#23 Edvard Munch (エドヴァルド・ムンク)場所をわきまえた光

はじめに
ムンクと聞けば、誰しもその代表作《叫び》を思い浮かべるでしょう。登場人物の背後にある、おどろおどろしい空気の描き方が、一目見て人物の内面の感情を外面に投影した絵だという事がわかります。
エドヴァルド・ムンクが1911年に制作した《The Sun(太陽)》は、ノルウェー・オスロ大学アウラ講堂の壁画群の中心をなす作品です。本作は、ムンクの代表作《叫び》(1893年)と対照的な位置にあり、キャンバスに油彩で描かれているにもかかわらず、軽やかな水彩画のような筆致で描かれています。


作者と作品の背景
エドヴァルド・ムンク:内面の画家が光に向かうとき
エドヴァルド・ムンク(1863–1944)はノルウェー出身の画家で、19世紀末の象徴主義(Symbolism)と20世紀初頭の表現主義(Expressionism)をつなぐ存在として美術史上に位置づけられています。彼の作品は、外界の写実よりも内的感情の表現に重点を置き、色彩や線を心理的緊張の手段として用いる点に特徴があります。その方法は後のドイツ表現主義(「ブリュッケ」や「青騎士」)に直接的影響を与えました。
1890年代のムンクは、《The Scream(叫び)》《Anxiety(不安)》などを通じて、個人の不安など内的感情を主題化しました。これらは象徴主義的傾向を持ちながらも、激しい主観表現によってすでに表現主義的要素を先取りしています。
一方、1910年代に制作されたオスロ大学アウラ講堂の壁画群(全11点)は、彼の画業の中でも特異な位置を占めます。大学創立100周年に際して委嘱されたこの連作は、《太陽》を中央に、《学問の母》《歴史》などの人物群像を左右に配置し、人間と知・生命と光の関係を主題としています。大学公式によれば、これらは「大学と諸学の物語」および「生命と創造力の象徴としての太陽」を表すものとして構想されました。
ムンクはこの壁画群を通して、かつて《叫び》で描いた個人の孤独や不安を越え、人間が自然と光のなかで知を求め、精神的に成長する姿を描こうとしました。ここでは、彼が初期から一貫して追求してきた「人間の内面」を外部に投影するという手法が引き継がれています。

アルコール依存と療養 1900年代初頭、ムンクはアルコール依存と神経衰弱に苦しみ、デンマークで療養生活を送ります。1909年にノルウェーへ帰国した彼は、故郷での再起を強く望んでいました。
委嘱までの道のり オスロ大学壁画の選考は難航しました。当初は選考委員会に受け入れられませんでしたが、一般公開で大きな支持を得て、1914年に正式に委嘱を受けます。1916年に全11点が講堂に設置されました。
野外アトリエでの制作 最大で縦4.5メートル、横11メートルに及ぶ巨大な作品を描くために、ムンクはクラゲルーの自宅敷地内に野外アトリエを建設。1909年から1916年にかけて140点以上の下絵とスケッチを残しています。
作品の解説

《太陽》1909–1911年 オスロ大学アウラ講堂蔵
画面の中央には巨大な太陽が描かれ、そこから放射する光線が空と海、そして空気全体を包み込み、講堂という建築空間全体を照らすように構成されています。
この時期のムンクは、絵具を薄く溶いて重ねる透明層の技法を多用し、水彩画のような明るさと奥行きを生み出しています。太陽の光は厚塗りではなく、層の重なりによって内側から発光するように表現され、画面自体が光を放つような印象を与えます。
それ以前の作品——たとえば《叫び》や《生命のダンス》——では、厚い絵具と強い線が緊張した感情を表していましたが、《太陽》ではその筆致が穏やかに変化し、空間をゆがめるようなものではなくなっています。
アウラ壁画11枚のうち、《太陽》だけが人間の姿を描かないという点は特筆されます。周囲の作品が知識を求める人々や学問の象徴を描くのに対し、この作品では自然そのものが中心にあります。しかしムンクが長く追求してきた人間の内面と感情の表現はここでも続いており、太陽の放射する光は、人物を介さずに人間の内的エネルギーと精神的高揚を象徴しています。
その後、1920年代以降の作品では再び厚塗りと力強い筆触に戻っていきます。したがって《太陽》に見られるこの透過的な光の表現は、ムンクの画業の中でも限られた時期にだけ見られる独特の技法です。さらに言えば、ここまでの水彩画的表現はこの壁画群に限ると言えましょう。

《歴史》1911–1916年 オスロ大学アウラ講堂蔵
《太陽》の左側に配置された壁画です。老人が岩の上に座り、少年に何かを語りかけています。背後には広大なノルウェーの自然——海と崖と木々——が広がっています。
世代から世代へと知識が受け継がれる場面——これが「歴史」の主題です。《太陽》が自然と光の象徴であるとすれば、《歴史》は人間の時間と記憶の象徴です。二枚を並べることで、光と知という講堂の二つの主題が一体となります。
筆致は《太陽》と同様に軽やかで開かれており、《叫び》の閉塞した緊張感とは対照的です。ムンクはこの壁画群全体を通じて、個人の不安から人類の普遍へと視点を移したのです。
生成AIによる比較検証:初期の厚塗りで描いたら
講堂では、中心は講義をする講演者であり、壁画は背景、わき役にすぎません。聴衆の視線を集中させるためにも、穏やかで軽い筆致をムンクは選択したのではないでしょうか。もし彼が、初期の作品のような筆致で描いていたら、どのようになっていたか、生成AIで確かめてみましょう。


言うまでもなく、絵のインパクトが大きすぎ、講堂の正面の壁画としては、オーバーパワーです。《The Sun(太陽)》の原画を見ると、やはり、場所と状況をわきまえた描き方をムンクは意図的にしたのではないかと察せられます。ただし、軽やかな描き方にもかかわらず、太陽の存在感は圧倒的で、ムンクの技量の成熟を示しています。
