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シーサンパンナ 西双版納(中国雲南省2005)


西双版納(シーサンパンナ) Xishuang Panna

 タイ族が多い西双版納(シーサンパンナ)。中国の中でも東南アジアを感じる街角の屋台にはどことなくナンプラーのような香りが漂う。街角の女性は筒状のタイのスカート、パ・ヌンをはいた人が目立ち、街並みにはパゴダが見えてくる。写真だけ見せてタイの一地方都市といっても誰も疑いようもない街、それがシーサンパンナなのだ。

 シーサンパンナはそもそもタイ語で12の千枚田を意味するシップソーンパンナーという昔の国名から来ている。つまり地名からしてタイなのである。シップソーンパンナーは実際に今の景洪(ジンホン Jinghong)付近に首都をおいた12世紀から20世紀まで続いたタイ・ルー族国家の名前なのだ。

 このシーサンパンナにはタイ族を中心に様々な少数民族がまるでモザイクのように密接しながら独自のアイデンティティを保って暮らしている。この2005年当時はまだかなりの率で民族衣装を着ていた。しかし近代化の流れは確実にこういった民族衣装などを駆逐していく。今はほとんど民族衣装を目にするのは難しいのではないかと思う。とりあえず、この時に訪れた様々な村の様子を紹介していきたいと思う。

 

 

アク(阿克 Akeu)族

 雲南省の少数民族のなかでもさらに少数の方といわれる。前頭部が高くなっている独自の帽子が特徴的。帽子というよりも幅広の長い布を独特の方法で頭に巻き付けたという方が正解に近いのかもしれない。特徴的なのは女性のイヤリング。この雲南省だとイヤリングで民族が分かることもけっこうある。服装が洋服になってもイヤリングで民族がわかることもある。Hani族の支系とされるが一応民俗学的には共通するAkoidから分かれたとされる。

 
 
 たまたま家の新築中に遭遇した。アク族の家は基本的に木造の高床式だ。比較的シンプルな構造の家が多いので村人が協力して家を建てているのだろうか。

 
 

プーラン(布朗 Pulang)族

 プーラン族はプーラン山を本拠地としている。このプーラン山でプーアール茶を栽培しているという。本来は大きな横長の黒いふんわり帽子が特徴的なのだが、今回の集落ではそういう帽子はあまり見られなく、細長い布を独特の巻き方で帽子のようにしている人がいた。

 
 
  郊外のプーラン山に夕方に訪れた。山の斜面一帯に茶畑が見渡す限り広がっていた。この茶葉からプーアール茶が作られるという。広大な茶畑で仕事を終え一休み中の人が見える。一人はサトウキビをかじっているようだ。雰囲気からしてこれから帰るところであろうか。そして家路につくために放牧した水牛を家に連れ帰るプーランの人も見える。実にのどかな光景だった。この時は時間の関係であまり撮影ができなかったのが悔やまれる。

 
 

水タイ(水傣 Water Dai)族

 このエリアでメジャーな民族。雲南省には所々タイ族自治州や自治県というのがあってある程度民族的な方向を打ち出した自治ができるようになっているようだ。

 とある水タイ族の村に向かった。ある家の前に来ると賑やかな話し声が聞こえる。塀越しに家をのぞき込むと何かの作業をみんなでしているようだ。家の中に入れていただいてみると糸を巻き取る作業中のようにみえる。しかしよく見るとオレンジ色の細長い棒状のものを束にまとめていて先端にこの白い糸がむき出しになっているように見える。するとこれはおそらくロウソクを作っているのではと思う。良く分からないけどみんな雑談をしながらの楽しい作業のようだった。

 
 
 村の中を歩くと祠が見えてきた。祠というか小さいパゴダといった方が近いのかもしれない。その前で女性が二人洗濯物をしている。遠目には良く分からなかったが、近寄ると祠の中に水場が設けられていて、そこから水を汲みだし洗い流している。この祠の後ろには川が流れている。つまり川の水を祠の中に引きこんでいるのだ。おそらく昔に川に水を汲み行ったところ足を滑らして流されてしまった人もきっといるだろう。そこで川の水を安全な祠の内に引き込んでいるのではないだろうか。このようなシステムは他の所でも見たことがある。場所によっては水を引き込むというより脇に小さい支流を設けて水流で衣類を洗い流しやすくしているところもある。

 
 
 この祠はセメントなどで作られているので比較的あたらしいものだ。よくみると祠の内側に水が行かず外側に流れるように緩やかに傾斜がつけられている。

 
 
 祠には水神である龍がぐるりと取り巻いている。水タイ族は基本的に稲作なので彼らにとって水の恵みは生活の糧となり龍への感謝の気持ちは絶大なのだろう。

 
 
 よく似ているが仏教の蛇神であるナーガ。これが中国に伝わり中国古来よりある龍と同一視されたという。それではナーガと龍は表現上どのような違いがあるのだろうか。ナーガはコブラの姿、つまり喉が平べったく表現される。さらに場合によっては頭が七つの場合もある。龍の場合は手足があり、場合によっては玉を握っている姿として描かれる。そして髭や角を持っている場合があることも違いの一つだろう。もちろんそれらの特徴が混合している地域もあるだろう。今回の蛇は髭をたくわえ、手が見えることから龍で間違いないと思われる。

 

 

 

花腰タイ(花腰傣 Flower belt Dai)族

 タイ族の支系の一つ。名前のように女性は腰の部分に花柄の綺麗な模様の民族衣装を着ている。英語ではFlower belt Dai又はColour belt Daiと呼ぶそうだが、beltとはいっても写真では衣装の腰の部分の模様であって、服の上から別なbeltをしている感じではなさそうだ。さらに帽子のところに巻いてる鎖もユニークだ。

 
 
 なおこのエリアでは民族を超えて女性にはお歯黒の習慣が残っていた。地域や民族によって若干違うが成人や結婚の時にお歯黒を施すとされる。それでもお歯黒をしているのは高齢の方が多かったので若い女性にはかなり廃れてきている。

 
 

クンムー(空格 Konge)人

 中国には認められた少数民族が55あるといわれる。しかしどういうわけか独立した少数民族と認められていない集団に対しては「族」ではなく、なぜか「人」という文字が使われる。中国にはこのように少数民族であろうけど、政府に認められていないため「族」を使えない集団がいくつもあると言われる。もちろん将来独立した民族と認められれば「族」として呼ばれることになる。なお「族」として認められると少数民族優遇政策というのを受けられるようになるらしい。そうなると「一人っ子政策」(今は廃止)などが緩和され、進学試験や就職試験など加点(政策的加点と呼ばれる)があったりなどのメリットがあるとされる。つまり漢民族と他の少数民族では格差があるのでそれを埋めるように何とかしようとする政策らしい。したがって「人」となるとたいていは不便な山奥で暮らすような超マイナー少数民族(中国政府としては少数民族として認めてないのだが)でありながらさらに優遇政策までも受けられないという残念な結果になる。

 今回訪れた空格人はそんな「人」と呼ばれる集団の一つである。プーラン族が祖先とされていて言語もプーラン語に似ているとされるが服装は全く似てない。プーアール茶を作ることはプーラン族と似ているが、当時ではゴムが重要な生業となっており村に向かう道沿いにはゴム園が広がっていた。

 村の全景。粗末な木造の家が斜面に広がっていた。村の中にはあまりアスファルトやコンクリート、ブロックなどが少なくやはり経済的にも恵まれていない様子が見て取れた。

 
 
 たまたま小学校があったので覗いてみた。こちらの屋根は藁ぶきのようだ。突然の来客にも興味津々の様子。子供たちはもうすでに誰も民族衣装は着ていなかった。

 
 
 民族衣装を着た女性。ほとんどが青一色だけの質素な民族衣装。近隣に住むカラフルな色使いや装飾をつけた民族衣装のことを考えると不思議なくらいシンプルだ。民族衣装はある程度時代が進むと布に模様などを織り込む技術の進化やオシャレ感覚的に多少は複雑化していく傾向がある。時代の流れに逆らうように青の布地を張り合わせ胸元にワンポイントのマークをあしらっただけにしかすぎない民族衣装は、時代というよりも民族の衣に対する余裕が生活環境的に無かった可能性も否定はできないのかもしれない。

 
 
 プーランから独立したとはいえカラフルなプーランとは全く衣装的には異なっている。そういうのを考えるとハニ族の支流のアイニ族も本流のハニ族とはかなり服装的に異なっているので、服装というのは言語に比べるとかなり変異する要素が高いものという事実が浮かび上がる。それはそこの地域で手に入りやすいものや服装の流行などによる変化率というのが大きいのだろう。

 日本で考えてみる。高校で古文を習うが、平安時代の枕草子から江戸時代の奥の細道まで言語として多少の変化があったとしても極端な文法変化は少ないので大体なんとなく読めてしまう。つまり10世紀ごろから19世紀までの長い間にも拘わらず古文がさほど変化なく高校で習う程度の文法でその間の文学がある程度読解可能となっている。研究レベルでは別だろうけど、高校で習う古文程度では時代によって変化するような動詞や形容詞とかが多くあるわけでない。それを考えると束帯(そくたい)は平安時代だし、裃(かもしも)は室町以降なのでやはり服装の方が変化は大きいのだろう。それでも公式な礼服というものは伝統に則るものだからまだ変化は少ない方だろう。日常的な服はもっと変化が大きいはずだ。これは書物が過去のものを踏襲して書かれていくことに対し、ファッションはいつの時代でも斬新な流行が起こり、今でいうインフルエンサーのような有力貴人の新しい服装というのは真似され流行りを生み出し広まりやすい現象もあるのだろう。

 それにしてもこのエリアの民族衣装のバリエーションにはとても驚く。世界は我々が思っているよりも広く奥深いものなのかもしれない。


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