見出し画像

#32 Odilon Redon(オディロン・ルドン)光の解体


《Sunset(夕暮れ)》1898年 個人蔵

はじめに

光とは何色ですか。

白、と答える人が多いでしょう。しかしプリズムに光を通すと、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫——七色のスペクトラムに分解されます。光は白ではなく、無数の色の集合体だったのです。

オディロン・ルドンは、その光の解体を、絵画として可視化した画家です。印象派が「光を写す」ことを追求したとすれば、ルドンは「光を解体して再構築する」という、まったく異なる道を歩みました。

オディロン・ルドン

作者と作品の背景

オディロン・ルドン:光を解体した象徴主義の画家

オディロン・ルドン(Odilon Redon, 1840–1916)はフランス・ボルドー生まれの画家です。19世紀後半には木炭とリトグラフによる「ノワール」と呼ばれる暗いトーンの作品で知られましたが、世紀転換期以降は油彩とパステルによる鮮やかな色彩表現へと大きく舵を切りました。

  • 二つの時代 ルドンのキャリアは大きく二つに分かれます。前半は「ノワール」——黒一色の暗い幻想世界。後半は色彩の爆発——鮮やかなパステルと油彩の世界です。この転換は単なるスタイルの変化ではなく、光への根本的な問い直しでした。

  • 象徴主義の独自性 夢・幻視・内面のイメージを主題とする象徴主義の画家でありながら、ルドンはその独創性ゆえに「もっとも重要で独自性の高い象徴主義者の一人」と評価されています。晩年の作品では具象のモチーフを扱いながらも、輪郭をあいまいにし、色面と形のリズムを優先することで、抽象表現に近づいていきました。

  • 先駆者としての評価 ルドンの色彩の扱いは、後のダダイズムやシュルレアリスムを先取りするものでした。シュルレアリストのアンドレ・マッソンは「ルドンの花のパステルにおける鮮やかな色彩の使用は、叙情的な色彩の無限の可能性を示している」と評しています。

作品の解説

《Sunset(夕暮れ)》1898年 個人蔵

《Sunset(夕暮れ)》1898年 個人蔵

太陽が丸く描かれています。しかしこの丸がなければ、ほとんど形のない色だけで構成された抽象画に見えます。太陽から放たれた大気に反射された光は、複数のスペクトラムに分解されて描かれています。

ここにルドンの光の解体が最も明確に現れています。光を統合された純粋な白として描くのではなく、それを構成する個々の色として表現する。しかもグラデーションとして徐々に変化していくのではなく、それぞれの色が独立して存在を主張しながら、溶けるように隣り合っています。これがルドンの特徴です。


《Flower Clouds(花の雲)》1903年頃 パステル・紙 44.5×54.2cm シカゴ美術館蔵

《Flower Clouds(花の雲)》1903年頃 シカゴ美術館蔵

ヨットと二人の人物という具象的な要素がかろうじて存在しています。しかし背景全体はオレンジ、黄、青、緑、白の色が独立して存在しながら溶け合っています。

この形がなければほとんど抽象画です。ルドンは具象と抽象の境界線上に意図的に立ち、鑑賞者を光の解体の世界へと引き込んでいます。一つ気が付くのは、元の構図が単調であることです。このヨットという単純な形がなければ、光の解体はガチャガチャとした破綻した絵になっていたでしょう。単調な構図だからこそ、光の解体が成立しているのです。

《Flower Clouds(花の雲)》1903年頃 パステル・紙 44.5×54.2cm シカゴ美術館蔵

《Nasturtiums(ナスタチウム)》1905年 イェール大学美術館蔵、ニューヘイブン

静物画です。しかし花瓶や花弁は形が溶解し、かすかに花を描いた静物画とわかるギリギリのところで止まっています。オレンジ、赤、緑——それぞれの色が独立して存在しながら、境界線なく溶け合っています。

《夕暮れ》では光を、《花の雲》では空と海を、そして《ナスタチウム》では静物を——ルドンはあらゆる題材を通じて同じ原理を追求していました。光を解体し、色として再構築する。それはルドンにとって、世界の見方そのものでした。

このようにルドンは、光を純粋な白ではなく、多数に分解された色のスペクトラムとして捉えています。それぞれの色が独立して存在を主張しながら、ポップアートのような明確な境界線を持つのではなく、溶けるように隣り合っている——これがルドンの光の解体の特徴です。

生成AIによる比較検証:光を解体しなかったら何が残るのか

ルドンのように光を解体せずに、自然な状態で描いてみたらどうなるのか——生成AIにアカデミズム風の様式で描いてもらいました。

【原画:ルドン《夕暮れ》】


【AI生成:アカデミズム風バリエーション】

改めてアカデミズム風の絵を見るとルドンが光をいかに分解して描いていたかわかります。そしてその分解の仕方はルドン独自のもので、彼の脳内で光は分解されていったものと推測されます。一つ気が付くのは、元の構図が単調で平凡なものだということです。彼の光の分解がなければ、はっとするような構図にはなっていませんでした。そして逆に出発点が複雑な構図であれば、ガチャガチャと、忙しく破綻した絵になっていたでしょう。光の分解は構図を成り立たせる重要な要素だったのですね。

個人的にはルドンは同時代の作家、モネ、ゴーギャン、ルソーなどと比べて少し過小評価されているのではないかと思います。同時代の画家の中で、最も早く抽象画やシュールレアリズムに影響を与えるような、前衛的作風を試みていた画家です。今見ても、19世紀末、20世紀初頭に描かれたものとは思えない程新鮮です。




いいなと思ったら応援しよう!