蒼穹のストラテジスト ―零細ギルドを王国最大の商会へ導く経営魔導書―第12話:王宮騎士団のリストラ(BPR)
王都の北門に位置する、「青い燕」の最大物流拠点――「燕の翼・第一集積所」。 そこには本来、各地から届く新鮮な魔導素材と、それを運ぶ冒険者たちの活気ある声が満ちているはずだった。しかし、この日の朝、集積所を包囲したのは、黒鉄(くろがね)の鎧に身を固めた「王国騎士団・第三重装歩兵大隊」の百人隊であった。
「……何の真似ですか、これは」
アリサが、最前線に立って声を張り上げた。彼女の背後では、ベイルたちが武器に手をかけ、一触即発の緊張感が漂っている。 騎士たちの列を割って現れたのは、鷲(わし)のような鋭い鼻を持つ中年男、騎士団副長・ゼノス。その後ろには、勝利を確信したような薄笑いを浮かべる「鉄の鍛冶場」のヴォルガンが控えていた。
「『青い燕』のギルドマスター、アリサ殿。……貴殿らの扱う荷物の中に、隣国からの『禁制魔導触媒』が含まれているとの通報があった。……治安維持法に基づき、当拠点の全業務を一時停止し、全ての荷物を騎士団の管理下で検閲させてもらう」
「禁制魔導触媒!? そんなもの、私たちは扱っていません! 通報なんて、そこのヴォルガンのデタラメに決まってるわ!」
アリサの怒鳴り声に、ゼノスは冷淡に肩をすくめた。 「通報の真偽を確かめるのが我々の職務だ。……おい、始めろ」
ゼノスの合図と共に、騎士たちが乱暴に集積所へと踏み込んだ。 彼らの検閲は、もはや嫌がらせそのものだった。 丁寧に梱包された薬草の箱を床にぶちまけ、精密な魔力結晶を土足で蹴飛ばす。シンの指導によって完璧に構築された「燕のロジスティクス」が、物理的な暴力によって無残に瓦解していく。
「……やめて……せっかくみんなで作り上げたのに……」 アリサが膝をつき、散らばった結晶に手を伸ばそうとする。
その時、シンの静かな足音が石畳に響いた。
「アリサ、手を止めて。……彼らには、好きなだけ『検閲』させておけばいい」
シンは手帳を開き、その場に立ち尽くす騎士たちの動きを、じっと観察し始めた。 その瞳は、怒りに燃えているのではない。むしろ、あまりの「非効率」に対する純粋な、そして冷酷な驚きに満ちていた。
「ストラテジスト・シン、と言ったか。……貴様の数字遊びも、陛下の剣の前には無力だな」 ヴォルガンが近づき、耳元で嘲笑う。
「ヴォルガン殿。……感謝しますよ。おかげで、王国最大の『不良資産』の正体を、この目で見ることができた」
「……何?」
「騎士団という組織の、末期的な業務プロセスだ。……ゼノス副長、君たちの検閲が始まってから十五分。……まだ一個の箱も確認が終わっていないようだが?」
シンの指摘に、ゼノスが眉を吊り上げた。 「黙れ! 我々は厳格な手順(プロトコル)に従っているのだ。荷物を開け、リストと照合し、魔力反応を確認し、三個の検印を押す。……これが王国の定めた法だ!」
「その手順そのものが、王国を蝕(むしば)む病だと言っているんだ」
シンは手帳をゼノスの鼻先に突きつけた。そこには、わずか十五分の間に記録された、騎士たちの動線の「無駄」が克明に記されていた。
「見てご覧なさい。一人の騎士が荷物を開け、別の騎士が帳簿を持ってくるのを三分待ち、さらに印章を持つ上官を捜して拠点を往復している。……一回の検閲(プロセス)に、九人の人間が関わり、そのうち六人は『待ち時間』でしかない。……これを経営学では『付加価値を生まない作業』と呼ぶ。……君たちは、正義を守っているのではない。……ただ税金をドブに捨てているだけだ」
「貴様……騎士団の誇りを侮辱するか!」 ゼノスが剣の柄に手をかける。
「侮辱ではありません。……診断(アセスメント)です。……アリサ、行きましょう。……王宮へ。……ルミナス王子を通じて、緊急の『王国歳出適正化会議』を招集させる」
「えっ? シン、でもこの拠点は……」
「いいんだ。……拠点の損失は、後で『騎士団の予算削減分』から全額賠償させればいい。……今から、この国の『槍(武力)』を、組織論の刃で削ぎ落とす」
数時間後。 王宮の円卓会議室。ルミナス王子の主導により、騎士団の高級幹部たちと、会計検査院の面々が集められた。 中央に立つシンは、昨日までの「ギルドの診断士」ではなく、国家の命運を握る「再建コンサルタント」の風格を纏っていた。
「……ストラテジスト・シン。……騎士団の予算執行がいかに不適切であるか、証拠があると言うのだな」 ルミナス王子が、重々しく問いかける。
シンは、魔導プロジェクターを起動し、議場の壁に巨大な図表を映し出した。
「これより、王宮騎士団の『BPR(業務プロセス再構築)』に関する提言を行います。……まず、このグラフをご覧ください。……これは、騎士団が各領地への指令を伝達する際の『リードタイム(所要時間)』です」
グラフに示されたのは、異常なまでに長い時間の推移だった。
「一通の出動命令が下るまでに、五つの部署を経由し、合計二十四名の署名が必要です。……その間に、モンスターは村を焼き、盗賊は国境を越える。……原因は、部署間の『縄張り意識(サイロ化)』と、情報の非対称性です。……各部署は自分たちの権限を守るためだけに、承認プロセスを複雑化させている。……これは典型的な『エージェンシー問題』。……組織の目的(王国の安全)よりも、個人の保身(権限の維持)が優先されている状態だ!」
シンの言葉に、騎士団長・オズウェルが机を叩いて立ち上がった。 「貴様、我々の伝統を否定するのか! 慎重な審議こそが、誤った武力行使を防ぐ盾なのだ!」
「盾ではなく、錆(さび)です。……団長。……慎重さと遅滞を履き違えてはいけない。……私が提案するのは、単なる人員削減(リストラ)ではありません。……プロセスの根本的な作り直し(リエンジニアリング)です!」
シンは、新たな組織図を提示した。
「第一に、承認プロセスの『並列化』。魔導通信網(ネットワーク)を用い、全部署が同時に情報を共有し、電子署名(魔導印章)によって一瞬で決裁を完了させる。……第二に、『権限委譲』。現場の百人隊長に、一定範囲内での即時判断権を与える。……これにより、命令のリードタイムは現在の九五%削減されます」
「馬鹿な……そんなことをすれば、騎士団の統制が崩れる!」
「いいえ。……浮いた九五%の時間と、無駄な文官たちの人件費を、前線の兵士の『装備向上』と『高度訓練』に回すのです。……今の騎士団は、重すぎる書類という鎧を着て、戦場に出る前に疲弊している。……私の計算によれば、BPRの断行により、騎士団の戦闘力は三倍に跳ね上がり、予算は三割削減できます」
会場の会計検査院たちが、ざわめき始める。彼らにとって、予算の削減と戦力の向上が両立するという提案は、どんな魔法よりも魅力的だった。
シンはさらに、切り札を叩きつけた。
「……そして、この改革の要となる『物流・情報管理』の外部委託(アウトソーシング)です。……騎士団が不慣れな荷物の運搬や在庫管理を行うから、横領や紛失(シュリンケッジ)が起きる。……これら全ての業務を、王国の物流インフラとなった『青い燕』が請け負います。……情報の透明性を高め、不正の入り込む余地をゼロにする。……ヴォルガン殿、貴殿が仕掛けた『集積所の封鎖』……。それは皮肉にも、騎士団がいかに物流を理解していないかを証明する、最高の結果(サンプル)となりましたよ」
ヴォルガンの顔から、完全に血の気が引いた。 騎士団を動かして「燕」を潰すはずが、逆に騎士団の「利権の牙城」をシンの論理によって解体される口実を与えてしまったのだ。
ルミナス王子が、静かに立ち上がった。
「……決まったな。……オズウェル団長。……ストラテジスト・シンの提案を、即時採用する。……拒むのであれば、貴公らの予算執行権を、今日この場で剥奪(はくだつ)しても構わないが?」
騎士団長は、絞り出すような声で「……了解しました……」と呟き、崩れるように椅子に座り直した。
勝利だった。 剣を交えることなく、ただ「プロセスの美しさ」を説くことで、王国最強の武力組織を屈服させたのだ。
会議室を出る際、シンは隣のアリサに小声で言った。 「アリサ。……これで『青い燕』は、ただのギルドではなく、王国の『軍事・経済インフラ』の心臓部になった。……もう、誰にも止められないぞ」
アリサは、シンの横顔を見つめた。 彼の瞳に宿る、深い理知の光。 その光が、古臭い王国の闇を、次々と焼き払っていく。
「……シン。……あなた、いつかこの国そのものを『診断』して、作り変えちゃうんじゃないの?」
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