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世界は続く。私は消える。それでも今日がある。




はじめに

いつか死ぬ。

そう書くと、
あまりに当たり前で、
あまりに遠い。

けれど、
ふいに近づく。

夜のふとんの中で。
電車の窓に映る顔に。
子どもの寝息を聞くときに。
朝、コップの水を飲むときに。



自分という意識が、
いつか閉じる。

そのことは、
やはり嫌だ。

でも、
死んだあとには、
嫌だと思う自分もいない。

では、この嫌さは、
どこにあるのか。



死のあとではない。
いま、ここにある。
生きているから、
消えることが怖い。

その怖さを抱えたまま、
なるようになる、
と言えるのだろうか。

そして、
そう言いながら、
今日を雑にしないで
いられるのだろうか。





【筆者活動】
デスクに置くアートテラリウム作家|けん
忙しい日常に“静かな余白”を取り戻し、
内省と気づきを促す

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1. 消えるのが怖いのではなく、この視点が閉じるのが怖い

死が怖い。

そう言うとき、
本当に怖いのは、
死後の苦しみでは
ないのかもしれない。

死んだあと、
苦しむ自分はいない。

けれど、
いまの自分は、
それを想像できてしまう。

この目で見ること。
この耳で聞くこと。
この身体で、
世界に触れること。

朝の光。
雨の匂い。
誰かの声。
ふとした沈黙。
湯気の白さ。
冬の手の冷たさ。

そういうものを、
もう感じない。

怖いのは、
世界が消えることではない。
世界は、
たぶん続く。

怖いのは、
その世界に、
自分の視点が
なくなることだ。


世界は続く。
でも、私はいない。

このずれが、
とても寂しい。

だから、
「死んだら感じない」
という理屈は正しい。
けれど、
それだけでは足りない。


怖さは、
死後にあるのではない。

怖さは、
いま生きている意識が、
自分の終わりに
触れてしまうところにある。

だから、
死ぬのが嫌だ、
という感覚は、
間違いではない。

弱さでもない。

それは、
生が自分自身の輪郭に
触れたときの震えだ。

消えたくない、
という声は、
生きているものの声だ。


ただ、その声に
全部を渡してしまうと、
いまの時間まで
死に奪われてしまう。

死はまだ来ていない。

けれど、
死の影を先に生きることは
できてしまう。

そこに、
本当の危うさがある。





2. なるようになる、で何を手放しているのか

なるようになる。

この言葉には、
やわらかい力がある。

どうにもならないことは、
どうにもならない。
人の心。
未来。
評価。
偶然。
老い。
死。

どれも、
思い通りにはならない。

だから、
手をゆるめる。
それは、
悪いことではない。

むしろ、
必要なことだ。


けれど、
この言葉は、
ときどき別の顔をする。

どうせなるようになる。
だから、話さなくていい。

どうせ分からない。
だから、考えなくていい。

どうせ死ぬ。
だから、今日も薄くていい。

そのとき、
手放しているのは
結果ではない。

関わることそのものだ。




手放してよいものがある。

結果。
他人の反応。
すべてを正しくすること。
未来を完全に整えること。
死を遠ざけること。

でも、
手放すと生が薄くなるものもある。

見ること。
聞くこと。
考えること。
伝えること。
触れること。
少しだけ向き合うこと。


なるようになる、
という言葉が救いになるのは、
結果を手放すときだ。

なるようになる、
という言葉が逃げになるのは、
関わりまで手放すときだ。

たとえば、
仕事で何かが曖昧なまま残る。

本当は、
そこに論点がある。
誰かが不安に思っている。
自分も少し気づいている。

でも、
まあ何とかなる、
と言って流す。
これは、
なるようになる、ではない。

見ないようにしている。

また、
誰かとの会話で、
本当は少し立ち止まれる。

でも疲れている。
面倒でもある。
だから、適当に返す。

それも、
よくあることだ。
責めるほどのことではない。

ただ、
そこには小さな放棄がある。



今日を雑にするとは、
ただ乱暴に生きることではない。

見えているものを、
見なかったことにすることだ。

では、
どうするのか。
立派に生きる、
という話ではない。

毎日を大切に、
という話でもない。

ただ、
いま自分は、
何を見ないために
これを雑にしているのか。

その問いが、
一瞬でも差し込めばいい。


なるようになる。

でも、
何もしなかったことも、
なるようになる。

この一文は、
少し冷たい。

けれど、
誠実でもある。

世界は、
都合よく救ってはくれない。

雑に扱えば、
雑に扱ったなりに
ものごとは形になる。

だから、
なるようになる、は
眠るための言葉ではない。

握りしめすぎないための言葉であり、
目を逸らしすぎないための言葉でもある。





3. 死後の無を、今から生きない


どうせ消える。

この言葉は、
強い。

すべてを一瞬で、
軽くしてしまう。

仕事も。
悩みも。
喜びも。
関係も。
言葉も。

どうせ消える。

でも、
ここには混同がある。

いつか消えること。
いま無意味であること。

この二つは、
同じではない。


食事は終わる。
でも、食べなかったことには
ならない。

会話は消える。
でも、交わされなかったことには
ならない。

夕方の空は暗くなる。
でも、夕方がなかったことには
ならない。

人の一生も、
たぶんそれに近い。

残るから価値がある、
とは限らない。
残らないから価値がない、
とも限らない。



起こった。
それだけでは
足りないだろうか。

たしかに見た。
たしかに聞いた。
たしかに笑った。
たしかに傷ついた。
たしかに誰かを思った。

それらは、
永遠ではない。
でも、
なかったことではない。


死後の無を先取りするとは、
死ぬ前から、
すべてに「どうせ」と
ラベルを貼ることだ。

どうせ終わる。
どうせ忘れる。
どうせ残らない。

そうして、
まだ起こっているものまで、
先に終わらせてしまう。

それは、
死そのものとは違う。

生きながら、
生を薄めることだ。



死を忘れる必要はない。
むしろ、
死は忘れられない。

ふいに来る。
何度も来る。
それでいい。

ただ、
死のあとにある無を、
今日の上にかぶせなくていい。

今日の水は、
今日の水として冷たい。

今日の声は、
今日の声として届く。

今日の迷いは、
今日の迷いとして重い。

今日の小さな誠実さは、
歴史には残らないかもしれない。
でも、
残らないものが、
すぐに無になるわけではない。


なるようになる。
たぶん本当に、
そうなのだと思う。

死も、
偶然も、
人の心も、
最後は握れない。

けれど、
その流れの中には、
怖がる自分もいる。
迷う自分もいる。
誰かを大事にしたい自分もいる。
今日を雑にしたくない自分もいる。

それらもまた、
然るように然っている。

だから、
受け入れるとは、
何もしないことではない。
怖さを消すことでもない。

自分の中に起こっている
小さな動きを、
なかったことにしないことだ。

死に勝つことはできない。
無になることを、
完全に納得することも
できない。

それでも、
死後の無を
今から生きなくていい。

今日を完璧に
大切にできなくていい。

ただ、
あまりに雑に
流してしまいそうなとき、
少しだけ気づく。

見ていなかったものを、
少しだけ見る。

聞いていなかった声を、
少しだけ聞く。

考えずに済ませたことを、
少しだけ考える。

その程度でいい。
その程度がいい。


人は、
大きな覚悟だけで
生きているわけではない。

小さな気づきで、
かろうじて、
今日に戻ってくる。

なるようになる。
けれど、
今日を雑にしすぎない。

そのあいだで、
生はまだ、
少しあたたかい。








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