスラーとの関係 ハマースホイが最も傾倒した同時代の画家はジェームズ・マクニール・ホイッスラーです。ハマースホイはロンドン訪問の際にホイッスラーに会おうとしましたが、果たせませんでした。ホイッスラー自身は日本美術の強い影響下にあり、余白・モノクローム・装飾の排除という美学を西洋絵画に持ち込んだ画家です。ハマースホイへの日本の影響はこのホイッスラーを経由した間接的なものでしたが、「引き算の美学」という点では両者は深く共鳴していました。
売れた絵と売れなかった絵 ハマースホイは室内画と風景画を並行して描き続けました。窓から差し込む光を描いた室内画は上流階級に好まれ、商業的な成功をもたらしました。一方、風景画は市場にほとんど受け入れられませんでした。1907年のインタビューで彼自身「室内画は流行していたが、風景画は売れなかった」と認めています。傑作と自負した《五人の肖像》もデンマークでは売れず、現在はストックホルムのティールスカ・ガレリエットに収蔵されています。
再評価の軌跡 死後10年余りで忘れられたハマースホイは、1970年代にデンマーク・モダンデザインの文脈で再発見され、80〜90年代に人気が急上昇しました。現在はメトロポリタン美術館、オルセー美術館、ナショナル・ギャラリー(ロンドン)に作品が収蔵されています。
同時代のデザインとの関係 ハマースホイが室内画を描いていた1900年代前後、デンマークではアール・ヌーヴォーとユーゲントシュティルに対抗する独自のデザイン運動「スクーンヴィルケ(Skønvirke=優美な仕事)」が芽生えつつありました。1914年にはデンマーク装飾芸術協会がその名を冠した雑誌を創刊し、職人と芸術家の連携を促しました。しかしこの動きはまだ装飾性を残したものでした。ハマースホイの室内——白い壁、素朴な床、最小限の家具——は、当時のデザイン界よりさらに先を行く徹底した余白の思想でした。デンマーク・モダンデザインが「装飾を排したシンプルと機能美」として世界に認められるのは1930〜50年代のことです。アルネ・ヤコブセン(エッグチェア、1958年)、ハンス・ウェグナーの椅子、ポール・ヘニングセンのPHランプ——これらの美学はハマースホイの室内と同じ言葉で語ることができます。ハマースホイはデンマーク・モダンデザインの30〜50年前に、絵画の中でその美学をすでに生きていたのです。
作品の解説
売れた絵——室内の光

《寝室》1890年 油彩・カンヴァス デン・ヒルシュスプルング美術館蔵、コペンハーゲン
《寝室》は1890年に描かれ、翌年アカデミーの審査で落選した作品です。この落選が翌年の独立展創設の契機となりました。窓を背にして立つ女性の後ろ姿、左右に置かれた二つのベッド、床に落ちる光——それだけです。人物は顔を見せず、部屋には余計なものが何一つありません。
そぎ落とされた詳細は、ホイッスラーの絵と共通するものがあります。モノクロームで墨絵のような幽玄さを持ち合わせています。
売れなかった絵——《五人の肖像》

《五人の肖像》1901年 油彩・カンヴァス 190×340cm ティールスカ・ガレリエット蔵、ストックホルム
ハマースホイが傑作と自負したにもかかわらず、デンマークでは売れなかった作品です。ろうそくの光だけが照らすテーブルを囲む5人の男たち。全体が深い暗闇に包まれ、顔だけがかろうじて光の中に浮かんでいます。室内画でありながら、室内画として売れた作品群とは全く異なる緊張感があります。ミニマルという点ではこの作品も他の作品の延長上にあるように見えますが、そぎ落としているからこそ、そこに緊張感を表現したとき、鋭利な刃物を突き付けられたような感覚が増幅されるのではないでしょうか。
売れなかった絵——風景画

《風景》1900年 油彩・カンヴァス ティールスカ・ガレリエット蔵、ストックホルム

《レフスネスの風景》1900年頃 油彩・カンヴァス ティールスカ・ガレリエット蔵、ストックホルム

《風景》1910年 油彩・カンヴァス 54×76cm 所蔵先未確定
3枚の風景画はいずれもゼーラン島近郊で描かれたものです。低い地平線、広大な空、色面の水平な積み重ね——描かれているのはそれだけです。人もなく、物語もなく、劇的な天候もありません。これらの作品はミニマリズムの極致といっていいでしょう、画面から余計なものをそぎ落としていったらこうなった。当時のデンマークはまだ、北欧デザインが勃興する前の時代で、こうしたミニマリズムには時代が追いついていなかったのでしょう。少なく見積もっても30年生まれる時代がはやかった。
引き算の美学
ハマースホイは生涯1枚しか作品の売れなかったゴッホと違い、生計を立てられるだけの売れる作品がありました。彼の中で、室内画と、風景画とどちらが描きたかったかという発言は見られませんが、少なくとも必要に迫られて仕方なくという印象はありません。室内画にも共通するミニマリズムは十分感じられます。作品の中で、後ろ向きの人物が多いことや、人物を描かない絵も多いことから、なるべく、要素を少なくしようという思惑は常に働いていたように思えます。その究極の形が同時期に描いた風景画なのでしょう、
引き算の美学をより日本から受け継いだのは、ホイッスラーよりハマースホイの方だったかも知れません。日本からの影響の受け方もゴッホや印象派の画家たちとも違い.禅的静寂感を最も体現していた画家といえるでしょう。
生成AIによる比較検証:ハマースホイのそぎ落としたもの
同じ構図を、生成AIを使ってセザンヌ風に描き直してみました。


二枚を並べると、ハマースホイが何をそぎ落としていったかが明らかになります。
セザンヌ風の画面では、大地は重量感を持ち、空気は物質感を帯びています。丘には影があり、空には筆触の主張があります。地面を踏めば土の感触があるでしょう。
ハマースホイの画面にはそれがありません。余計なものをそぎ落としていった結果、ものの持つ重さまでも画面から去っていきました。空の空気は薄く、風が流れる様子もありません。丘はそこにありますが、触れることができるかどうかわかりません。
この2枚の比較画像からハマースホイがそぎ落としたものは、物質と重力だったことがわかります。ただし、浮遊しているわけではなく、気配を消し去るような、存在感を見せないといった方向を目指していたことがわかります。
30年時代に先立ち、ハマースホイの風景画は、少しづつ理解されていくようです。
この記事は、50人の光を描いた画家シリーズの一つです。他の記事はこちらからご覧ください。
