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何度でも壊して、何度でも再構築する。

今年になってから、

「一周回った…」

みたいな感覚になることが何度かある。

一周回ったと言うと、まるで「同じ場所に戻ってきた」という風に聞こえるかもしれない。だけど僕自身の感覚では、

「以前と同じ場所にはいない」

という実感もある。

でも、一周回ったというか、いくつかのサイクルが、ぐるっと回った感覚がある。

例えば、そのサイクルの一つとして、今年になってから「東洋哲学」の書籍をいつも傍に置くようにして、毎日目を通すようにしている。

しかしその習慣は、20代後半から、30代半ばまで、ずっと続けてきたことだった。当時なんて、毎日必ず、その日感銘を受けた言葉をノートに書き溜めておく、なんてこともしていた。10年くらい続けていた。

東洋哲学は「人の道」であり、「いかに生きるか?」を「実践」する哲学だと思う。

西洋的な「ロジック(理論)を理解すること」に重きを置いた哲学ではなくて、実践して、体験して、身につけてナンボの世界。

頭で分かった、理解した、それでOK!なんてことはなく、

「やったか? やってるか? できたか? じゃあそれをどう役立てる?」

と、常に己に問い続ける。

今の時代に、そんなにストイックさは流行らないのは承知だったけど、僕はある時期に、それを自身に課して、戒めて生きると決めた。

なぜなら、あまりにも自分が自堕落で、享楽的で、周りに流されやすく、飽きっぽい性格で、何をやっても中途半端だったから、そんな自分に嫌気がさしたのだ。

だから自身を律して、規律と規範を持ち、聖賢の残した知恵と、その生き方に少しでも沿うように(ほとんどできてなかったが)、そこから外れぬようにと、心がけていた。

しかし、30代後半に差し掛かる頃、こう思うようになった。

(そんなに頑張らなくてもいいのでは?)

これは、世にいうスピリチュアルブームや、自己啓発ブームの影響だった。

当時流布していた言説、

「やりたいことだけやる」
「嫌なことはやらない」
「がんばらなければうまくいく」
「ワクワクしてれば願いは叶う」

みたいなやつで、もちろん、これらは10年以上経った今でも人気コンテンツで、どんどんこの手の安易な「スピリチュアルメソッド」が波紋を広げている。

ちなみに上の言説は、何も悪いことではない。

だって、僕はそれを身をもって実験的に実践し、そこから人生は激変し、はっきり言って幸福な人生を歩んでいると思う。

ただ、条件があって、例えば「頑張らなければうまくいく」は、それまで「散々身を粉にしてがんばった人」にしか、しかるべき変化の波は発動されず、メソッドは適用されないってことだ。

要するに「逆をやること」が大事なのだ。

そもそも世の中の多くの人が、やりたいことをやらず、我慢して、頑張りすぎて、ワクワクしてないから、そのアンチテーゼのようなものとして流布したのだ。

で、僕は当時、息子が不登校になったり、妻との関係の不和や、先行きの見えない仕事や将来に対して、自分が今まで頑なに信じて実践して来たこと手放し、「がんばらない」とか「好きなことだけをする」を実践することにした。

だから、それまでやってきたストイックな東洋哲学の教えから離れようと思った。

その手の本は全て図書館に寄付し、好きなように、やりたいように、自由に、奔放に生きるようになった。

上記したけど、確かにそれによって、真逆の価値観を受け入れ実践することで、僕の人生に大きなシフトをもたらし、まったく想像していなかった人生を歩むことになった。

しかし、結局は僕自身の生来持っているもののせいかもしれない。ずっとそんな風には生きれない。

放埒的で、安易で、安楽な道を辿った人が、人生にさまざまな崩壊をもたらすのを散々見てきたし、スピリチュアル(霊性)とかけ離れた霊感商法が跋扈している現状にうんざりし、安易なメソッドには批判的になり、自身もふわっとしたことや、夢のあることは発信しなくなった。

そして、何より自分自身にも探求者、求道者として、律していくものが多くなった。

ここ数年は東洋的な「タオ 」を学びながら、読書においての学びは、西洋的な神秘学を学ぶ時間が多かった。

何を読んだかはさておき、西洋哲学同様、スピリチュアルティの世界においても、西洋人のそれはとても論理的で、こちらも思考を駆使しないとまるでわからないものばかり。

元々、僕は頭の出来はさほど良くはない。

体に叩き込まないと覚えられないタイプであるから、それらのロジカルな書籍を読むのは骨が折れる作業だったが、それでも学ぶものは多かった。

しかし、今年の春だ。

ふと、東洋哲学の書籍を図書館で手に取り(その時は「孟子もうし )だった)、すっと、血液に馴染むような、親しみのある叡智が流れてきた。

もちろん東洋哲学だって難解である。むしろ、論理を超えた「詩的」なものが多いため、さらに解釈は難しい。だから、僕ごときが語れるものではない。

でもそれでも、なんだかホッとしたし、素直に受け取れた気がした。

結局、あれやこれや行き来しつつも、東洋哲学は、自分の血肉になっていたり、バックボーンだったのだろうと思う。

そこから、以前手放した本を再び手に買ったり、図書館で借りたりしながら、毎日気が向いた時に本を開く。

そこで「一周、回った」と感じた。

でも若い頃に、ひたむきに、ある意味、頑固さに固執していた頃の自分とは、まったく違う。

惑星の軌道と一緒だ。

地球は太陽の周りを回る。それだけ見ると、毎年同じ道を通っていて、例えば、先週の「秋分」とか、一周回ったとも言える。

でも太陽自身が天の川銀河を公転しているので、地球が太陽系を一周回った時、より大きな銀河系の座標で見ると、まったく違う場所に位置している。

(この動画がわかりやすかったのでリンクを貼っておく→こちら

すべては「螺旋らせん 」なのだ。

で、最近。9月23日の「秋分の日」と、その前後のこと。

後半の写真を踏まえた日記で説明するけど、秋分点を含む23日未明とその前後を、奥出雲、雲南市、付近で過ごした。

その前日までは京都にいました。

京都で、自身のための「学び」の集いがあり、さまざまな洞察があったことも事実だけど、秋分の日のあたりで、明らかに意識が変わった。

生まれ変わったかのような感覚…、こういうことは何度もあるが、(何度も、と言っても、数年に一度レベルだけど)個人的には大きな出来事だった。

生まれ変わる、と表現するからには、それは何かを手に入れてプラスアルファの自分になったわけではなく、それまで使っていたものが瓦解し、新しい自分になった…、という感じだ。

簡単にいうと、破壊と再生。

一度壊さないと、まったく新しい状態にはならない。本当の「変化変容」とはそういうもので、蛹が蝶になる前には、それまでの芋虫の肉体は完全に溶けて崩壊して、再構築して蝶になるのと似ている。

何が起きたのか? は、詳しくは書かない。いや、実はこの文章の前段階には、かなりの長文を書いて、状況説明を綴っていたのだけど、なんだかしっくりこない。

そもそも、言葉や文章で伝えられるものではないし。
 
だから全部消した。

そして、今、ただ、言えることは、

楽しむこと!

心地よくすること!

気持ち良い状態であること!

良い部分を見つめること!

以上の4つに集約される。

ここだけ見ると、上記した「ふわっとしたスピ」にありがちな迷言・妄言っぽいけど、それこそ自分的には大きなサイクルを「一周回ってワン!」って感じなのだ。

同じようで、まったく違う自分自身。

僕は探求する。求道者だ。そこは変わらない。

しかし、それを全力で楽しむし、常にそれを心地よく実行するし、気持ち良く過ごす。

人生にはネガティブなものはたくさんあるけど、それはすべて受け入れて、だけど、前に進むために「良いもの」「良いこと」を見つけていく。

色々あったけど、今、そんな感じです。

何度でも、過去の自分をぶっ壊す。そして何度でもやり直すし、作り直す。

何周でも回る。でも、螺旋を辿るから、同じ自分ではない。

あなたも、そんな感覚ありますか?

*****

さて、こっからはここ最近の記録。

京都の大文字山からの景色。コミュニティのメンバー数名と登った。
翌日は、1人で「笠置山」へ。京都と奈良県、三重県の県境あたりで、なかなかアクセスは不便なところ。
巨石ゴロゴロの山です。
巨石好きにはたまらない。
笠置寺、という歴史あるお寺があります。
笠置駅。マニアックな駅です。京都から3回乗り換えて1時間半かかった。
笠置で買ったスダチ。こんなに入って100円。夜、部屋でスダチソーダを飲む。

翌日は、自身の学びの会があり、深い深い洞察を得た1日になりました。

で、翌朝は、京都から広島方面へ行き、広島県の「福山駅」下車。そこでレンタカーを借りて北上。2時間半ほどドライブして、

出雲方面へ行った。

こちらは出雲国一宮熊野大社。
そして、元宮「天狗山」へ登山。人のいない、厳かな気に満ち溢れた山でした。
ちなみに写真のキノコは「たまごだけ」と言って、食べられるキノコです。
ところで関係ないけど、旅の間に読んだ本。面白すぎて一気読みだった。移動中は読書が捗る。

その日は雲南市のホテルに泊まり、秋分の朝を迎える。

「鬼の舌震」へ。気になる方は由緒など自身で調べてみてね。
岩だらけの渓谷。
ここも大好物の巨石だらけで、
爆音の水音に癒される。

午後から雨が降り、尾道へ行った。

千光寺へ。
弱い雨が降っていました。
写真ではわかりづらいけど、鎖場があり、岩を登れる。
岩からの景色。
猫さん多し。

その日は福山駅前に宿泊。雨に濡れすぎたせいか、体が冷えた。夜は居酒屋で熱燗を飲みました。涼しくなると、温かいものが美味しくなる。

翌朝、

スタバの無料チケットがあったので、紅茶を飲む。
福山から山陽本線で3駅。笠岡駅へ行き、徒歩5分で…
住吉港、からの、船で「白石島」へ。

笠岡諸島、と呼ばれる瀬戸内の小島。夏場は海水浴などで賑わうそうですが、オフシーズンはお店もやってない。

ハイキングコースが充実していて、山は「巨石」だらけ。前々から行ってみたいと思っていた。

白石島の応神山(立石山)へ。
名前の通り、
岩祭り。
景色も最高でした。
控えめに言っても最高すぎた。
曇りの予報だったけど、晴れました。31℃気温があり、かなり暑かったです。
お寺もあります。開龍寺
猫さんもいました。

ハイキングコースはさくっと歩けます。お寺でのんびり過ごしたりしたけど、それ以外の場所はとにかく日差しが暑い。

曇り空なら海岸でぼけっとしても良かったけど、日陰がない…。お店も一見もやってない。

だから迷ったけど、13時過ぎの船で笠岡に戻る。この船に乗らないと16時までないのです。

夕方、福山駅に戻り、駅の目の前の「福山城」へ。
山、神社、仏閣によく行く僕ですが、「お城」もかなり好きです。
味のある古本屋さん。帰りの新幹線ように一冊小説を買った。

福山駅って、新幹線駅だけど、ちょっとマイナーですよね?岡山と広島に挟まれているし、周りには倉敷とか尾道とか、有名な街がひしめいているせいかな。

でも、なんだか落ち着く場所で、すっかり気に入りました。また白石島も行きたいと思います。

というわけで、今回も巨石ゴロゴロの山をたくさん巡った。毎日よく歩きました。

秋分の日で「リセット」され、エネルギーチャージも完了。でも一周回った手応えを得た旅となりました。

あなたも最近、一周回った感じある?

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