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【創作】ラヴォアジェの祈り【幻影堂書店にて】




※これまでの『幻影堂書店にて』



  
光一が書店のカウンターで本の糊付けを修復していると、ドアが開いて、カストルプがマントを翻して入ってきた。
 
「こんにちは、カストルプさん。今日も何か新しい本ですか」
 
「ええ。ノアさんはいらっしゃいますか」
 
「はさみと糊を取りに行ったので、もうすぐ戻ると思います。今日はどんな本ですか」
 
「これです」
 
カストルプは袂から、一冊の小さな薄い本を取り出した。タイトルには『ラヴォアジェの祈り』とある。カストルプはカウンターの前の椅子に腰かけて、本を置く。
 
「ラヴォアジェは18世紀のフランスの科学者です。「質量保存の法則」等を発見して、近代科学の父と言われた人ですね」
 
「科学者なのにお祈りの言葉を書いているということですか?」
 
「まあ、特殊な事情があるのですよ。短い冊子ですが、結構多くの好事家が求めているものでしてね。勿論、表の世界では流通していません」




アントワーヌ・ローラン・ド・ラヴォアジェは、1743年パリ生まれ。裕福な弁護士の家庭で、幼少期は化学や数学、天文学を学んだ。
 

ジャック=ルイ・ダヴィッド
『ラヴォアジェ夫妻の肖像』
メトロポリタン美術館蔵
左:妻のマリー・アンヌ・ピエレット・ポールズ
右:アントワーヌ・ラヴォアジェ


パリ大学で法学を学んで法学士となるも、自然科学に興味を持ち、各地の地質調査旅行に同行したり、夜間照明に関する懸賞論文を書いて一等を貰ったりして、科学アカデミーの会員となる。
 
徴税請負人として働きつつ、趣味として科学実験に打ち込む。1774年には、燃焼を始めとする化学反応の前後で質量は変わらないという『質量保存の法則』を発見。
 
また、1789年には『化学原論』を出版し、33からなる元素の一覧を表で示した。これは後に元素の周期表の元になる。
 
しかし同年、バスティーユ監獄の襲撃によってフランス革命が勃発。93年に革命政府が全国の徴税請負人を指名手配し、ラヴォアジェも投獄された。
 
革命裁判所で死刑の判決となり、1794年コンコルド広場でギロチン処刑によって死去。享年50歳だった。


フランス王妃マリー・アントワネットの
ギロチン処刑(1793年)




光一がページを開くと、そこには妻への感謝の言葉を綴る短い詩文が載っていた。化学者の言葉だから、何か突飛な作品になっているかと思っていたが、淡々と今までの夫婦生活、執筆の補助をしてくれたことに感謝を述べ、今後の平穏と幸福を祈る、という言葉で終わっていた。
 



「この作品は、祈祷というより、ラヴォアジェが獄中で妻に宛てて書いた短文ですね」
 
その言葉で光一が顔を上げると、ノアが手にはさみと糊をもって、戻ってきていた。ノアの言葉にカストルプは頷いた。
 
「ええ。生前最後の文章とも言われています。何の変哲もない妻への感謝の文章ですが、彼の立ち位置とその劇的な性質ゆえに、多くの方が求めている、幻の書物なのですよ」
 
「それはラヴォアジェが偉大な化学者だったからですね」


ラヴォアジェの実験風景
妻のマリー・アンヌによる




光一の言葉にカストルプは頷いて、ポットのお茶を注いで紅茶のカップを傾ける。
 
「そうです。ラヴォアジェは「近代化学の父」とも呼ばれています。それまでものが燃える時に、フロギストンと呼ばれる物質が放出されてものが変化すると信じられていました。これは、古代の火・水・土・風の四元素説辺りから派生しつつ、より科学的にものを解明しようとする説でした。
 
ラヴォアジェは燃焼してもその前後の全体質量は変わらない、つまり燃焼とは酸素との結合にすぎない、ということを発見した。これにより、変化とは何か魔法のように変わってしまうのではなく、原子や分子の結びつきで性質が変わるという認識が広がっていくことになりました。


『化学原論』の中のフロギストン実験図
妻のアンヌ・マリーによる挿絵


それこそが、近代科学の基本的な考えです。いわゆるパラダイムシフトが起きたということですね。それゆえに科学史に永遠に名を刻むことになりました」
 
「それにしても、ギロチンにかかるなんて。そんなに優れた化学者だったのに」
 
光一の言葉に、カストルプは少し寂しそうに微笑んだ。




「実際のところ、ラヴォアジェは徴税請負人ではありましたが、重税には反対して、農民には同情的でもありました。
 
同時代の数学者で物理学者のラグランジュは「彼の首を切り落とすのは一瞬だが、彼の頭脳を持つ者が現れるには100年かかるだろう」と嘆いたと言われています」


ジョゼフ・ルイ・ラグランジュ
解析力学を創出した



「化学は100年遅れてしまった、という嘆きですね」
 
光一の言葉に、ノアが紅茶を飲みながら尋ねる。
 
「カストルプさんもそう思いますか」
 
カストルプは、顎に手をあて、思案しながら言葉を慎重に紡いだ。
 
「どうでしょうね。結局のところ、人類にとって進歩というのは、偶発事でありながら、流れがあるように思えるのですよ。
 
例えば、地動説あるいは相対性理論といった理論は、それに似た考えや思いつきだけだったら、名前も知らない誰かの頭に浮かんだり、書いたものが残ったりしているかもしれません。いつの世でもね。しかし、そうしたものは積み重なることなく、忘却の川に流れていった。


ラボアジェの研究室


ある理論がなぜ忘れられず、世の中を変える力を持つかと言えば、時代の流れに沿うからです。
 
古代のキリスト教的価値観が崩壊する中だからこそ、地動説は既成の権力への挑戦となった。19世紀以降の様々なエネルギーの高まりと20世紀の科学文化の急速な発展があったからこそ、相対性理論はその極限の光景を見せるものとなった。
 
ラヴォアジェが質量保存の法則を見つけられて有名になったのは、中世の錬金術の延長から近代化学に脱皮する、18世紀の啓蒙時代にマッチしていたからでもありました。

逆に言うと、彼が発見しなくても、他の誰かがその流れの中から理論を見つけたでしょう。

ラヴォアジェは、時代の川の中から、質量保存の法則という光り輝く宝石を見つけ出した。それは優れたことだけど、天才が早く亡くなってしまったから、人類の進歩が遅れたというのは、何か違う気がするのですよ。天才にも時代に沿った役目があるのですから」
 
「そして彼はもう一つ、革命という激流に流されてしまったということですね」
 
ノアの言葉に、カストルプは頷いた。


ルーブル宮にあるラヴォアジェの彫像




「ええ。人間には様々な面があって、その面は様々な種類の時の流れに沿っている。ラヴォアジェが遭遇したのは、あまりにも運がない流れでもありました。
 
それでも、彼の中には、化学とも革命とも違う、もう一つ別のプライベートな部分があります。この本の言葉を贈られた妻のマリー・アンヌ・ピエレット・ポールズは、科学書を翻訳して夫を助け、『化学原論』では挿絵も担当しています。


実験について語り合うラヴォアジェ夫妻


夫の死後遺稿をまとめて、その業績を広めたりもしている。ここまで密なパートナーシップを持った学者夫婦というのも当時は珍しいですね。
 
私たちは、歴史や時代、社会、そして家族やパートナーといった多くの鏡によって乱反射する像となって他人に映る。その隠された一つが、この本なのでしょう。作品にはそんな像を見つける楽しみもあるのですよ。芸術だけでなく科学やあらゆる学問においてもね」
 
カストルプはそういうと、冊子を静かに閉じて、ノアに渡した。ノアは、本棚に入れるように籠にそっと入れ、光一と二人で本の修復の作業に再び取り掛かり、カストルプは再び紅茶を啜って物思いに耽っているようだった。
 
 







(続)


今回はここまで。
お読みいただきありがとうございます。
今日も明日も
読んでくださった皆さんにとって
善い一日でありますように。
次回のエッセイや作品で
またお会いしましょう。


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