蒼穹のストラテジスト ―零細ギルドを王国最大の商会へ導く経営魔導書―第26話:黄金の斜陽と、空洞化の調べ
大陸横断鉄道の開通により、王国と帝国の距離は物理的に消失した。しかし、皮肉にもその「便利さ」という名の魔導が、ルース帝国の深層に隠されていた膿を、かつてない速さで引きずり出し始めていた。 帝国全土を網羅する燕の「情報の黄金律」が、ある不気味な統計的異常値を弾き出したのは、初雪が舞う朝のことだった。
「……信じられない。帝国の『開業率』が、建国以来の最低値を更新している。……それだけじゃない。地方の小規模工房の廃業率が、この三ヶ月で二倍に跳ね上がっているわ」
アリサは、魔導掲示板に映し出された帝国の赤黒いデータ群を見て、声を震わせた。 王国の街々が鉄道の恩恵で活気づく一方で、帝国の地方都市からは、活気という名の魔力が急速に失われていた。
「……『空洞化(デ・インダストリアライゼーション)』だ。……アリサ、これは鉄道が生んだ負の側面……『ストロー現象』の極致だよ」
シンは、冷え切った窓の外――遥か北にある帝国の地平線を見つめていた。 彼の脳裏には、前世で学んだ『中小企業白書』の残酷な数字が重なっていた。 インフラが整備され、物流が高速化すれば、富と資源はより強力な「磁石」――すなわち帝国の首都へと一極集中する。その過程で、地方の特色ある中小工房は価格競争に敗れ、次々と姿を消していくのだ。
「帝国は、巨大な軍事資本と貴族の独占企業だけが肥大化し、その足元を支える『中小規模の職人層』という名の毛細血管が死滅しかけている。……これは、社会という生命体にとっての『不治の病』だ」
その時、総裁室の扉を叩く、控えめだが力強い音が響いた。 現れたのは、帝国の特使エレナ。彼女のいつもの冷徹な仮面は剥がれ落ち、そこには母国を愛するがゆえの、深い絶望の色が滲んでいた。
「……ストラテジスト・シン。……恥を忍んで、貴殿に乞いたい。……我が皇帝陛下が、倒れられた。……病名は不明。だが、陛下が病床に伏すと同時に、帝国の経済という名の巨人が、音を立てて崩れようとしている。……陛下は、最後のご意志として、貴殿を指名された」
「……指名?」
「『世界で唯一、この国の本当の余命を診断できる男を呼べ』と。……シン、お願い。……帝国の『最後の大診断』、受けてはもらえないかしら」
シンの瞳に、かつてないほどの鋭い光が宿った。 一国の皇帝。そして一国の経済。 それは、中小企業診断士として、これ以上ない「最大かつ最凶」のクライアントだった。
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