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北斎富嶽三十六景シリーズ2/46 凱風快晴 ー北斎はなぜ夏の雲を描かなかったのか?

朝日を浴びて赤く染まる富士山。
「赤富士」を描くとしたら、背景の空にはどんな雲を入れるだろうか?

凱風快晴


夏の朝らしい穏やかな空?
巻雲や巻積雲がうっすらと広がる、
柔らかな雲が思い浮かぶ

でも、北斎は違った

彼が選んだのは、秋から冬にかけて発生しやすい「吊るし雲」
まるで空に浮かぶレンズのような、不思議な形の雲

「凱風」という言葉は、夏に吹く南風を指す
富士山は夏の朝日を浴びて赤く染まっている
ところが、そこにある雲は、本来なら秋冬の空に現れるもの

異なる季節が同じ画面の中に共存する

それは単なる偶然ではない
北斎は、見たものをそのまま描かない
構図のバランスがそれにもまして大事なのだ

もし、夏らしい淡い雲をそのまま描いていたら?
空の印象は、富士の迫力に負ける
だからこそ、北斎はあえて吊るし雲を選び、空全体に広げた

裾野の緑は、朝日が当たらない富士本来の色
その中に点在する黒い斑点は、極限まで抽象化された樹木
余計なものは描かず、必要なものだけを残す
北斎は無駄を許さない

『富嶽三十六景』の中で、主役が富士そのものは、
この『凱風快晴』と『山下白雨』の二作品のみ
富士を真正面からシンメトリーに描くという
野暮なことはしない

動かぬ富士と漂う雲
本来なら交わらないはずの「赤富士」と「吊るし雲」を
あえて同じ画面に収めた北斎の発想の大胆さ

北斎の審美眼、ここに宿る






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