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面倒くさいの価値

〜好きこそ物の上手なれ〜

 noteにあったシャッフル機能が姿を消してしばらく経ちました。
 皆さんはユーザーさん探しはどうしているでしょう。探す方法はと言えば、まだまだいくつもあるわけです。言わば公然の秘密。ただ、面倒くさいだけです。

 考えてみるとクリエイターの仕事も面倒くさいことの積み重ねです。「好きこそ物の上手なれ」なんて言いますが、好きじゃなきゃやってられないでしょっていうくらい面倒なことが多いです。もっとも以前は「面倒」だとは思っていませんでした。

 写真の仕事をしている時の先輩は「面倒くせぇ」が口癖で、その言葉を聞くのが大嫌いでした。
「そんなに面倒くさいなら辞めればいいのに」って何度思ったことか。
 ところが、今となっては如何に「面倒くさい」ことに取り組むかが課題になっています。

 パソコンで同じ作業を繰り返さなくてはならない場合は、プログラムなどの自動処理が利用できないだろうかとか考えます。ところがプログラムがまた面倒です。知識がなければ学ぶところから始めなくてはなりません。時間も手間も相当かかるわけです。少なくてもそんな経緯を知っていればそのプログラムの意義も解ろうというものですが、世の中にはそんな経緯を知ることもなく便利なものが登場するため「便利なものが出たからちょっと試しに使ってみよう」ということが常態化しています。そして便利になることによって面倒くさいことを生業としていた人の仕事は不要になっていきます。

 言い換えれば、面倒くさいから仕事として成立していたのではないかと思うのです。巷では既に人工知能の脅威が囁かれています。ドローンの登場や自動運転自動車の登場、ロボット産業の発達などにより世の中はますます便利になって面倒なことは少なくなっていくのかもしれません。そうなった時、次に価値を持つものは何でしょう。面倒くさいことには希少価値が生まれるかもしれません。

 地方では様々な面倒くさいことがまだ残っています。むしろ増大していると言えるでしょうか。そして雪かきツアーや農作業の体験などは価値を見出していることの例かもしれません。

 そう考えると面倒くさいことが好きな遺伝子は生きる原動力のような気さえしてきませんか。

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 … ART 頼風 …



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