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今はなき人の残したもの

昨年、102歳で他界した叔母の残したものすべての片付けが終わりました。一人で生活していたある日突然転んでそのまま入院から施設へという運びだったので住んでいた部屋は生活そのまま。主がこの世を去ってから、なんとか自分たち親族で片づけようと通いましたが、何十年もの生活の地層はあまりにも厚く、あまりにも思い出が詰まっていて、結局、プロの手に委ねることとしました。

生前も幾度となく通った部屋でした。
少し毛玉のついたこたつ布団や生地が傷んでしまったソファ。湯飲み茶碗、めがね、何やら走り書きがしてあったメモ、ボールペン。夥しい枚数の請求書類。近くの中華料理屋さんの出前メニュー。
いつの間にか、叔母に会いにゆくための道路も“いつもの道”ができて、その道中の景色すら愛着のようなものを感じます。
そして、当然ですが部屋にはいつも叔母がいて、僕ら親族は他愛のないことを話したものでした。

部屋の片付け、処分は、一時は気が遠くなるようなことでしたが、こうして何もなくなってしまうと、心の中に小さな空間ができたような、そんな感じがします。

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