#15 Georges Lemmen(ジョルジュ・レメン)消える形、残る色、心象風景の正体

はじめに
私たちがセピア色の写真を見るとき、懐かしさを感じるのはなぜでしょう。
人間の脳は、色と形を同時に処理し、同時に忘れていきます。記憶の中の光景は、色も形もともに薄れてゆく——それが脳の自然な働きです。
セピア色の写真は色を人工的に消します。色が消えると、脳は失われた色を補完しようとして記憶をたどります。しかし形は写真の中にすでに答えとして残っている。形がわかっていれば、色が多少違っていても証明のしようがありません。補完された色はその人の記憶として信じられ、新しい風景を作り出す必要はない。だからセピア写真は「記憶の確認」で終わります。
ジョルジュ・レメンは逆のことをしました。色を残し、形を消したのです。
レメンの描き方は、心象風景を喚起するように見えます。絵を見ながら自分自身が心に作り上げる世界。彼の絵画がなぜそうさせるのか、その理由を探っていきましょう。

作者と作品の背景
ジョルジュ・レメン:色彩の分布をキャンバスにマッピングした画家
ジョルジュ・レメン(Georges Lemmen, 1865–1916)は、ベルギーのシャールベーク生まれの画家です。スーラやシニャックの影響を受け、点描技法を用いて光の分解と再構成を試みたベルギー新印象派(ルミニスム)の画家として知られています。1888年にはブリュッセルの前衛芸術グループ「レ・ヴァン(Les XX)」に加わり、フランスの新印象派との交流を深めました。レ・ヴァンはスーラ、シニャック、セザンヌ、ゴーギャンといった画家たちをブリュッセルに招待した進歩的なグループであり、レメンはその中心的なメンバーの一人として活動しました。
色彩の塊としてのマッピング レメンの作品は、フランス印象派の感覚的な筆致とは異なり、風景の中にあるものの形を単純化し、色彩の塊としてマッピングする方法で描きました。レメンにとって「描く」ことは、目に映る光の印象を再現する行為ではなく、色彩の分布をキャンバス上にマッピングし直す行為でした。その結果、彼の画面では物体の輪郭が溶け、色彩そのものが空間を構成する主役となっています。印象派が「光の瞬間」を捉えようとしたのに対し、レメンは「色彩の構造」を画面に写し取ろうとしました。
スーラ以後、独自の道へ スーラの死後、多くの点描画家が点描から離れていった中、レメンはその方向をさらに独自に発展させました。1892年にはロンドンを訪れ、テムズ川を題材にした作品を残しています。産業都市の霧と煙に包まれた風景は、レメンの手法と驚くほど相性がよく、形が溶けることで都市の光景はより普遍的な色彩の世界へと昇華されました。晩年には点描の厳格さから離れつつも、色彩が空間を形成するという根本的な姿勢は生涯変わりませんでした。
評価と交流 レメンはスーラやシニャックと直接会ったことはなく、1887年にブリュッセルで開催されたレ・ヴァンの展覧会でスーラの《グランド・ジャット島の日曜日の午後》を見て、その場で点描技法に転向を決意しました。ベルギーの美術批評家エミール・ヴェルハーレンがこの展覧会についてパリに報告し、翌年スーラとシニャックがブリュッセルに招かれた際に初めて対面が実現しています。レメンはその後パリのサロン・デ・アンデパンダンにスーラ、シニャックとともに出品しました。レメンを点描へと導いたのは実際にはベルギー人画家テオ・ファン・レイセルベルヘとの交流であり、レメンはフランスの中心からではなくベルギーという周縁から、この運動に独自の貢献をした画家でした。1891年にスーラが36歳で急死すると、点描運動は精神的支柱を失い、レメンも点描の厳格さから離れていきます。しかし色彩が空間を形成するという根本的な姿勢は、様式が変わった後も生涯変わりませんでした。
作品の解説

《On the Beach(浜辺にて)》1891年 個人蔵
画面には、穏やかな夏の日差しに包まれた海辺の光景が描かれています。浜辺には明暗二色が用いられ、明るい部分は潮が引いた直後のようにも見えます。海の白、夕日を反映した赤、雲の青、そして空の黄色が、境界をあいまいにしながら並列に配置され、それぞれが独立した色彩の塊として画面を構成しています。空・海・砂浜という物質的な形をほとんど消し去り、それぞれに対応した光の色を抽出して描いています。抽象絵画の一歩手前まで進みながらも、鑑賞者は自らの記憶をたどりながら形を再構築することで、ぎりぎり何の光景を表しているかを理解できるように導かれます。

《View of the Thames(テムズ川の眺め)》1892年 ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン美術館蔵、プロビデンス
1892年のロンドン滞在中に描かれた作品です。テムズ川の河岸に並ぶ建物と空が、点の集積によって色彩の帯として画面に広がっています。クレーンや桟橋といった産業的な構造物の輪郭は溶け、黄みがかった空とくすんだ水面の色彩が前景と背景の境界を曖昧にしながら混ざり合っています。建物が「建物」として読み取れるのは、鑑賞者自身がテムズ川の河岸という記憶を持っているからです。形が消えても光景が成立するのは、鑑賞者の記憶が形を補っているからです。

《浜辺にて》から十数年後、レメンは《花の静物》において色彩が空間を形成するという方向をさらに明確にしています。色彩が残り形が消える——鑑賞者は自身の記憶に照らし合わせて像を組み立てなおし、花と花瓶の絵だと認識する。あなた自身気が付かないうちに、レメンの作品を自身の奥にある記憶の場所に引き入れているのです。
なぜレメンの絵は心象風景を喚起するのか
三点の作品を見てきました。ここで一つの仮説を提示したいと思います。
色を残し形を消したとき、脳は形を補完しようとして記憶をたどります。しかし形の答えは絵の中にない。脳は自分の記憶の中から形を引っ張り出し、自分だけの風景を作り上げます。それがレメンの絵が喚起する心象風景の正体ではないでしょうか——見る者がつい作り上げてしまう、その人固有の世界。
生成AIによる比較検証:形を明確にして色を消したら心象風景は消えるのか
この仮説を検証するために、レメンの《浜辺にて》の構図はそのままに、形を明確にして色彩を消した画像を生成AIで作成しました。


二つを見比べると、同じ浜辺の光景でありながら、まったく異なる体験が生まれます。
セピア版では、ヨットの輪郭、砂浜の質感、雲の形が明確に読み取れます。形が答えを与えているため、脳は新しい風景を作り出す必要がありません。記憶の確認で終わります。
一方、レメンの原画にも実は形が潜んでいます。ヨット、人物のシルエット、砂浜の起伏——しかしレメンはそれらを色彩の塊の中に溶け込ませ、見えなくした。脳は形を特定しようとして自らの記憶をたどり始めます。そのとき鑑賞者の心の中に浮かぶのは、レメンが描いた浜辺ではなく、自分がかつて見た浜辺——それぞれの心象風景です。
形を消すことで、見る者の記憶を解き放つ。レメンが生涯追い続けたのは、その力だったのではないでしょうか。
この仮説を裏付ける研究
レメンが「色が残り形が消える」という手法を直感的に追求していた時代から100年以上後、京都大学の齋木潤教授らの研究グループが、色と形に関する脳のメカニズムを科学的に解明しました。
この研究によれば、視覚情報処理の初期段階では、色と形は脳の中で独立に処理されています。しかし短期記憶の中でそれらは統合され、位置に依存しない物体の記憶として保持されるといいます。
つまりレメンが色だけを残して形を消したとき、鑑賞者の脳は無意識のうちに形だけを補完しようとします。その補完の過程で引き出されるのは、レメンが描いた形ではなく、鑑賞者自身の記憶の中に蓄積された形——それが心象風景の正体です。
画家の直感が、科学より100年早く、人間の知覚の本質に触れていたのかもしれません。
参考論文 齋木潤ほか「視覚認知において色と形の情報が統合される仕組み——位置に依存しない物体記憶の生成」 掲載誌:Psychological Science(2015年12月28日オンライン公開) DOI:http://dx.doi.org/10.1177/0956797615616797
