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勐混(モンフン)市場 (中国雲南省2005)


西双版納(シーサンパンナ) Xishuang Panna

 中国雲南省の州都で温暖な昆明からエアで西双版納(シーサンパンナ Xishuang Panna)タイ族自治州の景洪(ジンホン Jinghong)へ降り立つと、いかにも東南アジアの風を実感する。中国の中でも南に位置する雲南省の中でもさらに南にあってミャンマーとの国境までは50キロほどの近さ。市内を移動するとタイ風のようなパコダが目に入り、気分は中国ではなくもうすでに東南アジアだ。

 景洪(ジンホン Jinghong)はいかにも中国っぽい地名だけど、西双版納(シーサンパンナ Xishuang Panna)は全く中国語らしさを感じない。気になって調べるとシーサンパンナはやはりというかタイ語から来ているという。12世紀、今の景洪付近にシップソーンパンナーというタイ・ルー族国家があり、そこから来ているという。この小国は様々な周囲の大国の支配下に入ったりして1956年の中国政府の社会構造改革までなんと45代まで王位が存続していたという。その時の状況に応じて周辺国に朝貢し臣属する、これは軍事的に小国なら運命的に仕方ないことだ。今と違い当時は強い国に臣属しなければ滅亡する可能性があったのだ。そうしなくても隣国から勝手に侵略される可能性もあった。元や明、清と中華の覇者が次々に変化するにしたがい親分を乗り換えて生きてきた。ひょっとしたら親分がヤバくなっても兵を出さずに見殺しにして次の支配者からの戦犯逃れをしてきたのかもしれない。それを考えると歴史的にうまく荒波に乗り越える外交上手な国といってもいいのだろう。結果的に侵略されずに国は残り続けたのだ。好戦的な大国家が必ずしも長期に生き延びるとは限らない。侵略するものは侵略をも受けるのだ。きっと周囲国とうまく立ち回ってきた国の一つではないだろうか。なおシップソーンパンナーはタイ語で12の千枚田を意味するという。きっと昔から米作が盛んだったのだろう。

 

 


勐混(モンフン)市場 Menghun Market

 モンフンは景洪(ジンホン)の地方だ。シーサンパンナの市場の中でモンフンは少数民族の種類が多いことで名を知られていた。しかしこれは2005年当時の話。現在では少数民族であっても民族衣装を着なくなっているので魅力が薄れている。2005年当時は市場には水タイ族を基本として、プーラン族、アカ族、ラフ族、ハニ族など様々な民族が集まり、まさに民族衣装の祭典を思わせる。当時としてこれほどの種類の民族衣装を一度に見られる市場は他にはなかなかない。市場の様子と失われた貴重な民族衣装を紹介していきたい。

 

 

 市場に着く。スイカを量り売りするのはタイ族の女性。スライスした方のスイカは味見用だろう。

 
 
 市場内に入る前に腹ごしらえ。雲南といえば米線(ミーシェン)だが、米線は米を発酵させた後に糊状にして丸い穴からプレスして湯の中に投入し茹で固めたものだ。したがって、断面は丸い。

 一方水に溶いた米粉を板状に蒸し上げそれを切ったものは米干(ミーガン)という。したがってこちらの断面は長方形になって雰囲気的にはきしめんぽくなる。今回の朝ごはんはきしめんタイプの米干(ミーガン)の方を食べていたようだ。ちょっと記憶が定かでないが、麺の選択が色々できたと思う。米線(ミーシェン)と米干(ミーガン)だけでなく店によっては生麺と乾麺の選択肢もあったような気がする。

 
 
 市場の内部。写真のように天井が高く建物としての密閉的なものではない。売り場は商いをする明確な仕切りがないように見える。どちらかといえば自由青空市場に日よけ雨除けの屋根をつけただけの雰囲気だ。

 
 
 ちょっと売っている物を見てみよう。野菜とかは当たり前に普通に売られている。キムチの親戚のような発酵系のものも目立つ。チベット、ウイグル方面ではこういう発酵系は多くなかったような記憶がある。発酵物はやはりその土地の風土の影響を最も受ける食品かもしれない。

 
 
 肉はこのように量り売り。机の上に切り分けられた肉がそのまま並んでいる。衛生上のことを気にする人はもちろん誰もいない。

 
 
 麺売り場。多分生麵ではないかと思う。雲南や東南アジアの市場ではこのように生麺の量り売りをよく見かける。この市場では乾麺も売っていたが生麵の方が多かったような気がする。

 
 
 なんと子猫を売っている人がいた。実はこれは食用でなくペット用らしい。しかし広東省と広西チワン族自治区の一部には猫食文化が残されているという。

 
 
 食事中の子供たち。麺は丸麺なのでこちらは雲南名物の米線(ミーシェン)だ。

おそらく米線を使った過橋米線だと思われる。この過橋米線については以下の様な逸話が伝わる。

 清の時代、雲南省にとある夫婦がいた。夫は「科挙」を目指し南湖に浮かぶ小島で勉強していた。妻はその小島へ長い橋を渡って夫に料理を届けるのが日課でした。

 夫の好物は米線。しかし、夫の手元に届くまでに冷めてしまうのが悩みでした。ある時、鶏を土鍋で煮込み夫の元へ届けたところ鶏油が浮いていて、長い時間が経過しても料理は熱さを保っていた。そこで米線を入れたところ、夫はとても美味しいと喜んで食した。後に夫は科挙に合格し、妻が届けた米線のおかげで合格できたと語られるようになった。なお「過橋」とは橋を渡るという意味。

 
 
 店頭に並ぶカメはお酒。店主が客のペットボトルに酒を詰めている。こういうところではお酒を小さい瓶で小売り、というのがあまりない。客側がペットボトルなどの入れ物を持参してきて店側がそれに注ぎ入れるというパターン。もちろん量で値段が決まっている。

 
 

プーラン(布朗 Pulang)族

 こういう市場では肉屋とか米線屋とか同じ業種はエリアごとに固まっている。私の食べたところの隣の麺屋で朝食中のプーラン族。プーラン族はこのように横長の黒の大きい帽子が特徴。上着も黒や藍色などの濃い目の色が多い。3枚目は特徴的な帽子と上着を着てないが民族独自のイヤリングなのでプーラン族とわかる。黒の上着の下はこのようにカラフルな民族衣装というのもステキだ。なおプーランというと女盗賊の方を思い出す人が多いと思うけど、盗賊の方はインドの実在した人でこちらのプーランとは一切関係がない。民族の名前が冠されたプーラン山に多く住みプーアル茶の栽培で有名。クメール系の民族とされる。

 
 

ラフ(拉祜 Lahu)族

 細かい模様のカラフルな服装が多い印象。結構な確率でラフ族柄のカラフルできれいなバッグを持ち歩いている。元はチベットの方に住んでいたというが、あまりチベット系の感じはしない。タイ族などの東南アジア系との混血があったためかもしれない。

 
 

アク(阿克 Akeu)族

 前頭部が高くなっている独自の帽子が特徴的。一応ハニ(哈尼 Hani)族の支系とされる。しかしアク族の人たちからするとハニ族とは別との主張があるようだ。

アク族の女性たちも市場で服売り場はとても気になる存在だ。

店員「奥様、これはとてもお似合いですよ!」

アク族「あら、そうかしら? じゃ、これにしてみようかしら♪」

そんな会話が聞こえてきそう。

 
 

アイニ(僾尼/愛伲 Aini)族

 市場で最も目立つメタルな帽子で有名。ハニ(哈尼 Hani)族の支系なのだが、本来のハニ族とは全く別な民族と思うほど見た目が変化してしまっている。いったいどうやってこんな風に帽子が変化してしまったのかという感じの重そうな帽子だ。不思議なことにたいてい帽子の後ろ側はなぜか写真のように平面のようになっている。ミャンマーにはアカ族(阿卡 Akha)と呼ばれる見た目がそっくりな民族がいるけど、そちらと同じ民族。国によって呼び方が変わる。民俗学的にはAiniよりAkhaと呼ばれているようだ。

 
 
 たまたま民族系統樹らしきものを見つけた。その学説では昔にAkoidと呼ばれる民族グループがあり、そこからAkeuが分裂し、さらに残った本流もHaniとakhaに分かれたとしている。その中で最大のHani族が政府から識別された民族として認定され、小さすぎるAkeu,AkhaのグループはHaniの中の支系として考えられているようだ。この説ならAkhaは確かにHaniの支系としてもよさそうだが、AkeuとAkhaは共通祖先Akoidを持つがその後に分裂したという意味で兄弟的な関係になりそうだ。途中で分かれて独立したという意味合いの支系というのはやや違うようだ。一応Akeu族の人々はHani族とは違うと主張していると聞くが、それにしても同一祖先をもつなら民俗学的には近縁民族としての括りになってしまうのはやむを得ないのかもしれない。

 
 
 それにしてもこのモンフンは実に多民族の市場である。実際にこの地にはモザイクのように様々な民族が隣り合うようにして集落を作っている。そういうことを考えるにおそらくこのシーサンパンナの地は民族間の対立が少なかったのだろうと思われる。どちらかといえばそれなりに協力体制があったのではないだろうか?国によってはモスリム街やチャイナタウンといった同民族でコミュニティを作り、市場も同一民族ばかりということもよくある。シーサンパンナの源であるシップソーンパンナーは小国ながら臣属する形であれ長い間王政を保っていた。そういうことを考えるとシーサンパンナは民族間だけでなく国家間との対立を極力抑えて平和的に暮らしていく精神性の土地柄があるようにも思える。最終的には中国に飲み込まれてしまうにせよ、現在でも市場で民族が違えども仲良く売買する様子はとても平和的も思えてくる。シップソーンパンナー時代の周囲と敵対せずに上手くやっていくという精神は今でも人々の中に生きているのかもしれない。


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