人生を包む名言集~エピソード㉚
絶対優勢は絶対不利につながり、絶対不利は絶対優勢につながる。
___大山康晴(将棋のプロ棋士)
その日、
町の小さな将棋会館の窓の外では、
風が強く吹いていた。
桜の花びらが散るには
まだ早い季節だったけれど、
空気はすでに夏の匂いを孕んでいて、
ガラス窓を叩く音が
妙に規則的に感じられた。
僕は向かいに座る老人を見つめていた。
彼は白髪で、
目の奥に何か深い光を宿していた。
将棋の世界で「風間の狐」と呼ばれる元棋士だ。
引退して十年経つが、
地元ではいまだに誰も彼に勝てない。
僕は今日、その風間さんに挑んでいた。
盤上はすでに終盤を迎えていた。
僕の玉は右辺で薄く、
角も飛車も働いていない。
対して、風間さんの駒組みは完璧に見えた。
──誰が見ても僕の負けだろう。
だが、僕は奇妙に落ち着いていた。
風間さんが指すたび、
盤上の駒が静かに空気を震わせ、
その音が心地よかった。
「絶対優勢は絶対不利につながり、
絶対不利は絶対優勢につながる」
風間さんがぽつりと呟いた。まるで独り言のように。
「どういう意味ですか?」僕は尋ねた。
「勝っていると思ったとき、
人は手を緩める。
負けていると思ったとき、
人は自由になる。
将棋ってのは、そういうもんだよ」
彼は指を止めずにそう言った。
その言葉が、
なぜか僕の胸の奥で小さな炎を灯した。
僕は一枚の銀をじっと見つめ、
思いきって盤の中央へ打ち込んだ。
見ようによっては悪手だった。
けれど、その瞬間、
僕は自分の中で何かがほどけていくのを感じた。
風間さんが目を細めた。
「いい手だな」
そこから局面は少しずつ変わり始めた。
優勢だったはずの風間さんの陣に、
ほころびが生まれ、
僕の駒が息を吹き返した。
攻めというより、呼吸に近かった。
終盤、僕の玉が敵陣に逃げ込んだ。
攻めに転じ最後は13手詰め。
静まり返った部屋に、
風の音だけが響いていた。
「勝ったな」
風間さんが微笑んだ。
「でも、それは君が勝ったというより、
君の中の“あきらめなかった時間”が勝ったんだ」
僕は頭を下げ、駒を並べ直した。
盤面に戻ると、
木の香りがいつもより鮮やかに感じられた。
帰り道、夕焼けが町を赤く染めていた。
風はまだ吹いていたけれど、
その音はどこか優しかった。
僕は自販機で缶コーヒーを買い、
ベンチに座って風間さんの言葉を反芻した。
「絶対優勢は絶対不利につながり、
絶対不利は絶対優勢につながる」
その言葉は、将棋だけでなく、
人生そのものに響いていた。
僕たちはつい、
うまくいっているときほど慢心し、
苦しいときほど目を閉じる。
でも、盤上の駒は、
いつでも可能性を秘めている。
ひとつの手が、流れを変える。
僕は思った。
人生も同じなのかもしれない。
優勢だろうが、不利だろうが、
どちらも一時の姿にすぎない。
本当に大切なのは
「その一手をどう指すか」だけなのだ。
風がまた、頬をなでた。
遠くで誰かが将棋盤を片づける音がした。
僕は缶コーヒーを飲み干し、立ち上がった。
──たぶん、今日の勝負は
僕にとってひとつの区切りだった。
勝ち負けではなく、
「盤上で生きる」という感覚を
ようやく掴んだ気がした。
空を見上げると、
夕暮れの色が深まっていた。
次の対局が楽しみだ、と思った。
風の止まない夜の中で、
僕は静かに歩き出した。
大山康晴(おおやま やすはる、1923〜1992)
日本の将棋界を代表する永世名人であり、
昭和の将棋史を築いた偉人である。
13歳でアマ名人戦準優勝、
15歳でプロ入りという早熟ぶりを見せ、
29歳で名人位を初獲得。
その後、通算18期の名人位、
80ものタイトルを獲得し、
前人未到の記録を打ち立てた。
堅実で粘り強い棋風から
「盤上の哲人」とも称され、
勝負の世界においても常に冷静沈着であった。
敗れても動じず、勝っても驕らず、「
将棋は人間学」と語った姿勢は、
後進たちに深い影響を与えた。
また、普及活動にも熱心で、
地方巡回指導や講演を通して
将棋文化の発展に尽力した。
名実ともに昭和を象徴する棋士であり、
その生涯は、静かなる情熱と
誠実な努力で貫かれていた。
