穏やかな日常が輝く光 -17世紀オランダ絵画の美
ある一つの才能というのは、決して一人で出るものではなく、多くの切磋琢磨する人々と、それを可能にする環境があって生まれてくるものです。
17世紀のオランダは、当時のいわゆる覇権国家であり、黄金時代と言われる時を過ごしていました。それは、国力だけでなく、文化的な面においてもそうです。
商業と交易の発展により、富裕な商人を中心とした市民階級が力を持ち、宗教画よりも、静物画、風景画といった、現実の光景を描いた作品がより発達しました。
この時期の絵画史に残る画家と言えば、何と言ってもレンブラントとフェルメール。一般的にも知名度の高い二人ですが、今回はこの二人は除いて、その周辺で好きな画家の作品について語りたいと思います。
更に言うと、やはり17世紀オランダの肖像画の第一人者フランス・ハルスと、『父の訓戒』の技巧派ヘラルト・テル・ボルフも以前投稿で取り上げたことがあるので、その二人の巨匠も除いて。
それでもなお面白い画家が残るのが、この時代のオランダ絵画の豊かさと言えるでしょう。
『デルフトの家の中庭』ピーテル・デ・ホーホ

ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵
おそらく、フェルメールに次ぐ室内画・風俗画の巨匠がデ・ホーホ。『デルフトの家の中庭』はそんな彼の作品の中でも、かなり技巧的な作品です。画面を半分に分けて、物思いに耽る(あるいは誰かを待っている)女性の後ろ姿が左側、手を繋ぐ大人の女性と女の子が右側にとくっきりと分かれる。
実は、この左の女性が母親、女の子の手を引く女性は家のメイドと言われています。象徴的でもあり、色々想像できると同時に、通りと屋敷内の空気感が通底しているのが美しい。
あざといと言えばそうですが、赤いドアと赤レンガの殆ど抽象画のような組み合わせ等、斬新な面白さに満ちた名作でしょう。
デ・ホーホは、フェルメールとほぼ同時代の17世紀半ばに同じデルフトで活躍した名画家。静謐な風俗画や、カメラ・オブスキュラを使った独特な遠近法等、フェルメールに与えた影響も大きい人です。

アムステルダム国立美術館蔵
上記の絵画とほぼ同時期の作品
構図や色彩面で影響を感じられる
フェルメールには珍しい街路を描いた風俗画
『漂白場のあるハールレムの風景』ヤーコプ・ファン・ロイスダール

マウリッツハイス美術館蔵
オランダ風景画といえば、何と言ってもロイスダール。『漂白場のあるハールレムの風景』は、そんな彼の作品の見事な作品の一つです。
神話の光景を描いた風景から一歩進んで、大地といっぱいに広がる青い空、その二つを結んで支えるような白い雲で画面を満たす、風景のための風景画。
彼の作品は、のどかさとか神話よりも、その空と大地の美しさを堪能できる名作品ばかりです。
イタリアやフランスといった南欧のどこか琥珀色の地中海的な光とは違う、北欧の穏やかな光が風景全体に行きとどいているように感じます。
『ヴァニタス』ピーテル・クラースゾーン

マウリッツハイス美術館蔵
17世紀オランダ絵画で重要なのが静物画。それも、厚塗りの油彩で事物を象る、その写真的とも言える精緻さは、静物画の一つの頂点と言って良いでしょう。ピーテル・クラースゾーンはそんな静物画の代表的な画家。
骸骨と様々な静物を一緒に描き、生の儚さ、虚しさを暗示する『ヴァニタス』というジャンルは、ここに至って完全開花したと言えます。それは、合理的な商人の国で、日々の活動と共に現れてくる実感でもあったでしょう。
同時に、あらゆる事物の質感を描き分けることのできる技量が、画家たちの間に浸透したからこそ可能な作品と言えます。
『怠ける家政婦』 ニコラース・マース

ロンドン・ナショナルギャラリー蔵
ちょっとユーモラスな作品も。いつの世も変わらぬ光景ですが、居眠りする家政婦を、画面越しにやれやれといった顔で示す老家政婦が面白い。
自由な発想と当時の生活空間が見えてくる作品で、マースはレンブラント風の陰影を使いつつ、家事、立ち聞き、お喋りといった当時の屋敷内を題材にした風俗画をいくつか手掛けています。
オランダは、16世紀半ばまでスペイン・ハプスブルク帝国の支配下に置かれていましたが、1568年、オランダ独立戦争を起こします。
元からこの地域は産業が豊かだったこと、そして何より、プロテスタントが多かったことで、カトリシズムの推進で帝国を纏めようとしたスペイン皇帝フェリペ二世と対立したのが、大きな原因でした。

スペインに対して反乱を起こしたリーダー
1588年には「ネーデルランド連合共和国」として、実質的に独立。プロテスタント中心で、王も貴族もいない7つの州の連邦議会による共和国体制です。
そして、当時最も交易の盛んだったアムステルダムを擁し、バルト海の貿易で安い木材や穀物を大量に仕入れると、造船業が発達。15~16世紀大航海時代のスペインやポルトガルから、交易の主導権を完全に奪います。

旧式のガレオン船より高速で積載量が多く
オランダ黄金時代を支えた
塩やニシンの交易、毛織物の輸出、更にはオランダ東インド会社による東洋との貿易(江戸時代の日本との交流も有名ですね)も増えて、と様々な好条件が重なり、アムステルダムは安価な商品が何でも手に入って交易が盛んな、世界一の金融都市になります。
そうすることで、一般市民にも金銭が行き渡り、豊かな国になりました。1648年のウェストファリア条約で完全な独立を果たしています。

『イサーク・マッサと
ベアトリクス・ファン・デル・ラーンの結婚肖像画』
アムステルダム国立美術館蔵
富裕層による肖像画の依頼も
画家たちの重要な収入源だった
共和国制とはいえ有力な政治家は富裕な商人が占めていたのですが、王侯貴族や特権的な教会がいないことの自由な空気は確実にありました。
哲学や科学も発達したのがこの時期のオランダで、デカルトが滞在し、スピノザが後世にも影響を与える汎神論を発表し、ライプニッツも活躍。
そして科学では、レーフェンフックが顕微鏡を発明しています。フェルメールのカメラ・オブスキュラ等、正確無比な縮尺の絵画は、こうした科学の発達と無縁ではありません。

そしてプロテスタントの教会は、カトリックと違って、宗教画を基本的に必要としませんでした。その代わりに、金銭的に余裕が出来た市民階級が、自分の家を飾るために、肖像画や宗教色の抜けた風景画や静物画を注文する、絵画マーケットが出来ました。
その需要は教会や貴族を遥かに上回るもので、17世紀半ばには、オランダでは画家が800人近く、年間6万~7万作品ほど制作されていたという推測もあるほどです(その面白い考察の一端は、フェルメール研究者として知られる小林頼子氏の『フェルメールとライバルたち』に載っています)。

『ブラックベリーパイの朝食』
ドレスデン美術館蔵
金属器とガラスの質感が素晴らしい
だからこそ、残っている17世紀オランダ絵画作品のレベルは非常に高いものです。
例えばルネサンスだと、絵画史に名を残す画家以外の作品は正直厳しいものがあったりしますが、この時期のオランダ絵画は、上記のように、絵画史的に無名な画家でも、驚くほど安定したクオリティを見せている。
それは豊かな市場の要請であると同時に、ルネサンス以降の遠近法による西洋絵画が200年を迎えて成熟した証でもありました。

『ウェイク・ベイ・ドゥールステーデの風車』
アムステルダム国立美術館蔵
ただ面白いのは、この時期の絵画史に残るレンブラントとフェルメールは、17世紀オランダ絵画の中では、やや異色の存在だったことでしょう。
レンブラントは、大作の神話画を多く手掛け、静物画と風景画は殆ど残していません。
フェルメールは題材こそ風俗画が多いものの、小型のキャンバスでかっちりとした構図。澄んだ光を切り取るその光景は、他には得難い静寂を持っています。

ワシントン・ナショナルギャラリー蔵
実物を見ると、他のオランダ絵画と比べて
かなりキャンバスが小さいことに驚く
きっと、歴史に残る存在というのは、ある優れた集団の中から生まれつつも、その集団と微妙にずれているものであり、寧ろ流行と違うある種の普遍的な特徴で成功したからこそ、忘れられずに残ったと言うべきなのでしょう。
1950~60年代の日本映画黄金期において、黒澤明や小津安二郎が、他の娯楽映画にくくれない異端の作品を創ったからこそ、歴史に残ったように。
あるいは、芸術に限らず、日本の高校野球の文化の中から、イチローや大谷翔平が出てきていても、彼らのプレーの特徴が、高校球児の典型とは言えないように。だからこそ、彼らは偉大な選手なのでしょう。

アムステルダム国立美術館蔵
ここで挙げた17世紀オランダ絵画は、そうした独自性は少し弱い絵画であっても、間違いなく優れた作品です。それは「市民」の思いを載せ、宗教的な幻ではなく、今ここにある光と、人々の生きる空気を刻み付ける芸術でした。
そんな人々の穏やかな日常を捉える作品は、19世紀のゴッホにまで影響を与えています。是非、機会がありましたら、その美を堪能していただければと思います。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。
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