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#5 Jean-Baptiste-Camille Corot(ジャン=バティスト=カミーユ・コロー)コンフォートゾーンにとどまる絵


《Le batelier de Mortefontaine(モルトフォンテーヌの舟遊び)》1865年頃 フランス・パリ、ルーヴル美術館蔵

はじめに

「きれいな絵ですね。そうです、上品な絵ですね。」——これが、コローの絵の前に長年立ち続けた末に辿り着いた、ある画家の正直な感想です。

これは批判ではありません。コローは間違いなく「コンフォートゾーンにとどまる絵の最高峰」です。しかしその頂点には天井があります。ターナーが形を消してでも光の本質に迫り、フリードリヒが同時代の主流を完全に無視してミニマルな沈黙を選び、チャーチが物理的にありえない光の柱を描いた——そういう「コンフォートゾーンを出た絵」を、コンフォートゾーンにとどまる絵は決して超えることができない。

その理由を、コローの絵の前で考えてみましょう。

カミーユ・コロー

作者と作品の背景

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー:コンフォートゾーンにとどまる絵の完成者

ジャン=バティスト=カミーユ・コロー(1796–1875)は、パリの裕福な布地商の家に生まれました。父親は息子が画家になることに反対しましたが、最終的に折れて仕送りを続けます。コローはその経済的な安定の中で、焦ることなく自分のペースで絵を描き続けました。

・バルビゾン派のコミュニティ パリ南東、フォンテーヌブローの森に隣接するバルビゾン村には、コロー、ミレー、テオドール・ルソー、ドービニー、トロワイヨンら「バルビゾン七星」と呼ばれる画家たちが集まっていました。ガンヌ夫妻の宿屋を拠点に、彼らは自然の中に直接キャンバスを立て、ありのままの風景を描きました。歴史画や神話画が絵画の頂点とされていた時代に、風景そのものを主題として確立した運動です。

・コローの特殊な立場 ただしコローはバルビゾンに完全定住したわけではなく、パリやヴィル・ダヴレーを拠点にしながら各地を行き来しました。バルビゾン派と深く交流しながらも、やや独立した立場を保っていました。若きピサロを指導し、印象派への橋渡し役ともなった画家です。

・贋作の多さ コローをめぐる有名な皮肉があります。「コローは生涯3000点の絵を描いたが、そのうち1万点がアメリカにある」——それほど模倣・偽作が横行したことは、彼の絵が「わかりやすく美しい」ゆえに需要が高かったことの裏返しでもあります。

・同時代のフリードリヒ コローとフリードリヒは同時代を生きました。フリードリヒが1774年生まれ、コローが1796年生まれ——22歳の差があり、フリードリヒが亡くなった1840年にコローは44歳でした。同じ時代に、これほど正反対の美学を持つ画家が存在していたことは、改めて驚きです。

作品の解説

《Le batelier de Mortefontaine(モルトフォンテーヌの舟遊び)》1865年頃 油彩・カンヴァス ルーヴル美術館蔵、パリ

《モルトフォンテーヌの舟遊び》1865年頃 ルーヴル美術館蔵、パリ

フランス北部のモルトフォンテーヌ村近郊の湖面を描いた作品です。岸辺につけられた舟が視線の焦点をつくっていますが、実際の主役は湖面と空です。両者はほぼ一様に同じトーンで描かれ、空と水面の境界が溶け合うように処理されているため、風景全体が光に満ちたスクリーンのように見えます。

ここでも光は「状態」です。朝の光が大気に満ちている——それだけで、光に方向も強調も思想もありません。涅槃のような静けさです。


《Souvenir de Mortefontaine(モルトフォンテーヌの思い出)》1864年 油彩・カンヴァス ルーヴル美術館蔵、パリ

《モルトフォンテーヌの思い出》1864年 ルーヴル美術館蔵、パリ

同じ場所を前年に描いた作品で、コローの最高傑作のひとつとされています。構図はよりアップで大胆になり、コントラストも高く、人物の仕草に動きも加わり、《舟遊び》より力があります。

しかし「より力がある」とはいえ、光の本質は変わりません。空気が明るい状態にある——それ以上でも以下でもない。コローはこの2作品の間で、同じ「状態としての光」を、わずかに違う角度から描いただけです。


《The Solitude. Recollection of Vigen, Limousin(孤独——ヴィジャン、リムーザンの思い出)》1866年 油彩・カンヴァス 95×130cm ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵、マドリード

《孤独——ヴィジャン、リムーザンの思い出》1866年 ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵、マドリード

木々の間から川面が見え、その前に一人の女性が座っています。彼女はこの絵の主役ではありません。点景です。

バルビゾン派にとって点景人物とは、歴史画時代の「物語の口実」としての人物とはまったく異なります。自然が主役であることを邪魔せず、ただそこに「いる」存在。コローの点景はとりわけそうで、光とも劇的な関係を持たず、風景と感情的な対話をするわけでもなく、ただ自然の中に置かれています。

光の扱いを見てください。明確な光源がありません。空気全体が等しく明るい。光が「降り注ぐ」のではなく、空気が「明るい状態にある」——それだけです。光に方向もなく、強調もなく、思想もない。これがコローの光の本質です。状態としての光。コンフォートゾーンにとどまる光です。

この絵はナポレオン三世が皇后ウジェニー・ド・モンティジョのために1万8千フランで購入しました。当時としては破格の値段です。コンフォートゾーンにとどまる絵が権力者に好まれるのは、いつの時代も変わりません。


《A Woman Gathering Faggots at Ville-d'Avray(ヴィル・ダヴレーで薪を集める女)》c.1871–74年 油彩・カンヴァス 72.1×57.2cm メトロポリタン美術館蔵、ニューヨーク

《ヴィル・ダヴレーで薪を集める女》c.1871–74年 メトロポリタン美術館蔵、ニューヨーク

コローが生涯愛した場所、ヴィル・ダヴレーの池のほとりです。薪を背負う女性が一人、水辺を歩いています。やはり点景です。

注目すべきはその銀灰色の色調です。メトロポリタン美術館の解説によれば、この独特の銀色がかったトーンは、当時普及しつつあった写真という新しいメディアの影響を受けている可能性があります。前景の木々のぼんやりとした輪郭は、19世紀の写真に写る動いた木の葉の効果に似ている、と。

ここでも「状態としての光」があります。空気が全体に薄く明るく、しかし何も主張しない。美しいが、コンフォートゾーンにとどまってい。

コローの光—状態としての光

このシリーズでこれまで取り上げた画家たちの光を振り返ってみます。

チャーチは光を誇張しました。物理的にありえない光の柱を描いてでも、光の存在を証明しようとしました。ターナーは光を追求するうちに形を消していきました。フリードリヒは光を不在にして、沈黙の中に光の意味を宿らせました。

コローの光には、そういった「意志」がありません。空気が太陽の光によって明るくなっている——それだけです。光は状態であり、雰囲気であり、詩情の素材です。光に問いも賭けも挑戦もない。コンフォートゾーンにとどまっている。

だからこそ、美しい。誰でも美しいと感じられる。しかしだからこそ、天井がある。

二つの批評、一つの本質

コローの本質を、同時代の批評家たちは鋭く見抜いていました。批判する側はテオフィル・トレがこう書いています。「コローは音域が一つしかない。非常に限られていて、短調だ。音楽家なら、彼は一日のうちの一つの時間帯——朝——と、一つの色——淡い灰色——しか知らない、と言うだろう」。一方、礼賛する側のボードレールはこう言いました。「コローは色彩家ではなく、調和家だ」。

批判と礼賛、どちらも同じ特徴を見ています。音域が一つしかない——それをトレは限界と呼び、ボードレールは調和と呼んだ。コンフォートゾーンにとどまることを、一方は欠如として、他方は完成として読んだのです。

どちらが正しいかではありません。同じ絵の前に立って、これほど正反対の言葉が生まれる。それ自体が、コローという画家の本質を語っています。

生成AIによる比較検証:同じ場所をゴッホが描いたら

同じ構図を、コンフォートゾーンを出た画家の手に渡したらどうなるか。生成AIによって確かめてみましょう。

【原画:コロー《モルトフォンテーヌの舟遊び》1865年】


【AI生成:ゴッホ風バリエーション】

構図はまったく同じです。同じ木、同じ舟、同じ人物、同じ対岸の建物。変わったのは光の扱いだけです。

しかしその変化は、絵の性格を根底から変えています。

コローの画面では、光は「状態」でした。銀灰色の大気が等しく満ちていて、どこからともなく景色を包んでいる。光に方向もなく、主張もない。舟の男も、岸の人物も、光とは無関係にただそこにいます。

ゴッホ風に変換した途端、光は「感情」を持ちます。空は渦を巻き、木々はうねり、水面は青と緑の激しい筆触で震えている。舟の男も岸の人物も、もはや点景ではありません。嵐のような光の中に巻き込まれた存在として、画面の中に否応なく意味を持ち始めます。

ここにコンフォートゾーンにとどまる光とコンフォートゾーンを出た光の本質的な違いがあります。コローの光は風景を包みます。ゴッホの光は風景に叫びかけます。

しかしそもそも、ゴッホはこのような構図では描かなかったでしょう。美しくバランスの取れた安定した構図——それ自体がすでに、コンフォートゾーンにとどまることの表明です。光だけでなく、構図もまたコローの選択でした。ゴッホが筆を持てば、木は画面を圧迫し、地平線は傾き、人物は光に飲み込まれる。安定など、最初から眼中にない。

ゴッホはそれでも見たままを描くと言っています。視覚異常が原因だとする説もありますが、常人とは違った描き方です。一方コローは常人の描く絵の延長線上にあります。絵を描き始めた素人画家が、コローのように描けたらいいなと目指すような絵です。

景色の側に立った絵と、自分の側に立った絵の違いです。

コンフォートゾーンにとどまるとは、景色から離れない絵なのかもしれません。

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