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#24 Georgia O’Keeffe (ジョージア・オキーフ)光を生命体として描く


《East River from The Shelton(太陽がなければ都市はこうなる。工業地帯の無機的な幾何学だけが残り、光の生命感は消えています。この二枚を並べることで、《シェルトンから見たイースト・リバー》における太陽の役割がより鮮明になります。都市を都市のまま描くのではなく、光によって有機的な生命体へと変容させること——それがオキーフの目的だったのです。)》1927–1928年 油彩・カンヴァス ニュージャージー州立美術館蔵

はじめに

ジョージア・オキーフは、花を拡大し有機的な形態を強調して描いた作品で知られますが、1920年代後半から1930年代にかけて、ニューヨークの高層ビル群とその周囲の風景を題材にした都市シリーズを制作しました。その中に位置づけられるのが《East River from The Shelton(シェルトンから見たイースト・リバー)》 1927–1928年です。この作品は、自然光と工業都市の関係を主題にした極めて特異な一枚であり、オキーフの光表現の転換点とも言えます。


ジョージア・オキーフ

作者と作品の背景

ジョージア・オキーフ:花と都市、二つの世界を生きた画家

ジョージア・オキーフ(1887–1986)はウィスコンシン州サン・プレーリー生まれ。20世紀アメリカを代表する画家であり、花の拡大、ニューメキシコの砂漠風景、動物の骨などを主題とした独自のスタイルで知られています。写真家・ギャラリストのアルフレッド・スティーグリッツの支援と後の結婚によって画壇に進出し、アメリカ・モダニズムの中心的存在となりました。

  • シェルトン・ホテルへの移住 1924年にスティーグリッツと結婚し、翌1925年にニューヨーク当時最高の高さを誇る高層住居ホテル、シェルトン・ホテルの30階に移り住みます。北・東・南の三方向に遮るもののない眺望が広がり、これがニューヨーク都市シリーズを生み出す直接の契機となりました。

  • 「私のニューヨーク」 オキーフは自らのニューヨーク作品群を「私のニューヨーク」と呼び、約5年間で25点以上の絵画と多数のドローイングを制作しました。しかしスティーグリッツは当初、都市の絵を描くのは「男性でも難しい」として妻の都市絵画の展示を拒否するなど、その評価は複雑でした。

  • 花シリーズとの並行制作 都市シリーズは花シリーズと同時期に制作されていました。屋内では花を描き、窓の外の景観をモチーフとして取り上げるという二重の視点が、この時期のオキーフの特徴です。

  • ニューメキシコへの移住 1929年に初めてニューメキシコを訪れ、その広大な砂漠の風景に魅了されます。以後、徐々にニューヨークを離れ、1949年に完全移住。その後の作品は砂漠の光と骨と空が主題となっていきます。


作品の解説

《East River from The Shelton(シェルトンから見たイースト・リバー)》1927–1928年 油彩・カンヴァス ニュージャージー州立美術館蔵

《シェルトンから見たイースト・リバー》1927–1928年 ニュージャージー州立美術館蔵

主題は太陽と、太陽を反射するイースト・リバーの光景です。しかしその背景には、イースト・リバーの両岸に並ぶ工業地帯の無機的な風景が描かれています。

この作品が特異な位置を占めるのは、同時期に並行して描かれていた都市シリーズと花シリーズの特徴を併せ持っているからです。都市の幾何学的な構造物と、花弁のような有機的な放射状の光が、一枚の画面の中で共存しています。

下に挙げた《シェルトン・ホテル30階から見たイースト・リバー》では工業地帯の無機的風景のみを描き、《黒いアイリス第3番》では花弁の有機的形状のみを描いています。オキーフは太陽と都市を同時に描くことで、双方のモチーフを融合させました。おそらく、自身が手掛ける花シリーズのモチーフを太陽光線のイメージに重ね合わせていたのでしょう。この作品はその意味で、光を最も有機的な生命体として取り扱った、類いまれな作品と言えます。

《The East River from the 30th Story of the Shelton Hotel(シェルトン・ホテル30階から見たイースト・リバー)》1928年 油彩・カンヴァス ニューブリテン・ミュージアム・オブ・アメリカン・アート蔵、コネティカット

《シェルトン・ホテル30階から見たイースト・リバー》1928年 ニューブリテン・ミュージアム・オブ・アメリカン・アート蔵

《シェルトンから見たイースト・リバー》と同じ年に描かれた作品です。煙突、工場、対岸の建物群——工業地帯の風景が水平の帯として画面を構成しています。都市の幾何学と人工物の無機的な構造だけが画面を支配しており、光の有機的な動きはここにはありません。


《Black Iris III(黒いアイリス第3番)》1926年 油彩・カンヴァス メトロポリタン美術館蔵、ニューヨーク

《黒いアイリス第3番》1926年 メトロポリタン美術館蔵、ニューヨーク

アイリスの花弁が画面いっぱいに拡大され、中心部から外側へと曲線が広がっています。都市とは正反対の、生命の有機的な形です。

有機と無機の融合

この二枚を《シェルトンから見たイースト・リバー》と並べたとき、オキーフが何をしようとしたかが見えてきます。無機的な都市の構造と、有機的な花の形——その二つを一枚の画面に融合させた。工業地帯を背景に、太陽の光が花弁のように放射状に広がる。都市が光によって有機的な生命体へと変容する瞬間を描いたのが、《シェルトンから見たイースト・リバー》だったのです。


生成AIによる比較検証:自然な光の表現に変えるとどう変わるか

もし、太陽とその反射を自然な表現にしたらどうなるか、生成AIにより検証してみました。オキーフ自身が描けはもっと良い絵になったとは思いますが、それでも、この作画の持つ平板さからは逃れられなったでしょう。ただ、オキーフは有機的要素を際立たせるために、都市の背景を控え目に描いたことは読み取れるでしょう。

【原画:オキーフ《シェルトンから見たイースト・リバー》1927–1928年】


【AI生成:自然に近い描写】

同じ場所、同じ眺望を写実的に描いたらどうなるか——生成AIで検証しました。

写実的に描くと、風景として成立します。工業地帯の建物は細部を持ち、川面は朝の光を自然に反射し、煙は空気の中に漂っています。これはこれで見ごたえのある工業都市の朝の風景です。

しかしオキーフの原画と並べると、何かが根本的に異なります。写実版では建物が主役です。光は風景の一部です。オキーフの絵では光が主役であり、建物は光の存在を示す背景に過ぎません。太陽の花弁のような有機的な形と、川面の弧状の赤い反射——オキーフの誇張はただの誇張ではなく、光を生命体として描くための必然の選択だったのです。


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