十.
あ…ハイ。
稀宮和ト
…っ、24歳、です。
地元の国立大学に、通っています。4年、です。
ハイ。1年浪人と、留年、したので、まだ現役で、す。
就活は、78社、受けて、全部、落ちました。
いくつかは最終面接まで行ったけど、落ちたり、あとから、内定取り消されたり、しました。
よくあること、だと思います。
こんな、なので…すみません。
最終まで行ったことや、内定でたことの、ほうがあの、き、奇跡だったと、思ってます。
…っ、ハイ。就職先が決まっていない、ので、
でも、ギリギリ卒論は、終わったので…
あ、でも、卒業はもう…ですよね。
でも僕、あの、教授にき、きらわれてる、みたいなので、
もしかしたら、ハイ、そもそも単位…わかりません。
あ…そうですね、緊張、してます。すみません。
よく、話し方、注意されます。面接でも、何度も、言われました。
き、緊張、すると、うま、うまく話せ、なくて。すみません。
…っ、ハイ。家族は、僕含め、4人です。
両親と、一回り下の妹…です。
両親は、T大学時代の同級生、だっ、て、言ってました。
2人とも、今と、か、変わらず、優秀だったって、たまに家に来る友だちの、佐古田って人が。ハイ。
よく、自分の息子の、自慢をしてました。
ハイ、僕の2個下で……
両親も、よく、すごいねって。
地元の国立なんかじゃなくて親と同じT大学へストレートで。
…っ、ハイ。就活も、何社かは受けたみたいですが、僕よりも、ハイ。
一度、会いまし、た。中学、くらいのときに。
妹可愛いねって、言ってました。それ以来、会ってません。
親……親、は、優しい、です。
怒りません。夫婦仲も、良くて、デ、デートにも、行きます、今でも。
何年か前に、2人で1泊2日の旅行に、行くって。
僕は留守番できるけど、妹の面倒までは見られないだろうって、おばあちゃんちに預けようとしたんですけど、ハイ。
でも妹は、おばあちゃんがす、少し、苦手だったので、僕がいるから大丈夫って、言いました。
母は、不安がってましたが、父が、
「兄としては立派だ。頼むぞ。」
って、言って、行きました。
たった2日間だったけど、妹と、友だちも呼んでいいよって言ったら、喜んでくれました。
僕は、妹が好きな、パウンドケーキを焼きました。小さいころ、母が作ったものが好きで、見様見真似で僕も作り始めて、ちゃんとした形になるまで何度も失敗したけれど妹は
「おにいちゃんすごい」
って。
その日は友だちも、おいしいおいしいって、食べてくれました。もっとおいしくなるように練習しました。
……あの日、妹の学校で作文発表会があったんですけど、僕のことについて書いてくれて、
「お兄ちゃんのケーキは世界一です」
って、言ってくれました。その作文は、今も、ここに。
見ますか?妹は文才があるんです。わかりやすくて素直で、気持ちのこもった文を書くんです。僕にはすごく伝わる。妹がよく本を読むようになって、文章を書くことが得意になったのも、ほら、ここに書いてあるんですけど、
「お兄ちゃんがよく本を読んでいてかっこよかったからです」
って。ね?
僕と一緒にいたかったから真似して本を、内容もわからないのに読んでいるふりをしていたんですって。おかしいですよね。
たしかに
「難しい本読んでるけど、意味わかるの?」
って聞いたら、
「ちょっとわかるけど、ちょっとわからないからおにいちゃんおしえて」
って、よくねだられてました。ちょっとわからないって、頑張って言っている感じがおもしろくて。懐かしいな。
え、あっ、っ…ハイ。えっと、両親、からで、すか。
ハイ、そうです。怒られたことは、な、ないです。
でも…き、期待、も、されたこ、こと、ない。
小さいころ、から、こんなでした、し、スポーツも、勉強も、絵、とかの芸術も、抜きんでると、ところは、何もなかった。
……小学生の、とき、かけっこで、ビリになりました。
見に、来てくれた両親のところに、とぼとぼ、帰って、父は言いま、した。
「遅くてもがんばって走り切ったことに意味がある」
って。母も、
「そうよ、運動ができなくても、和トはがんばれる子よ」
って。僕を、抱きしめました。そのあと、1位だった子の、親に、すごいですねって、話しかけてた。
中学3年、のときは、言われるがまま、私立の、優秀な人がたくさん出てる高校を、受験して、失敗…して、一緒に結果通知を開けた母が、泣きながら、
「失敗してもいいのよ、公立だって、きっと楽しいところのはずだもの」
って。自分は、私立しか、行ったことがないから、わからないんでしょう、ね。その夜、母の母、妹が少し、苦手なおばあちゃん、に、また泣きながら、
「私の教育が全部悪いんだわ、あの子は器量はよくなくても、がんばり屋さんなのに」
と、言って、仕事から帰ってきた父にも、なぐさめられてた。父の、会社にも、同じ高校を受けた子の親が、いたらしくて、
「うちはダメだったけど心からおめでとうと言うよ」
と連絡していました。
ああそういえば、中学生のときに、妹が生まれて、父に言われました。
「妹を大事にする、和トはそれだけでいいんだ。それだけで充分だよ」
って。
僕は、幼いころからずっと、がんばることだけを言われてきました。
結果はついてこなくていい、なにも得意でなくていい、そのままでいろ、そのままでいい。
でも、両親が褒めるのは、かけっこで1位を獲った同級生で、受験に失敗しなかった他人の子で、佐古田の息子です。
こういうふうに言うと、僕が褒められたかったからこんなふうになったと、言われそうですけど、たしかにそう、考えたこともあったけれど、そんなことは、妹が初めて僕の指を握ってくれた、その時にどうでもよくなったんです。本当に、心から、どうでもよくなった。
妹は、違います。僕と違って、なんでも、できる子です。
両親が妹を可愛がるのは、あたりまえです。僕も妹が世界一、綺麗な存在であると、思っています。なんなら両親よりも僕の方が、妹のことをわかっています。僕だったらおばあちゃんに妹を預けるなんて発想にもいたらないし、母が作るお菓子のなかで妹はパウンドケーキがいちばん好きだと最初にわかったのも僕です。
良い兄であることは、結果でしかありませんでした。
僕がしたいようにして、両親や周りにそのように見られただけ。
周囲の評価なんて心底くだらないと思った。
妹は僕の妹であり、僕は妹の兄であること。それだけで僕は充分です。それこそが僕だったんです。
……
それは……
妹と一緒に、小学校から、帰っている途中に、言われたんです。
僕は、あの日、忙しい両親の代わりに、作文発表会に、行きました。
大学のほうは嫌われている教授の授業でしたから、それでも一回もサボったことは、なかったんですけど、一回くらいいいだろって、休んで、妹を優先しました。
妹は僕が来たことを喜んでくれて、しかも僕の事を、作文に書いてくれていて、かっこいいお兄ちゃんだって。嬉しかった。
作文をもらって、すごいよ、天才だよって褒めてたら、
「そんなことないよ、陽介くんのほうがすごいんだよ」
って。
同じクラスの頭がいい子みたいです。リレーの選手にもなってて、作文発表会でも、たしかに、お父さんを尊敬しているという旨のよくまとまった文章を読んでいました。クラスの人気者、ですね。
妹は、陽介くんのことが好きみたいでした。お母さんにもお父さんにも内緒ねって、僕だけに陽介くんの話をしてくれて。色々聞いていたから、本当に好きなんだろうなって。妹にも本当の初恋が来たんだって、初めて聞いた時は嬉しくて泣きそうになりました。
僕自身は、そういう類の話はわかりませんが、両親はずっと仲良しだし、恋愛は尊いものであると、思ってはいるので、本当に嬉しかったんです。僕は妹がこの世の全てより大事ですが、妹に恋愛感情なんてものはありません。そんなものではないんです。
だから…
だから、あの日、帰り道で…
「陽介くんって、ちょっとお兄ちゃんに似てるの」
って、いわ、言われたときに、僕は、ぜ、全身の血が、逆流し、始、めたみたいに、地面が、ぐ、ぐらぐらと、波打って、僕、僕を、妹から、遠ざける、みたいに、はじかれて、手が、届かなく、なりそうで、全く違う生き物に、な、なる、みたいに
悔しいとか、怒りとか、そんなんじゃなくて、
『ダメだ』
と、思いました。
だってそうじゃないですか、兄は僕だけです。妹の兄は僕だけで、僕の妹は縁だけです。ただそれだけであるべきなんです。それなのに、僕の、僕が兄であることさえも他の人に取られてしまう。他の優秀な人に。わかっています、僕のやっていることは誰でもできることです。縁が縁である以上誰が兄になってもきっと縁を大事にする。大事にしてしまう存在なんです。それだけ縁という存在は、綺麗で、尊くて、なににも穢されない。恋愛なんて、そんなものじゃないです。兄妹です。同じ血が流れている。同じ両親から生まれたのは兄と妹だけ、僕と縁だけです。でも、でも、それだけ強い繋がりだと思っていても、僕の代わりはいくらでもいるんです。僕よりすごい人や僕より褒められる人がいくらでもいるんです。だって縁だから、縁の兄であるのに僕である必要はないから
でも僕が縁の兄だ
…そうです。
縁の中の兄は、僕だけでなくてはならない。だから、僕から縁が、離れる前に、縁から僕が、離されてしまう前に、
殺しました。
…首をぎゅっと掴んだら、泣きながら僕を見つめていました。
すぐに首の骨が折れて、顔の色がみるみる赤黒くなって、口から泡を吹いて、苦しかっただろうに、最後に、声に出して、
「お兄ちゃん」
って、呼んだんです。
縁の力が抜けていくのを両手で感じながら、これで生涯縁の中の兄は、僕だけになったと思った。
よかったです。安心しました。
最期まで、妹は可愛かったです。
