エベスのよもばな #16 阿佐谷の夜の名物おじさん
先日、ある葬儀に参列した。
最後のお別れで棺に花を手向ける時間になると、数人がピンク色の棺に眠るおじいさんの顔に、ポスカで化粧を始めた。鼻の下には立派なひげ。頬は丸く赤く染められ、閉じたまぶたには目まで描いていく。
まるで酔っ払って寝ている大学生へのいたずらである。
葬儀なのに、会場は笑いに包まれた。
「これだよ、この顔!」
「誰の葬式か分からなかったよ。」
言いたい放題である。
亡くなったのは、阿佐谷の夜では知らない人がいない名物おじさん、カラオケBAR「Pレステージ」の”Tッキー”。
よくエベスの扉を開けて「ヨー!」と入ってきたかと思えば、真っ先にトイレへ直行。鏡を見つめながらポスカで何十分もかけて顔を描き、白鳥の衣装で現れる。時にはミニーちゃん。
そして、「じゃあな!」と言って帰っていく。
串カツ屋エベスに来て
ただ顔を描いて帰る。
まったく意味が分からない。
でも、それがTッキーだった。
全盛期のプレステージには、夜中になると若者が次々と集まり、芸能人もよく顔を出した。酔った客が仮装してステージで歌い、外でも暴れ、防音設備もないまま朝まで大騒ぎ。近所から苦情が相次ぎ、警察が来ることもしょっちゅうだった。
今でも到底許されない。
それでも不思議と、誰もが最後はその店へ吸い寄せられた。
「阿佐谷の夜の締めはPレステージ。」
そんな時代が、確かにあった。
子どもの頃、おじいちゃんから「お前はチャップリンと同じ日に生まれた。きっと生まれ変わりだ」と言われて育ったというTッキー。
本人はM大スキー部OBで、若い頃はプロスキーヤー。映画『私をスキーに連れてって』では、主人公のスキーシーンの代役を務めたという話も有名だった。
そんなTッキーが、ある日エベスでM大スキー部OB会を開いてくれた。
オリンピック出場経験者もいる錚々たる顔ぶれ。厳かな雰囲気で会が始まってしばらくすると、いつものようにポスカで顔を描いたTッキーが遅れて入ってきた。
OBたちは誰一人驚かない。
「また始まったな。」
そんな空気で、そのまま何事もなかったように会は進んでいく。
ところが、受付をしていた学ラン姿の学生二人だけは違った。
笑いをこらえきれず肩を震わせ、顔を真っ赤にして必死で下を向いている。
体育会の上下関係は大変である。
笑いたくてもOBを笑うことは厳禁。
その姿を見て、こちらまで笑ってしまった。
あの頃の阿佐谷には、少し常識からはみ出しながらも、ただ人を笑わせることに全力だったおじさんがいた。
みんなが彼に元気をもらい、時間を忘れて歌い、涙が出るほど笑い転げた。
そして最後の最後まで、Tッキーはみんなを笑わせて旅立っていった。
あの頃一緒に笑った人達もおじさんおばさんになり、当時を振り返って出て来た言葉は
「俺たち完全に人生くるわされたよなぁ・・・」
--------店主の一言
それほどみんなを夢中にさせた夜は、もう二度と帰ってこない。
でも、あの夜を知る人たちの笑い声だけは、今も阿佐谷のどこかに残っている気がする。
