#37 Pierre Bonnard(ピエール・ボナール)光の上書き

はじめに
ボナールの絵は、一見自然のままを描いているようにも見え、素通りしてしまうかもしれません。ところがよく見ると、これは現実と少し違うのではないかと思わせる箇所に出くわします。それは、これからご紹介する《ミモザのある階段》の階段の色だったり、《ヴェルノンネの小路》で描かれる曇天の中の光であったりします。
ボナールが、一見普通の風景画にどのように向き合ってきたか——解き明かしていきましょう。

作者と作品の背景
ピエール・ボナール:光を上書きした画家
ボナールは1867年生まれ、1947年没のフランスの画家・版画家で、強い色彩と室内・庭など私的空間の主題で知られます。若い頃、父の意向で法学を学び、資格も得ましたが、同時に美術学校・私塾で学び、最終的に美術へ移行しました。1880年代末から1890年代にかけて、前衛グループ「ナビ派(Les Nabis)」に参加します。ナビ派はゴーギャンの総合主義やジャポニスムの影響を強く受けました。
記憶で描くという方法論 ボナールはしだいに「目の前の写生」よりも「記憶・メモ・下図などを介して、アトリエで再構成する」比重を高めていきました。この結果、ボナールの画面では輪郭線で物を固めるより、色の関係と配置で空間が成立しやすくなります。
印象派との違い この制作方法は「印象派的な外光の瞬間記録」とは別のロジックです。室内・庭・階段のような身近な場所が、色と面の秩序として組み直されます。見たままの光を描いた印象派との違いは、その光が外部に起因するか、内部に起因するかの違いとも言えます。
抽象画への接近 ボナールは自然を描いているように見えながら、むしろ作画の意図は抽象画に近いところがあります。空や道、壁などの画面を構成する要素を、色の要素として捉え、ものを形と色の再構成でとらえているのです。
作品の解説

《Stairs with Mimosa(ミモザのある階段)》1946年頃 ポーラ美術館蔵、箱根
ボナールの作品には黄色がよく使われます。《ミモザのある階段》はミモザの花が黄色で描かれているところまでは自然の色彩と言えますが、階段も蹴込まで同じ黄色で描かれており、これはさすがに想像上の色だと言えるでしょう。
やはり、明るい日差しを象徴的にボナールの頭の中で色として再現したものでしょう。ここに現れる黄色は、ボナールの心象風景と化した光の色なのかもしれません。

自然の光景として捉えると違和感があります。空はどんより曇り空、もしくは雨が降り出しそうなのに、地面や壁は明るい黄色で描かれています。
ボナールは、空や道、壁などの画面を構成する要素を、色の要素として捉えていました。自然を描いているように見えながら、むしろ作画の意図は抽象画に近いところがあります。この辺りが前世代の印象派たちの「自然の光を瞬時に写し取る」という作風と一線を画すところでしょう。

《L'Escalier du Cannet(ル・カネの階段)》1946年 グラネ美術館蔵、エクサンプロヴァンス
《ル・カネの階段》にも同様の傾向が見られます。同世代の印象派から出発した後期印象派とも違い、一見筆のタッチが印象派の系統に見えなくもありませんが、その構成原理は全く異なります。
それでも、この黄色の採用は光に対するボナールの希求を表しているように感じられます。ボナールが、空や、道、壁などの画面を構成する要素を色の要素として捉え、ものを形と色の再構成でとらえていたこと——これこそが前世代の印象派との決定的な違いです。
生成AIによる比較検証:現実の光に戻したら何が消えるのか
ボナールが上書きした光を取り除き、空の色に合わせた自然な色調で描いたらどうなるのか——生成AIで検証しました。


空の状態は今でも雨が降り出しそうな状態ですから、空の色に他の景色を合わせるとこのようになるでしょう。実際の景色が降雨直前の曇天だったのかはわかりませんが、ボナールがかなり脚色しているのはわかると思います。
現実の光に戻した画面は、見て理解できます。しかしボナールの画面は、見て感じます。その違いを生み出していたのは、曇天の空の下に輝く不自然な黄色——現実を上書きした内なる光でした。
ボナールが生涯追い続けたのは、目の前にある光ではなく、自分の内側から世界を照らす光だったのではないでしょうか。そして、現実にある光を内側からある光で上書きしたのでした。
