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33,「“自分で自分のことを考える”を中止しなさい」<2>

手に持ったコップの水をこぼさずに運ぶには、どこを見て歩いたらよいか?

この質問の正解を聞いても、当時の私にはまったく分かりませんでした。

「なんで水を見て歩くと、水をこぼさないの?」

と、ポカーンとしている状態でした。

水ばかりを見ていたら、足元がおぼつかなくて転んでしまわない?

手がコップを持っていることを忘れて、勝手にコップを離してしまうんじゃないの?

ふーん、水が正解なんだったら、水なんだね。

という感じでした。

しかしその後の人生で、ふと雑談の流れで友人や知人に質問してみると、ほとんどの人が当たり前のように水だと答えられるのです。

こういうとき、本当に自分は頭が鈍いんだなあ、他の人とズレているんだなあ、と実感しました。

そんな私ですが、「"自分で自分のことを考える"を中止する」という指示や、その他の指示を実践し、年月を経るにつれて、この水の話がだんだん理解できるようになりました。

●人と話すとき、意識はどこに向けたらよい?

私なりの理解ですが、これは、たとえ話なのです。

目の前の人と話す
車の運転をする
学校の勉強をする
会社で書類を作成する

などの、生きる上で必要な行為を、「コップの水を運ぶ場合」にたとえているのです。

たとえば、人からものを頼まれる場面を考えてみます。


「この廊下のつきあたりを右に曲がったらドアが2つあるから、手前の方の部屋から、青いボールペンを30本持ってきて。
明日のイベントの粗品として配るから」

と言われたとき、あなたがその指示通りに動くためには、何に注意を向ける必要がありますか?

以下の選択肢から1つを選ぶとしたら、どれが最適でしょうか?
ぜひ考えてみてください。

1,自分の顔の表情
2,相手の口の動き
3,相手の話の内容
4,自分と相手との関係


かわうそ先生と出会う前の私は、家族や先生、幼馴染に対しては3の「相手の話の内容」でした。

主に話の内容に注意を向けることができました。

しかし、クラスメイト(特に、取り入りたい相手や自分を激しく嫌っている相手)に対しては、1「自分の顔の表情」と4「自分と相手との関係」でした。

相手から何かを言われている最中なのに、

「私、今、ぎこちない笑い方だったかな?」

「ほとんど話したことがないし、この人もきっと私のことを気持ち悪いって思ってるよ」

などと考えて、いっぱいいっぱいでした。

しかし、頼まれごとを正確に理解して、そのとおりに行うには、まずは相手の話の内容に注意を向けて、理解しなければなりません

そして、これは頼まれごとに限ったことではないのです。

雑談でも同じです。

「こんにちは。今日はいい天気ですね」

という、ただのあいさつでも、人と楽しくスムーズに話をするときには、まず

相手の話している言葉、内容

に注意を向けて、理解する必要があります。

相手の言っている言葉を聞いていなければ、適切に返事をすることができません。

「そうですね、昨日は雨でしたが、晴れてよかったですね」

などと返事ができるのは、相手の言葉を聞いて、内容を理解したからです。

ほとんどの場合、このようなことを無意識でしていると思います。

いちいち「私は相手の言葉を聞いて、理解したな」などと考えていませんよね。

それと同じように、私は無意識に

「私は変なあいづちの打ち方をしているのでは」
「会釈の仕方が気持ち悪かったかな」

などと、自分に意識を向けていたのです。

自分に意識を向けることが主になっていて、肝心の話の内容は、二の次でした。

いわゆる「上の空」という状態です。

パッとしない、的はずれな返事しかできず、ぎくしゃくした対応になるのは当然でした。

相手から見ても、話のテンポが噛み合わず、話しにくかったのではないかと推測しています。

だからクラスでも浮くし、近づいていくと人は逃げるし、私とは同じ班になりたがらなかったのかなと、かわうそ先生の教えを学んでいるうちに思うようになりました。

「自分で自分のことを考える」は、人生を壊すといっても過言ではありません。

その反対に、正しい方向に意識を向けることができれば、頭がスッキリして、人間関係も、仕事や勉強も、うまくいくようになります。

大げさに思えるかもしれませんが、次回以降でも説明を続けます。

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