見出し画像

『Alchemy』のレオナルドとイングヴェイの孤高の工房──X JAPAN、ヴァン・ヘイレン、イングヴェイが歩んだ二つの道

先日、X JAPAN「紅」パクリ疑惑でのヨシキさんの発言が話題になりました。
その背景には、音楽の作られ方と届けられ方を決定づける構造があると私は考えます。

メジャーレーベルの強力な押し上げ=ブーストを受けて世界へ飛び立つ道と、全権掌握で純度を守り抜く中世芸術工房の道。

前者の例としては、X JAPANやヴァン・ヘイレンなど、スターダムを駆け上がったバンド。
そして真逆の方向性として、『Alchemy』に「Leonardo」を刻んだイングヴェイ・マルムスティーン。

音楽家の二つの生き方と、その光と影を考察します。


1.  「紅」パクリ疑惑とブーストという視点

あるアニメの挿入歌が、X JAPANの代表曲「紅」に酷似している──
先日そんな話題が、X上で賑わいました。

ファンやリスナーの間では賛否両論が飛び交い、ヨシキさん本人が発したコメントも、さらに議論を呼びました。

私はこのやりとりを見ながら、「パクリかどうか」という表層的な話題よりも、別のことが気になっていました。

それはヨシキさん、そしてX JAPANというバンドが歩んできた道の構造です。

X JAPANは、圧倒的な才能と実力に加えて、メジャーレーベルによる強力な押し上げ──いわばブーストを得て、スターダムへと駆け上がった存在です。

このブーストの有無が、アーティストの音楽をどこまで、どれほどの速度で拡散できるのかを大きく左右するのではないか。

そう考えたとき、私はこの構造を対極から照らす存在として、イングヴェイ・マルムスティーンの姿を思い浮かべました。



2.  ロック産業型──メジャーレーベルによるブーストの仕組み

メジャーレーベルによるブーストとは、単なる宣伝活動ではありません。

大手レーベルが持つ資金力、メディアとのつながり、全国規模の流通網、そしてアリーナクラスのツアーを組み立てる企画力──これらを一気にアーティストに投入する仕組みです。

もちろん、ブーストを受けるには圧倒的な才能と実力が前提です。
しかし、同じ才能を持っていても、この後押しの有無によって結果は天と地ほど変わります。

たとえば、ヴァン・ヘイレン。
彼らはデビュー当初からワーナー・ブラザースの全面的な後押しを受け、全米ツアーやメディア露出を通じて瞬く間に世界的知名度を獲得しました。

大型新人としての扱いを受け、MTVやFM局への売り込みも早期から積極的に行われました。

MR.BIGもまた、卓越した演奏力とキャッチーな楽曲を武器に、メジャーレーベルのブーストによって短期間で世界市場へ浸透していきました。

特に日本での人気は顕著で、ワーナーミュージック・ジャパンによる大規模なプロモーションや頻繁な来日公演、音楽番組出演が功を奏し、武道館クラスの公演を何度も成功させています。

ここで重要なのは、こうしたアーティストたちがメジャーレーベルと契約する以前から、すでに強固なファンベースや確かな実績を持っていたという点です。

ヴァン・ヘイレンもX JAPANも、インディーズ時代から圧倒的な人気を誇り、メジャー側から見れば有望株と言える存在でした。

MR.BIGに至っては、メンバー全員がすでに有名バンドで活躍していた経歴を持ち、その実力と知名度は折り紙付きでした。

こうしたほぼ成功が約束されたアーティストを拾い上げ、大規模なブーストをかけることこそが、メジャーレーベルの重要な役割であり、しばしば目利きと称される所以でもあります。

また、ブーストには映画やドラマの主題歌・挿入歌への起用、テレビやCMのタイアップ、他アーティストとのコラボレーションといった外部コンテンツとの連動も含まれます。

こうしたタイアップは、一度きりの宣伝では終わらず、作品が放映・配信されるたびに繰り返し楽曲が耳に届きます。

これによって露出の機会は爆発的に増え、アーティストの名前や楽曲が社会全体に浸透していくのです。


3.  中世芸術工房型──イングヴェイ・マルムスティーンの制作哲学

イングヴェイ・マルムスティーンも、アメリカに渡った当初はメジャーレーベルによるブーストを望んでいました。
ソロ活動の最初期に契約したレーベル(ポリドール/PolyGram系列)は、彼を“ギターヒーロー”として売り出します。

ある意味、それはブーストを得るためのわかりやすい看板でもありました。
速弾きや派手なステージアクションは確かに彼の武器でした。
しかし彼は、この看板から少しずつ外れていきます。

イングヴェイにとってギターヒーロー像は一側面にすぎず、その本質は楽曲全体の構造を設計し、演奏・録音・プロデュースまでを手がける“工房主”としての在り方にありました。

制作過程で他人に主導権を渡さない姿勢は、産業側からは扱いにくいと映ったでしょう。
こうした摩擦はやがて「生意気」「俺様」といったエピソードとして業界やメディアを通じて広まり、彼のパブリックイメージを形作っていきます。

やがてイングヴェイは、分業制やレーベルの意向に縛られることを避け、全工程を自分で担う方向へ舵を切ります。

作曲、編曲、演奏、録音、プロデュース──すべてを一人で行う制作スタイル。私はこれを「中世芸術工房的」と呼んでいます。

中世の工房では、工房主が構想から仕上げまで全工程を指揮し、弟子たちはその世界観の中で作業を進めました。
後期イングヴェイに至っては、自らヴォーカルを含むすべての役割を担います。

このスタイルの原点は、すでに10代のスウェーデン時代にありました。
祖母が所有していたビルの地下室には彼専用のスタジオがあり、多重録音によるデモ制作を繰り返していたというエピソードが自伝にあります。

録っては聴き、修正し、また重ねる──この閉じた制作のループは、商業音楽の世界に入った後も途切れることはありませんでした。

そんなイングヴェイが1999年に発表したアルバム『Alchemy』収録の「Leonardo」という楽曲は、ルネサンス期の巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチへのオマージュのような作品です。
この作品を語るには、マーク・ボールズの圧巻のヴォーカルに触れないわけにはいきません。けれども本稿の焦点からは少し外れてしまうため、ここでは割愛させていただきます。

イントロには、グレゴリオ聖歌を思わせる単旋律が用いられ、中世的で厳かな響きからギターインストへと展開していきます。

構想から制作まで全てを自ら担う姿は、まさにルネサンス期の工房主を思わせます。

彼の音楽は、メジャーレーベルの戦略によって世界に押し出されたものではなく、自らの工房で磨き続けられた作品が、ファンを通じて広まっていったものです。

拡散の速度や範囲は産業型に比べて緩やかですが、その世界観の純度は高く保たれました。

これは、商業主義の外で自らの道を切り拓いたひとつの成功例です。
ただし、大量生産や大量消費を前提にしないため、産業型のような再現性は持ちません。
言い換えれば、“モデルにならない成功”なのです。



4.  比較と結論──爆発か、純度か

ここで、ロック産業型と中世芸術工房型、それぞれの光と影についても触れておきます。

ロック産業型の光は、短期間での爆発的拡散、豊富な支援体制、そして映画・ドラマ・CMなど多方面での露出機会です。
これらはアーティストの活動を一気に加速させ、社会現象を生み出すほどの力を持っています。

しかし影として、著作権やマスターの所有権がメジャーレーベル側にある場合が多く、発言や対応に制約がかかることが考えられます。
今回の「紅」パクリ疑惑におけるヨシキさんの歯切れの悪さも、この構造の影響と考えることができます。

ヨシキさんは間違いなく才能と努力で成功を掴み、大きな舞台で活動を続けてきた方です。
それでも、著作権やマスターがメジャーレーベルにあるという構造的事実は、ヨシキさんの経歴をもってしても対応の自由度を狭める場合があると言えるでしょう。

一方、工房型の光は、全権掌握による完全な自由と作品世界の純度です。
制作方針も発言も、すべて自分の判断で決められます。
しかし影として、拡散力や制作資金は自分で確保しなければならず、失敗した場合の損失も全て自分に直撃します。

イングヴェイが同様の事態に直面したら、「それは俺の曲だ。パクるな」で終わったかもしれません。権利が全て自分の手にあるからこそ、言い切れるのです。

ロック産業型と工房型、この二つの構造は、どちらも才能と実力を前提にしています。
しかし、その才能が世に届く経路と速度は、構造によって大きく異なります。

ロック産業型は、メジャーレーベルの資金力とネットワークを背景に、短期間で広範囲に広げることができます。
X JAPAN、ヴァン・ヘイレン、MR.BIGのように、音楽を「社会現象」にまで押し上げる爆発的な力があります。
反面、作品や活動方針は産業側の意向に左右されやすいという側面もあるでしょう。

工房型は、作品世界の純度を極限まで高められる一方で、拡散力は自己努力とファンの支持に依存します。
イングヴェイのように一貫性のある作品を生み出せますが、その広がりは産業型のスピードには及びません。

どちらが正しいということはありません。けれども音楽は、その作られ方と届けられ方によって、性格も運命も変わります。

あなたなら、産業の巨大な追い風を受けて一気に飛び立つ道を選びますか?
それとも、自分の理想を磨き続ける工房の道を歩みますか?

私はどちらの構造も音楽史に欠かせないと思っています。
ただ、自分が惹かれるのは、工房の中で音を研ぎ澄まし、何十年経っても色褪せない作品を生み出す姿でした。


インディーズとメジャーという二項で語られることが多い音楽の歩みですが、今回はその単純な図式をもう少し詳細に見直し、「ロック産業型」と「中世芸術工房型」という視点から捉えてみました。
そしてこの切り口から見ることで、イングヴェイ・マルムスティーンというミュージシャンの輪郭を、よりはっきりと提示できていたら嬉しいです。

いいなと思ったら応援しよう!