NY市民は"生き延びる"以上のこと=愛、自由時間、遊び、スポーツ=を享受するに値する/マムダニ新市長が掲げる"affordability=暮らしやすさ"とは

DSA(アメリカ民主主義的社会主義者)系季刊誌『ジャコバン』第60号(2026年冬)が「ミュニシパル・ソーシャリズム=地域主権社会主義」という特集を組んでいます。以下、その中の「ゾーラン・マムダニはあなたたちに、生き延びる以上のことを求めている」という論文の機械訳に少し手を加えました。[ ]はわたしの補足、[*1]などの注は各段落の後にウィキペディアなどで調べた説明があります。

筆者はリザ・フェザーストーン。『ジャコバン』誌コラムニスト、フリーランスジャーナリストで、『Selling Women Short: The Landmark Ba​​ttle for Workers’ Rights at Wal-Mart=女性を軽んじる:ウォルマートにおける労働者の権利をめぐる画期的な闘い』という著書があります。

【ゾーラン・マムダニはあなたたちに、生き延びる以上のことを求めている】

《私たちの同志[マムダニ]が勝利したのは、ニューヨーク市民は愛、自由時間、遊び、スポーツなどすべてを享受するに値すると言ったからだ》

クーパー・ユニオン[*1]で開催された2022年気候週間のパネルディスカッションに登壇する準備をしていたゾーラン・マムダニは、グリーンルームに座り、講演者に配られるトートバッグをじっくりと眺めていた。それは、グレート・ホールで講演した過去の著名人の名前が刻まれた、思わず目を奪われるほどの豪華なものだった。フレデリック・ダグラス[*2]、エマ・ゴールドマン[*3]、ノーマン・カズンズ[*4]、ジェイコブ・リース[*5]といった錚々たる面々に加え、ヘンリー・キッシンジャーのような世界史に名を残す悪役の名前もある。マムダニは、そのバッグを確信に満ちた悲痛な表情で指し示しながら、他のパネリストたちに向かってこう宣言した。「私たちの誰一人として、この人たちほど重要な存在にはなれないでしょう」

[*1] 「科学と芸術の発展のためのクーパー・ユニオン」 はニューヨーク市マンハッタン区イースト・ヴィレッジ地区にある私立大学。
[*2] フレデリック・ダグラス(1818~1895)はメリーランド州出身の元奴隷、奴隷制度廃止運動家、新聞社主宰、政治家。
[*3] エマ・ゴールドマン(1869~1940)はリトアニア生まれで、米国で活動したアナキスト、フェミニスト。
[*4] ノーマン・カズンズ(1915~1990)はニュージャージー州ユニオンシティ生まれのジャーナリスト、作家。広島市特別名誉市民。
[*5] ジェイコブ・リース(1849~1914)はデンマーク生まれのジャーナリスト、社会改革論者、社会派ドキュメンタリー写真家。

当時、ニューヨーク州議会議員に選出されてわずか2年だったマムダニは、アストリア[*6]の選挙区、あるいはニューヨーク市アメリカ民主主義的社会主義者(NYC-DSA)の仲間以外ではあまり知られていなかった。いずれにせよ、今となっては、彼が次期版のトートバッグに名を連ねるにふさわしい道を着実に歩んでいることに、世界が同意するだろう。

[*6] アストリアはニューヨーク市クイーンズ区の北西部に位置する、多様な文化が混在し特にギリシャ系移民が多く住むことで知られる活気ある地域。

2024年10月、クーパー・ユニオンのグリーンルームでの謙虚な出会いから2年後、マムダニはまださほど有名ではなかった。私はクイーンズ区アストリアにあるサミズ・カバブ・ハウスで彼と会った。そこは彼のアパートからそう遠くない場所だった。マムダニは『ジャコバン』誌の独占インタビューに応じ、ニューヨーク市長選への出馬を発表していた。

その日、私たちは彼が抱くニューヨーク市のビジョンについて話し合った。ここは「この街を築いた人びとが暮らしていける…生活必需品をすべて手に入れ、さらにそれ以上のことができる、私たちが夢を見ることができなければならない街だ」と。私たちはマントゥ・ダンプリング、ボラニ・バンジャン(アフガン風ナス)、サーモンケバブなどを山ほど食べた。というか、マムダニは話すことが多すぎたため、全部私が食べた。

彼は、同世代の多くの人々と同様にバーニー・サンダース上院議員が2016年と2020年の大統領選に出馬したことに感銘を受けたと語った。私たちはまた、マムダニの政治的進化に影響を与えたもう一つの敗北した選挙についても話した。それは、パレスチナ出身のルーテル派牧師でNYC-DSAの支援を受けて2017年の市議会議員選挙に出馬したカデル・エル・ヤティームの選挙戦だ。マムダニはその選挙運動で有給スタッフ・オルガナイザーとして戸別訪問活動に携わり、この経験が人生を「変えた」と言う。社会主義者であるこの州議会議員[マムダニ]は、エル・ヤティームについて「彼は、私がずっと愛していた街、しかしそこに私の政治的立場が明確な位置を占められるかどうかは分からなかった街への帰属意識を与えてくれた」と振り返る。マムダニは、自身の市長選への出馬が「より多くのニューヨーク市民に同じような効果をもたらすことができる」と確信していた。

私は微笑み、うなずいた。確かにその意見に同意はした。しかし正直なところ、マムダニには勝ち目がないと思っていた。(鋭い政治予報士である私は、そのことを記事にも書いた)

とはいえ私は、彼の選挙運動は、単にニューヨークにおける社会主義運動の構築に貢献するだけでも、より多くの可能性を切り開くだろうと信じていた。彼にとってヒーローであるバーニー・サンダースと同様に、敗北する選挙戦を展開するだろうが、その選挙戦は反動的な時代に社会主義政治を活性化させる触媒となるだろう。少なくとも彼は、多くの人びとをDSA加入へと動機付け、そのうちの何人かは議員に立候補するだろうと私は確信していた。これがニューヨーク市全体に連鎖反応を引き起こし、左派政治とファイティングスピリットが労働組合や職場にもたらされることを願っていた。投票で予想以上の結果が出れば、支配階級に恐怖を与えて譲歩を促し、労働者にとっての期待を高めることができるだろう。

当時、市長選[民主党]予備選には中道左派の候補者が複数名出馬していた。マムダニは、それは良いことだと私に言った。腐敗したエリック・アダムズ市長と、失脚したアンドリュー・クオモ前州知事を倒すという目標は、自身が市長になることよりも重要だと認めていた。優先順位投票方式では、誰も他の候補を妨害する必要はない。むしろ、左派の候補は共に候補者名簿に掲載されて活動し、誰が首位に立つかを見極めることができる。

しかしマムダニは、こうした実際的な事情を認めていたにもかかわらず、ニューヨーク市民への公約を述べる際には市長としての立場について未来形で語っていた。そのことに私は後になって気づいた。

ホップ・ステップ・ジャンプではなく、「もし~なら」や「インシャラー[神の思し召しがあれば]」でもなく、「私は家賃を凍結します。保育を無償化します。バスで目的地まで、これまで以上に速く、ポケットに手を入れる必要もなく[無料で]連れて行きます」。

マムダニは不確実性や障害を謙虚に認め、側近の一部に当時、当選できるかどうか疑問だと語っていた。しかし最初から、彼が立候補したのは声明を出すためでも、組織を作るためでも、オーバートンの窓[*7]を動かすためでもなかった。勝利するために立候補したのだ。

[*7] オーバートンの窓とは、多くの人に尊重すべきのものとして受け入れられる政治的な考え方の範囲のこと、「多くの人に受け入れられる思想は窓のように一定の範囲の中に限定されている」という考え方。

ほぼ誰もが知る通り、マムダニは勝利を収めた。選挙運動開始時の支持率はわずか1%程度で、知名度もほとんどなかった。しかし、約10万人のボランティアの力を借り、5500万ドル以上を投じた対立候補を8%以上の差で圧倒し、勝利した。三つ巴の争いで得票率は50%強となり、マムダニは再分配政策への明確な信任を得てグレイシー・マンション[*8]へと足を踏み入れた。

[*8] ニューヨーク市マンハッタン区アッパー・イースト・サイドにあるニューヨーク市長官邸。

マムダニ以前の21世紀初頭のアメリカ左派の一般的なストーリーは、おおよそ次の通りだった:米国政治における唯一の民主主義的社会主義者であるバーニー・サンダース上院議員が2016年と2020年の大統領選に出馬し、社会主義に関心を持つ若者の急増を呼び起こし、その多くが地方議会・連邦議会議員に立候補し、実際に当選する若者も。ジョージ・フロイド殺害を受けてブラック・ライブズ・マター(BLM)の抗議活動が起こり、左派はさらに勢いづいたが、ジョー・バイデン政権の無能とインフレが右派のバックラッシュを招き、ドナルド・トランプの再選を後押し。こうした状況下で、少なくとも今のところ、左派勢力は役割を終えたとの印象が漂っていた。しかしそれとは反対に、マムダニの勝利は、社会主義運動がこれまでずっと組織化を進めてきたこと、そしてその最盛期はまだこれからかもしれないことを示している。

マムダニ・キャンペーン政策綱領の特質

社会主義者の選挙運動にとって、無気力な民主党エスタブリッシュメントは長らく大きな怒りの的となってきた。しかし、マムダニ陣営は、今日のアメリカ政治の主役が紛れもなくトランプ大統領であることを一貫して認めてきた。マムダニは市長選に立候補した当初から、トランプに投票した労働者階級のニューヨーク市民と対話し、生活苦のためにトランプを支持した人もいることを知った。彼らはトランプに、アメリカ政治を揺るがす可能性のあるアウトサイダーを見出したのだ。マムダニ自身もこの使命を強く抱いていた。「私はドナルド・トランプにとって最悪の悪夢だ」と彼はよく口にしていた。

選挙戦終盤、マムダニはニューヨークの有力民主党議員たち -- レティシア・ジェームズ司法長官、キャシー・ホークル知事、アレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員 -- とともに壇上に立った。彼らはみな、トランプが何をもたらしても、ニューヨークへの軍事侵攻であろうと、市長当選者の国外追放であろうと、政治的動機に基づくジェームズ長官の訴追であろうと、市予算の削減であろうと、あるいは単に移民への迫害の継続であろうと、ともに立ち向かうことを誓った。人気と有権者の圧倒的な支持を得たマムダニは、疑いなく党の事実上の指導者となり、トランプに反抗しつつも、トランプが約束した暮らしやすさを実現する方法についてくまなく語り続けた。

この問題[暮らしやすさ]に関するトランプの無駄口は抽象的で観念的なものだった一方、マムダニの中心的政策の各項目(家賃凍結、公営の食料品店、新たな低価格住宅、誰もが利用できる保育、無料バス)は、ニューヨーク市民に具体的に暮らしやすさをもたらすように注意深く選ばれた。このことの素晴らしさは、マムダニの選挙運動ボランティアが戸別訪問すると、ニューヨーク市民はマムダニ勝利によって自分自身がどんな利益を得るのかをすぐに理解する傾向があったことだ。上流中産階級でさえ、マムダニ市長の下で自分たちの生活が物質的に改善されるだろうということを実感できた。裕福な白人は他の階層に比べて彼を支持する可能性が低かったが、マムダニの政策と、より良いニューヨーク市を築くという彼の呼びかけから排除される階層はない。選挙運動では、個々の有権者がマムダニの政策によってどれだけお金を節約できるか確認できるよう、ウェブサイトに"節約計算機"まで掲載した。

マムダニのあらゆるアイデアの中で最も官僚的な複雑さが少ないのは、家賃が法規制された建物に住む100万人の入居者の家賃を凍結するという公約だ。家賃ガイドライン委員会の委員は市長が任命する。委員会は、これら入居者の家賃値上げの時期と実施の有無を決定する。市長は自分の考えに賛同しそうな人物を任命するだけでよい。フィオレロ・ラガーディア市長[*9]の黄金時代まで遡る必要もなく、前例を探す必要もない。ビル・デブラシオ市長は2014年から2021年の市長在任期間中に3回も家賃を凍結した。この政策はものすごく人気があり、最近の世論調査ではニューヨーク市民の78%が家賃凍結を支持している。このキャンペーンが真剣なアイデアとばかばかしい遊び心を織り交ぜていることを示す初めの頃の例として、マムダニはこの政策を発表する際に、コニーアイランドで元旦に飛び込む自身の動画を投稿している。「あなたの家賃を…凍結します」と、冷たい水から出てきたマムダニはニヤリと笑いながら言った。

[*9] フィオレロ・ラガーディア(1882~1947)は1934年から1945年の3期にわたりニューヨーク市長を務めた。

家賃凍結は、家主だけが嫌う政策かもしれない。対照的に、マムダニのより物議を醸す政策の一つが公営食料品店の構想で、右派の多くにとってはソビエト共産主義の亡霊を想起させるものだ。しかし実際には、マムダニはこれを比較的迅速に実施できる。なぜなら、この計画は小規模であり、従来の食料品店が十分にサービス提供していない地域の5店舗で試験的プログラムが行われているからだ。ニューヨーク市民の貧困層や労働者階級の多くがとくにインフレの脅威の中で食料不安に苦しんでいることを考えると、この構想は政治的に賢明であり、かつ必要不可欠である。民主党は長年、法外な食料品価格についてアメリカ人に誤情報を与え、心理的に支配してきた。私たちが現在トランプ政権下で暮らしている多くの理由の一つだ。この小規模な試験的プログラムを成功させるだけでも、何らかの緊急の救済策となり、前進への道筋を示すことになるだろう。うまくいけば、規模を拡大できる可能性がある。

はるかに大規模なマムダニの計画は、低所得層向け公営住宅の建設に加え、民間デベロッパーによる建設を容易にすることで、より手頃な価格の[more affordable]住宅を創出するというものだ。より手頃な価格の住宅を大規模に創出する最善の方法は、政府が建設することだ。しかし、トランプがホワイトハウスに復帰したことで、連邦政府からの資金提供は不可能となり、不動産業界もこの公的選択肢の拡大と改善には抵抗する以外に道はないだろう。民間デベロッパーはマムダニの協力の約束に喜んで応じるだろうが、彼らの優先事項は、必要とする人びとの住宅建設ではなく利益追求であるため、そうすることは危険を伴うだろう。とはいえ心強いのは、近年の住宅問題をめぐる広範な組織化により、高級住宅を建設し労働者階級のニューヨーク市民を地域から追い出そうとする不動産業界の予想される動きを抑制できる優秀な人材が輩出されていることだ。

ある意味、誰もが利用できる保育の実現は、必要な資金と有資格の労働力を考えると、マムダニの政策綱領の中で最も野心的な項目と言えるだろう。しかし、ホークル知事がこの政策を強く支持していること、そしてニューヨーク市の労働者階級を代表する労働組合その他の団体にとってこの政策が大きな魅力であることを考えると、実現可能性が比較的高い目標の一つとなるかもしれない。労働者階級の多くは、手頃な価格で質の高い保育サービスを探し出すのに苦労している。ニューヨーク市はすでに、ユニバーサル・プレKプログラム[*10]を通じて一種の普遍的な幼児教育を実施している。このプログラムは4歳児全員に無料・終日の就学前教育を保証しており、3歳児にも同様のサービス提供を拡大し始めている。市はまた、放課後保育や課外活動も提供しており、その多くは無料または補助金付きだ。

[*10] すべての子どもたちに公的資金を使って質の高い就学前教育(4~5歳児向け)を提供する制度。Kはキンダーガーテン(義務教育の最初の1年=5歳児、日本の年長にあたる)で、プレKとは日本の年少・年中にあたる。

マムダニはこれらの取り組みをさらに発展させ、大幅に拡大することで、出生から就学まで誰もがフルに利用できる無償保育制度の構築をめざしている。ブラッド・ランダー会計監査官室は2025年1月、無償の普遍的保育制度の必要性に関する報告書を発表し、こうした制度によってニューヨーク市の子育て世帯の可処分所得が19億ドル増加する可能性があると推定した。州議会の審議を経て、州全体にわたる制度が実現する可能性もあるようだ。

オールバニ[*11]で支持を得ているマムダニの政策のもう一つの重要な柱は、市営バスの運賃徴収廃止の公約だ。「速くて無料のバス」は彼の選挙運動で愛され、心に響くスローガンであり、マムダニがこの構想に抱く情熱(そして実現に向けた尽力)は、オールバニでの[州議会議員としての]任期[中の出来事]に根ざしている。2024年、[ニューヨーク市]ブロンクス区のモリスハイツとハイブリッジ間を循環運行するBX18Aバスに、ある看護師が乗車した。彼女はメトロカードを探してバッグの中を手探りしていたが、運転手が無料バスであることを示す表示をタップすると、突然踊り出した。「彼女はバスの中でチャチャチャと踊っていた」とマムダニは振り返り、3月の議会演説でこの出来事を語り、前年にマイク・ジャナリス州議会上院議員と共同で立ち上げた無料バス運行の実証実験を拡大するよう議員たちに求めた。

[*11] オールバニはニューヨーク州の州都。

マムダニは議会演説で同僚議員らに、あの踊る看護師の姿を思い浮かべて5つの行政区に「喜びと安堵の気持ちを広げよう」と訴えた。この取り組みから、マムダニの「速くて無料のバス」という要求が生まれた。選挙運動中しばしばバスに乗っている彼の姿が見られ、動画の一つでは(無料の)スタテンアイランド・フェリーに乗り、ニューヨーク市民に「私たちはすでに無料の交通機関を享受しており、バスも無料にできない理由はない」と思い起こさせた。すべての交通機関支持者が賛同しているわけではない。限られた予算の中で、バス料金の値下げよりもバス・サービスの改善と拡充を優先すべきだと主張する人もいる。しかしマムダニは、バスを無料にすることで乗車が速くなり、利用者数が増加し、車の通行量が減るというデータを挙げている。いずれにせよ、このスローガンは彼の選挙運動と深く結びついており、たとえ市全体の計画の残り部分の議論と実施に時間がかかったとしても、ニーズの高い地域でいくつかのバス路線を直ちに無料にするのが賢明だと彼は考えている。

ニューヨーク市には残念ながら独自の課税権がないため、マムダニの計画の大半、とくに住宅と保育に関する計画は、富裕層への増税に向けた州との協力を前提としている。連邦政府の「ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル」[*12]は、各都市への財政支援を大幅に削減した。トランプ大統領は、マムダニを選出したニューヨーク市民を罰するためか、ニューヨーク市への連邦政府資金の流れをさらに削減すると脅している。そうなると、ニューヨーク市が既存のサービスを維持し、マムダニの公約を部分的にでも実現するためには、州からの財政支援を大幅に増額する必要があるかもしれない。それは全く実現可能だが、その最善の方法は富裕層への課税だ。市の予算の中には、愚かなあるいは的外れな優先事項に浪費されている巨額の資金は隠れていない。現在市が行っているほぼすべてのこと -- ほんの数例を挙げると、3歳から大学までの教育、ゴミ収集、ホームレスの学童への洗濯サービス、日陰の少ない地域への植樹、世界クラスの図書館や公園の運営(アメリカ最高の交通システムは言うまでもない) -- は、絶対に必要なことだ。実際、市がすでに多くの必要なサービスを提供しているからこそ、マムダニの社会主義的ビジョンがニューヨーク市に深く根付くと確信できるのだ。しかし、彼の大型計画は、税基盤の維持と富裕層への増税の両方を必要とする。

[*12] ワン・ビッグ・ビューティフル・ビル(大きく美しい一つの法案)はトランプ大統領が25年7月に署名し、施行された。「アメリカの家族と労働者を再び繁栄させるために」などのサブタイトルが付され、減税や規制緩和、"不法移民"対策などを盛り込んでいる。

"存在する"だけでなく"生きる"権利

マムダニは、全米舞台で誰よりも、暮らしやすさの危機に対する明確な解決策を提示して現局面に対応してきた。しかし彼は、日々の暮らしを生き延びるだけでなく、充実した、さらには素晴らしい人生を送る -- つまり花開くことへの私たちの渇望に訴えかけながら、それを成し遂げた。ニューヨーク市民は、マムダニが「ここで暮らすことはそんなに難しいことではないはずだ」と語るのに賛同する。しかし、彼のメッセージはより深く心に響く。なぜなら、彼は私たちみながそれ以上のものを求め、それらを享受するに値すると認めているからだ。

1912年にマサチューセッツ州ローレンスで起きた画期的な工場労働者ストライキは、マムダニのもう一人のヒーローであるユージン・デブス[*13]が「組織化された労働者が勝ちとった最も決定的で影響力の大きい勝利の一つ」と呼んだ勝利で終わったが、そのストライキのさなか、労働運動指導者ローズ・シュナイダーマンは左翼の新しいスローガンを広める演説を行った。

[*13] ユージン・デブス(1855~1926)は米国の政治家・労働運動活動家。5度にわたりアメリカ社会党から大統領選挙に立候補した。

「働く女性が求めているのは、ただ存在する権利ではなく、生きる権利です。裕福な女性が持つ生きる権利、太陽・音楽・芸術への権利と同じ、生きる権利です。あなたが持つものには、最も謙虚な労働者もまた持つ権利のないものは何もありません。労働者にはパンがなければなりませんが、バラもなければなりません」

このフレーズはシュナイダーマンのオリジナルではないが、そのことは問題ではない。このストライキは今日まで「パンとバラ」ストライキとして記念されており、彼女の言葉は左翼に視野を広げるよう呼びかけるものとして正しく記憶されている。労働者は食事をする権利があるだけでなく、富裕層が享受する美や喜びも享受する権利があるのだ。この考えは20世紀を通じて、イタリア共産主義者の間でも、あるいは学者ウィルソン・シャーウィンが指摘するように米国の福祉権利運動においても存続した。しかしマムダニは、この考えを全米の舞台に持ち込んだ21世紀アメリカ初の指導者かもしれない。

マムダニはニューヨーク市民へのアピールの中心に経済政策を据えていたが、バラの話もためらわなかった(初めてニューヨーク州議会選挙に立候補した時のスローガンは「ロティ[*14]とバラ」だった)。市長選のキャンペーン中、心を打つ場面があった。マムダニはパートナー探しに苦労するニューヨーク市民からアドバイスを求められた。(マムダニと妻でアーティストのラマ・ドゥワジが出会い系アプリ「ヒンジ」で知り合い、24年に結婚したことは有名だ) 面白いことに、彼はバーニー流の唯物論的メッセージに固執しつつも、質問の真の重要性を認め、「あなたの愛する人は今、あなたを見つけるのに米国で最も物価の高い都市に住むことができるかどうかでストレスを感じているのかもしれません」と答えた。

[*14] 小麦粉を焼いた平たい円形のパン。南アジア地域の主食。

マムダニが民主化しようと抗し難いほど努めたのは、恋愛だけではない。ニューヨークで育った多くの子どもたちと同じように、彼もサッカーをプレーし、今もなおサッカーに情熱を燃やしている。今秋、ニューヨーク市が2026年ワールドカップ開催に向けて準備を進める中、マムダニは「Game Over Greed(強欲に打ち克つゲーム)」キャンペーンを立ち上げ、FIFAに対し、一部の試合のチケット価格が6000ドルにまで上昇する原因となっていたダイナミックプライシング政策[*15]を撤廃し、ニューヨーク市民向けにチケットの15%を割引価格で販売するよう圧力をかけた。世界中で愛されているスポーツのプロレタリア的コスモポリタニズムを称賛するマムダニは、労働者階級のニューヨーク市民がワールドカップの観戦料金を払えなくなるのはサッカー自体にとって良くないことだと主張した。なぜなら、彼ら労働者階級こそが「このスポーツを特別なものにしている人びと」だからだ。

[*15] ダイナミックプライシング(価格変動制)とは、需要と供給、時期、天候、人気度などのデータに基づき、商品やサービスの価格をリアルタイムで柔軟に変動させる仕組み。

10月、マムダニのキャンペーンはコニーアイランドのマイモニデス・パークで、アマチュア選手のための「Cost of Living Classic [生活費クラシック]」という市全体のサッカートーナメントを開催した。選手と観客は無料で参加できた。ニューヨーク・タイムズ紙の「アスレチック」との最近のインタビューで「強欲に打ち克つゲーム」キャンペーンについて説明したマムダニは「アメリカで最も物価の高い都市を暮らしやすいものにする私たちの闘いは、住宅や保育、公共交通機関だけにとどまらない。来年開催されるワールドカップというニューヨーク市民にとって大きな喜びとなる瞬間にも関わっている」と述べた。

市長選の選挙戦も終盤を迎えたマムダニは、私たちがみな素晴らしい人生を送る権利を持っていることを強調し続けた。投票日の数日前、彼は深夜過ぎまでクィアのナイトクラブで踊った。「苦労ばかりが多いこの街では、喜びの空間を持つことがとても大切」とマムダニはパーティー参加者たちに語った。

今日、「マノスフィア[男社会]」と呼ばれる右派のインフルエンサーによるインターネットのサブカルチャーは若い男性たちに,ニューヨークのような物価の高い都市を離れ、倉庫労働者の賃金で小さな家を借り、最終的には購入できるような田舎町に移住するよう促している。こうしたアドバイスが見落としているのは -- そしてマムダニが認めているのは -- ニューヨークのような場所は素晴らしいものであり、そこを素晴らしい場所にした人はすべてそこに暮らすに値するということだ。

もし4年後、ニューヨーク市の若者たちが反都市的な男社会の根底にある絶望感をいまだに感じているとしたら、マムダニは自身の市長職を失敗と見なすだろう。なぜなら、マムダニのニューヨークへの愛は非の打ちどころがないだけでなく、人から人への感染するほどだからだ。彼は誰もがブルックリン橋を渡り、スタテンアイランド・フェリーに乗り、ニックス[*16]を応援し、ワールドカップを心待ちにし、ウェスト・インディアン・デー・パレード[*17]で一日中、ブッシュウィック[*18]のゲイバーで夜通し踊ることを望んでいる。そして、市長選期間中、彼はまさにそのすべてを実践した。

[*16] マンハッタン区に本拠を置く全米プロバスケットボール協会(NBA)のチーム。
[*17] ブルックリン区で開かれる世界最大規模のカリブ系移民のフェスティバル。
[*18] ブルックリン区の元工場地帯。今は芸術家が集まる人気エリアへと変貌し、ストリートアートやアートフェアで有名。

マムダニは初日から、自らの物質主義的な政策はすべての人を対象としていることを明確に示した。彼は市政が移民やトランスジェンダーのニューヨーク市民を守るために立ち上がると強調しただけでなく、一貫してこうしたコミュニティを称賛し、新移民やドラッグクイーン、あらゆる人種・国籍の人びとを許容するだけでなく高く評価すべきだということを明確にした。実際、彼らこそがニューヨーク市を偉大にする鍵なのだ。

マムダニの選挙運動は、誰もが愛・自由時間・遊び・スポーツなどすべてを享受するに値すると主張した。マムダニは、あなたたちは人生を楽しむに値すると強調しただけでなく、政治そのものを楽しいものにした。彼の心を揺さぶる動画や楽しい公開イベントは、選挙運動をフォローする人びとを満喫させた。

マムダニはあなたたちが隣近所の人びとと話し合うことを望んでいる

マムダニは、2020年にニューヨーク州議会議員選挙に初めて立候補した時、雨の夜、アストリアで私と一緒に戸別訪問をすることを許可してくれた。興奮して対応した有権者もいたし、彼の取り組みにただ心打たれたという人、思わず感激した人もいた。その意味では、他の戸別訪問と何ら変わらなかった。感情の少ない女性がマムダニの訴えを聞き入れ、その後、彼への投票に同意したのを覚えている。彼女は肩をすくめながら、「まあ、雨の中を歩き回るなら…」と説明した。

5年後、約10万人のニューヨーク市民も戸別訪問を行い、アメリカで何か良いことが起こるのを切望した。彼を取り巻くメディア現象にもかかわらず、これこそがマムダニ勝利の秘訣だった。ついにコミュニティとして共に立ち上がり、自分たちの街を取り戻したいというニューヨーク市民たちの願望である。勝利パーティーでは、マムダニの現場責任者が壇上に招かれてスピーチした。キャンペーンのボランティアと彼らを組織した人びとがこの勝利をすべて担ったという明確なメッセージだった。マムダニが最近、ザ・デイリー・ショー[*19]でジョン・スチュワートに語ったように「政治は持つものではなく、行うもの」。これは今日の民主主義的社会主義者やトランプに抵抗する者たちのスローガンであると同時に、家にこもってソーシャルメディアで政治的な嘆きを投稿しがちな人びとへの暗黙の叱責でもある。

[*19] コメディ専門チャンネルで放送されている政治風刺ニュース風のテレビ番組。

マムダニと彼の運動は、ニューヨーク市の労働者世帯を見つめ、「あなたたちはもっと良い生活を送るに値する。こんなふうである必要などない」と訴えた。左派政治の課題は、人びとに私たちのビジョンを受け入れてもらうことではなく -- もちろん、ほとんどの人は受け入れるだろう -- 、そのビジョンが実現可能だと信じてもらうことだ。ゾーランとニューヨーク市DSA、10万人のボランティアが人びとに、それは可能だと確信させたのである。

[写真キャプション] マムダニ市長選運動には10万人以上のボランティアが参加し、ニューヨーク市の有権者100万人以上を戸別訪問。市史上最大規模の選挙活動となった。

[写真キャプション] ゾーランがニューヨーク市のために主催した数多くのイベントの一つに、10月中旬に開かれた「生活費クラシック」がある。市全体のサッカートーナメントで、真の「目標」は「暮らしやすさ」。コニーアイランドのマイモニデス・パークには1500人が集まり、その数は8月にゾーラン陣営が主催した宝探しゲームに匹敵するほどだった。

[写真キャプション] マムダニが選挙運動の中心的優先事項として「暮らしやすさ」に揺るぎない焦点を当てたことで、この問題は全国的な議論の的となった。

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