「アマデウスの魔笛の秘密」 第一章

観客の大多数が、目で見ることができること以外のことに注意を払わないとしても、密儀参入者は、より深い意味を必ず把握する。
旅のはじめ

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。洗礼名はヨアンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィルス・モザルト。その名は誰もが一度は耳にし、その楽曲は誰もが幾度となく聞いたことがあるでしょう。18世紀を代表する音楽家としてその天才ぶりを示すエピソードも数多く、今日でも彼が著名である理由のひとつです。
しかしながら彼が現代において著名な理由は、音楽家としての功績だけではありません。

(1789年、ウィーン・ウィーン美術館蔵)
彼が秘密結社に所属していたという一面や、わずか35歳という若さで原因不明の死を遂げたことが他殺説や陰謀説と結びつき、同時代の他の音楽家以上に現代で注目され続ける要因となっております。あなたも”そんなお話”に好奇心を掻き立てられた一人で、故に今この文章を読んでいることと思います。

モーツァルトの陰謀説に必ず付随する作品。それがオペラ「魔笛」です。彼の代表曲の一つであり、象徴性の高い寓意に満ちたこのオペラは、単なる娯楽を超えた作品です。結社の啓蒙思想や象徴が数多く含まれ、またそれが安易に見え隠れもしているため、モーツァルトが秘密結社の一員であったという事実とも結び付けられ、さまざまな憶測を呼んでまいりました。モーツァルトがこの作品に込めた思想や象徴の真意を巡っては、今日でも解釈が試みられ多くの議論が続いております。
そんな200年前に生じた謎の本当の真意はどうすれば見えるのか?
わたくしの答えは至ってシンプルです。秘密結社の秘密が色濃く描かれたと言われるオペラ「魔笛」の秘密を解き明かすことだけ。もしその秘密を紐解くことが叶えば、モーツァルトと秘密結社の関係、さらには彼の死の真相までも、すべての謎が解明されるはずです。そして逆に、この謎が解かれなければ真意は永遠に闇の中。誤解や憶測は増幅され、謎が謎を生むままとなってしまうでしょう。
ですからわたくしが幾重にも絡まった謎のヴェールを、バッサリ斬ってしまいましょう。
「Da Vinci Code Reloaded」で400年前の秘密を斬ったように、本作「Secret of Amadeus's Flute」で200年前の秘密を斬り伏せてみせましょう。いつも申し上げますが、古代の秘密も現代の秘密も然程変わりません。したがって16世紀の秘密も18世紀の秘密も然程変わりありませんから解読可能です。
だって時代を超えて語り継がれる真理は一つですから。
ではさっそく智慧の旅へ出発しましょう。道中、雨風吹き荒れる険しい道のりが予想されますがご安心を。常にわたくしが智慧の剣でお守りしますゆえに。

旅支度
深淵なる秘密を斬り伏せる前に、まずは神童と呼ばれたアマデウス・モーツァルトの生い立ちから始めましょう。
・父親

アマデウスがその才を花開かせられたのは、父レオポルド・モーツァルトの存在があってのこと。レオポルドは神聖ローマ帝国領ザルツブルクの名門貴族タクシス家の楽士としてその音楽家人生をスタートさせました。「medicine / 薬」の語源がメディチ家であるように、「Tax / 税金」の語源はこのタクシス家の名前から。それほどに強力なお家の楽士としてキャリアをスタートさせたレオポルド。その後はザルツブルク宮廷楽団のヴァイオリニストとなりザルツブルク大司教に仕え、最終的には宮廷副楽長の地位にまで上り詰めるほどの「才」と「コネクション」を持った人物でした。
・子供


そんな父レオポルドのもとに生まれたのがアマデウスです。レオポルドにより3歳から音楽の英才教育を受け5歳で作曲を始めたといわれ、幼少期より稀有な才能を花開かせておりました。その非凡さを物語るエピソードのひとつが、上記のポートレートの年齢である14歳の時に残した、グレゴリオ・アレグリの「ミゼレーレ」に関する逸話です。
(↑とても美しい曲ですので是非再生してみて下さいね。)
・逸話

「ミゼレーレ」はイタリアの作曲家グレゴリオ・アレグリが旧約聖書詩篇第51篇をもとに作曲した合唱曲です。現代、youtubeのボタンひとつで再生できるこの曲は、1514年から礼拝にて歌い継がれているとても神聖な歌であり、昔は秘曲でした。「霊性を保つため」という名目で採譜が禁じられ、システィーナ礼拝堂以外の場所で記録したり演奏したりする行為はとても厳しく罰せられた、門外不出の秘曲。
蛇足ですが、以下の動画はシスティーナ礼拝堂を360度見渡せるもの。前述の神聖な歌「ミゼレーレ」を聞きながらご覧になり、当時の人々の心を想像してみて下さい。
こんな神聖な曲「ミゼレーレ」の楽譜は、1770年代初期に特別に3つだけ写譜されました。その貴重な譜面を手にしたのは、神聖ローマ皇帝レオポルト1世、ポルトガル国王、そして著名な音楽家ジョヴァンニ・マルティーニという顔ぶれです。この選ばれた人物たちだけに与えられた譜面が、いかに神聖で、また外部に漏らされることのない秘曲であったかは想像に難くありません。
しかし、そんな秘曲がロンドンで出版されるという驚くべき事件が起こります。厳重に管理され、システィーナ礼拝堂から外部への流出が禁じられていたはずのこの曲が、いつの間にか大衆の目に触れることになったのです。そして、その秘曲をまるでルパン三世のように巧妙かつ美しく盗み出したのは、レオポルドに連れられシスティーナ礼拝堂へ礼拝に訪れていた当時14歳のアマデウスです。
逸話によると、アマデウスは水曜日の礼拝で一度聞きあらかた暗記し、その日の夜には譜面に起こしました。そして再び二日後の金曜日に礼拝に赴き自身の譜面の間違いを修正し完成させたと言われます。その譜面が英国人の友人チャールズ・バーニーへ渡り、ロンドンで出版されたというわけです。
これにより「ミゼレーレ」を秘曲とした禁令が解かれることとなり、神聖なる美しき曲は広く知られるようになります。そしてこの原因であるアマデウスはというと、罰せられるどころかその驚くべき才が認められ、時の法王からOrder of the Golden Spurが送られました。

アマデウスの才能を示す逸話は一つではありません。


神聖ローマ皇帝・オーストリア皇帝に仕える宮廷楽長としてヨーロッパ楽壇の頂点に君臨したアントニオ・サリエリ。映画「アマデウス」にて、彼は自身の才能について以下のように嘆いています。
なぜ神に誰よりも忠実なわたしを苦しめるのか。モーツァルトの才能がわかる程度の才能しか与えてくれなかったのか。
上記のサリエリの嫉妬と嘆きを象徴するようなワンシーンが以下の動画です。ヨーロッパ楽壇の頂点に君臨したサリエリが、自分はアマデウスの才能の凄さが分かる程度の才能しか持ち合わせていないと悟る心境がよく表されております。また、冒頭と最後にサリエリが「神よ感謝します」と言いますが、その心情は全く違うものであることも読み取れます。
※(このお話に関してはあくまで映画です。)

本件冒頭の引用を語ったゲーテはアマデウスが7歳の時のフランクフルトでの演奏をたまたま耳にし、のちに「そのレベルは絵画でのラファエロ、文学のシェイクスピアに並ぶと思った」と残しました。
・光求める
このように多くの著名人が口を揃えて語る稀有な才能に加え、父親と共にウィーン、パリ、ロンドン、イタリアなど各地を旅をした経験から広い見識も獲得していたことでしょう。もう少しはっきり申し上げるなら、当時の社会を包み込むMatrixに気づいたことでしょう。神聖ローマ帝国の建築家が生み出した概念の世界の、ザルツブルク大司教・ヒエロニュムス・コロレド伯の宮廷に仕える音楽家でありながらもです。

そして、いつの時代もMatrixに気付いた者が求めるものはひとつ。
光です。
ただの光ではなく真の光。

したがいまして、モーツァルトが啓蒙結社に惹かれるのは自然なこと。彼が秘密結社に所属していたというと都市伝説的なお話に聞こえてしまうかもしれませんが、前述の逸話の数々よりも確かな事実です。
信じられませんか?
ではアマデウスと関係深き人物たちをみてみましょう。

・光溢れる

アマデウスに音楽の光を与えたのが父レオポルドなら、啓明の光を与えたのはイグナーツ・フォン・ボルンといえます。彼はイエズス会の大学出身で、のちには王立協会にも所属していた鉱物学者であり、そして反聖職者作家です。現代的にシンプルに申し上げれば科学者です。アマデウスとの親交は深く、以下のようなお話が残されております。
フォン・ボルンが鉱石のアマルガム冶金法を発見したことを祝って、1785年4月20日にモーツァルトは短いカンタータ「メイソンの喜び」を作曲し、「真の和合のロッジ」の特別集会で演奏された。
引用からもお分かりのとおりフォン・ボルンはフリーメイソンであり、会員どころかウィーンのロッジの創設者です。アマデウスはこのロッジの会員でした。

しかしアマデウスを啓明の道へ誘ったのはフォン・ボルンではなく、アマデウスの友人オットー・ハインリッヒ・フォン・ゲミンゲン・ホーンベルクです。「フリーメイソンの失われた鍵」には、アマデウスをフリーメイソンの候補者に推挙したのは彼であると記されております。もちろん彼もまたフリーメイソンの会員です。

オーストリアの宮廷図書館長であり啓蒙主義思想の支持者でもあったゴットフリート・ファン・スヴィーテン男爵。フランツ・ヨーゼフ・ハイドンやベートーヴェンのパトロンで知られますが、アマデウスのパトロンでもあり、アマデウスの死後の葬儀を取り行った人物でもあります。彼もまたフリーメイソンの会員です。

本作のテーマの一つでもある「魔笛」の歌詞に関係し、「魔笛」の1791年の初演で奴隷の役を演じたカール・ルートヴィヒ・ギーゼケ。彼は1788年にフリーメイソンの会員となり、モーツァルトと同じロッジに所属していたことが明らかになっております。

俳優にして劇場支配人であり台本作家のエマーヌエル・シカネーダー。ギーゼケと同じように「魔笛」の歌詞に関わった人物であり、自らパパゲーノの役を演じたほどの出たがり。そしてもちろんフリーメイソンの会員。一説によると、「魔笛」の歌詞の大部分を手がけた影の功労者と言われたとか言われないとか、自分で吹聴したとかしないとか。わたくしがここで口ごもる理由は「魔笛」の真意を理解した時に同時に理解できることでしょう。ひとつ言えるのは、マンリー氏は彼についてこう残しております。
賢明ではあるが深淵ではないこの人物がどのようにしてこの並外れた歌詞を作ったかについては若干の疑問がある。

冒頭の引用「観客の大多数が、目で見ることができること以外のことに注意を払わないとしても、密儀参入者は、より深い意味を必ず把握する。」と「魔笛」について残したゲーテもまた啓明結社イルミナティの会員。上記の引用をちょっと深く考えれば分かりますでしょ?参入者でなければ「魔笛」をみて「密儀参入者は、より深い意味を必ず把握する」とは思わないのですよ。

驚く方がおられるかもしれませんが、イエズス会士でありヴァヴァリアの啓明結社イルミナティの創設メンバーでもあるヴァイスハウプトもアマデウスと交流がありました。
モーツァルトが「イルミナティ」の会員であったとは思われないが、その結社の多数の会員とは密接な関係を持っていたに違いない。彼の生地ザルツブルクには、その有力な支部があるからである。
つまりアマデウスの生地オーストリア・ザルツブルクには啓明結社イルミナティの有力な支部があったということ。そして、この有力な支部の中心的な人物のひとりって誰だと思います?上記の引用の続きをどうぞ。
ボルンの死によって、この宗派はウィーンにおいて、中心的なアデプトのひとりを失った。
そう、イグナーツ・フォン・ボルンのことです。

まとめ


手は「隠された手」
このように、アマデウスの周囲には啓明の光に照らされた、特別な知識や信念を持つ人々が集まっていました。若い頃よりそうした人物たちの影響を受けた天才アマデウスが秘密結社に興味を持つのは自然であり、また関わりを持っていたのは確かな事実と言えるでしょう。そして、彼の肖像画に見られる特徴的な“隠された手”の仕草からも、彼が結社の一員として迎えられていたことが読み取れます。
したがいまして「魔笛」に秘密結社の秘密が織り込まれているという常識的には眉唾な話は、実際は事実であると結論づけられます。また、アマデウスが啓明を受けた結社員なら、ヨーロッパ楽壇の頂点に立つ古典派音楽の巨匠サリエリとの確執も、表向きの競争や意見の相違だけでは済まない、より深い対立が存在していたと考えられても不思議ではありません。

そうして生まれたアマデウスの死に関する説が「サリエリ毒殺説」と「フリーメイソン暗殺説」です。
確執が極まりサリエリが毒殺してしまったという説と、結社の秘密を「魔笛」で暴露してしまったから暗殺されたという説の二つ。本件で述べたアマデウスの背景を考慮しますと、どちらもあり得るお話に聞こえます。ましてや現代でも耳にする秘密結社イルミナティとの関係も明らかですし、邪推を始めればキリがありません。
ただ、本当のところはどうなのでしょうか?
毒殺、暗殺、イルミナティ、もったいぶらずにまとめてDecodeしちゃいましょう。
と言ったところで本件は締めとさせていただきます。あなた様の心にわたくしの真実の旋律が響きましたなら引き続きお付き合いをお願いいたします。
続きはこちらから。
作品紹介
新刊:Da Vinci Code Reloaded
デジタルBook:『ヨハネ黙示録 完全解読』
デジタルBook:『Decode of the Matrix』
デジタルBook:『ダヴィンチコードを乗り越えて』
本:『Divine Ratio Re:Decode』
本:『As above So below』
アパレル&小物:Cavalier Camp
いいなと思ったら応援しよう!
もしよかったらサポートをご検討してくださいまし。
わたくしのお伝えするお話は大衆娯楽誌のように広まるようなものではなく、ビジネスとしては成り立ちません。故にnoteを通してのサポートは大変助かります。
わたくしのお話があなた様の心の琴線に触れましたならサポートをお願い致します。