21世紀 世界音楽遺産〜第2回 音楽遺産はアルバムだけでは語れない
前回、ボウイを書いて気付いたこと
前回は、デヴィッド・ボウイを取り上げました。『ジギー・スターダスト』という華々しい登場。そして『Blackstar』という、誰にも真似のできない芸術的な幕引き。一人の音楽家の人生そのものが、一つの長い歌劇だったのではないか。そんな視点で書いてみました。
ところが、記事を書き終えて、一つ困ったことがありました。ボウイを語ろうとすると、アルバムだけでは収まらないのです。
歌唱法、演劇性、音楽性の変化、ジャケット、ステージ、そして人生そのもの。
どれも切り離せません。そこで思いました。世界音楽遺産は、アルバムだけでは語れないのではないかと。
たった数十秒が歴史を変える
音楽史を変えたものは、アルバムだけではありません。
たった数十秒なのに、何十年経っても耳から離れない音があります。
デヴィッド・ギルモアの「Time」のギターソロ。ジミー・ペイジの「Whole Lotta Love」の間奏。
フィル・コリンズの「In the Air Tonight」のドラム。
ボウイとパット・メセニー・グループによる「This Is Not America」の浮遊する音空間。
イエスの「Close to the Edge」終盤のクライマックス。
キング・クリムゾンの「Starless」後半の緊張と爆発。
これらは、単なる名演や名曲の一部ではありません。
ロックやポップスが、ある瞬間に別の次元へ行ってしまった記録です。
一つのギターソロ、一つの間奏、一つのドラム音が、その後の音楽の聴き方まで変えてしまうことがある。
そう考えると、音楽遺産とはアルバム単位だけで選ぶものではないと思うのです。
音色も文化遺産になる
さらに言えば、音楽遺産は曲だけでもありません。
ブライアン・イーノが作り上げたアンビエント。ロバート・フリップのサウンドスケープ。
フィル・コリンズのゲート・リバーブ・ドラム。
さらにはWindowsの起動音まで。
音楽は、レコードやCDの中だけに閉じ込められていたわけではありません。
人々の日常や空間そのものを変えてきました。
一つの音色が、一つの時代を象徴することがあります。
80年代を思い出す時、曲名より先に、あのドラムの響きが浮かぶことがある。
パソコンを起動した瞬間の数秒の音が、その時代の記憶と結びついていることもある。
そういう音もまた、未来へ残すべき文化遺産だと思うのです。
ジャケットを見れば音が鳴る
音楽は耳だけの芸術でもありません。
『狂気』のプリズム。
『Wish You Were Here』の炎。
『Abbey Road』の横断歩道。
ヒプノシスが生み出した数々の驚きのアルバムジャケット。一枚のジャケットを見ただけで、頭の中に音楽が流れ始めることがあります。
アルバムジャケットは、単なる包装紙ではありませんでした。
音楽の世界観を視覚化し、聴く前から作品の空気を作ってしまう。
ときには音楽そのものと同じくらい、強烈に記憶に残る。だから、このシリーズではアルバムジャケットも世界音楽遺産として取り上げていきたいと思っています。
このシリーズは自由に続けたい
そこで、このシリーズはアルバムだけを紹介する形にはしません。
ある時は一枚のアルバム。
ある時は一曲。
いや、それでは延々と続いてしまうので、複数まとめて、同じ視点から取り上げます。
ある時はギターソロ、間奏、ドラム音、シンセの音色、録音技術、音空間、アルバムジャケット。
そんなふうに、その時々で「これは未来へ残したい」と思ったものを、個別でも、複数まとめでも、形式にはこだわらずに、気ままに取り上げていこうと思います。
ランキングは作りません。作品数も決めません。音楽との出会いは、人それぞれだからです。私自身も、まだ聴けていない音楽が山ほどあります。だからこれは決定版ではなく、私の独断と偏見による、個人的な音楽遺産の記録です。
あなたなら何を選びますか
もちろん異論もあると思います。
「あれが入っていない」「この作品こそ世界音楽遺産だ」と思う人もいるでしょう。
でも、それでいいのだと思います。
音楽遺産は、誰か一人が決めるものではありません。それぞれの聴き手が、自分の人生の中で「これは未来へ残したい」と思う音を持っているはずです。
皆さんなら、未来へ残したい音楽は何でしょうか。
一枚のアルバムでもいい。たった数十秒のギターソロでもいい。一つのドラムの音でもいい。一枚のジャケットでもいい。
ぜひ、自分だけの「世界音楽遺産」を、独断と偏見で選んでみてはいかがでしょうか。
きっと、そのリストには、その人だけの人生が映し出されるはずです。
