大正妖恋奇譚 14話

14話 見えない男

 土曜日。
 夕方近くになり、私は昴さんに連れられて街を歩いていた。
 仕事、と言っていたけれど、どんな仕事なんだろうか。

「あ、あの、今日はどちらに行くんですか?」

「加賀子爵の家」

 誰かはしらないけど、華族ってことはわかる。

「そこの家の娘が、家族に男を紹介してきたらしい。娘の行動から、そこに誰かいるのは確かなんだろうけど、家族も使用人も、その男を見ることができなかったと」

「……え、それってどういう……」

 私が尋ねると、昴さんは肩をすくめた。

「さあ。人じゃないのは確かだろうね。心配した加賀子爵から相談されて、それでこの間話を聞きに行ったんだけど、毎週土曜日の夜に、その男は娘のところを訪れているらしい」

「あ、それで土曜日に……」

「そう。正体を突き止めてほしいと。僕としては、人の目に映らないあやかしなんて放っておけばいいと思うけど、そうもいかないらしい」

「いや……見えないって怖くないですかね……?」

 見えない相手を紹介された家族は、さぞ驚いただろうな……
 私の言葉に、昴さんは首を傾げた。

「見えない相手ならなにもしてこないよ。それなのに怖いの?」

「み、見えないから怖いんですよ。だって何されるかわからないし……」

「見えない相手はなにもしてこないよ。そんな力ないから」

「そ、そうなんですか?」

「そう、だから僕は放っておけばいいと言ったんだけど、そうもいかないらしいから、今日行くことにしたんだ」

 普通の人はそう思うよね。
 どうも昴さんは私たちと感覚がずれている。

「それで私を連れて行くのは……」

「僕は女の子の扱いなんてわからないから、向こうの娘さんと顔を合わせた時のためにね」

 そういうことか……でも、私、華族のお嬢さんの扱いなんてわからないけどな……
 そう思いつつ、夕暮れの通りを歩いて行く。
 すれ違う人の顔も見えにくい時間。
 なんだっけ、たそがれ時っていうんだっけ。
 でも、おっかあは別の呼び方していたな。
 確か……逢魔が時。この世ならざる者に遭遇する時間。
 そう言えば、この時間に外に出ちゃ駄目だっておっかあに言われた気がする。
 あやかしが現れて攫われてしまうからと。
 昔はそういうあやかしの話が怖かった。でも成長するにつれてそんな話は忘れてしまって、日々の生活に追われるようになっていた。
 そして今、私は子供の頃に聞いた昔話に出てくる存在と接している。
 なんだか不思議な気分だ。
 皆昔話だと思っていた鬼だとかあやかしが、実在するなんて。
 
 目的の場所に着いた頃には日が暮れて、街灯が淡い光を放っていた。
 静かな住宅街の一画に、その屋敷はあった。
 昴さんの屋敷よりも大きい、かな。
 洋風と和風を合わせたようなそのお屋敷は、塀に囲まれている。
 裏門が見える場所に立ち、昴さんは懐中時計を見て言った。

「日が暮れると現れるらしいから、もうすぐ来るんじゃないかな」

「その人、ふつうの人には見えないんですよね? 私も見えないんじゃぁ……」

 その問いに昴さんは何も答えず、視線を巡らせる。

「あぁ、あれだ」

 と言い、昴さんは通りの向こうを見つめた。
 言われて私もそちらに視線を向ける。
 若い、スーツ姿の男がこちらに向かってくるのが見える。
 綺麗な顔立ちの、二十歳前後と思われる男性だ。
 他に人影はないから、あれが例のお嬢さんに会いに来ると言う男性だろうか?

「って……え?」

 私には、はっきりとその男が見えた。
 男は足取り軽くこちらに歩いてくる。

「あ、あの……」

「何」

「向こうから来る、黒いスーツの男性……」

「うん、歩いてくるね」

「あの人が、見えないっていう人なんですか?」

「そうだよ」

 やっぱりそうなんだ。
 でも、私に見えるの何で……?

「君にも見えるんだ」

「は、はい……何ででしょう……?」

「さあ。それはともかく、お嬢さんに会う前に止めないとだから行こうか」

 と言い、昴さんは男の方へと歩き始めた。
 私も慌ててその後を追いかける。
 昴さんは男の前に立つと、男は驚いた顔をして立ち止まり、昴さんを指差して言った。

「え、あ……ま、まさか……」

「君が、加賀子爵のお嬢さんの元に通っている男だよね」

 淡々と昴さんが告げると、男は口をパクパクさせる。

「う、あ……あ、あの……」

「別に、祓おうってわけじゃないよ。ただ話を聞きたいだけだから。見ただけで君の正体なんてわかるからね。なんで人間の娘になんか会いに来てるの?」
 
 そう昴さんが問いかけると、男はだらだらと汗を流し始める。
 正体、わかるんだ……
 何ものなんだろう、この男。
 
「とりあえず、尻尾、見えてるよ」

 その昴さんの言葉で私も気が付いた。
 男の背後から、茶色で先端の黒い尻尾が見えている。
 あれ……あの尻尾は……もしかして狸?
 男が驚いた様子で後ろに手をやったとき、塀の向こうから声が響いた。

「ねえ、来てるの?」

 若い女性の声だ。もしかして、噂の子爵のお嬢さんだろうか。
 その声に驚いた男は、目を丸くして来た方へと振り返り走り出す。すると昴さんは何か唱え、男の方に手を向けると、男はその場に転んでしまった。
 それを見て、私は思わず走り出す。

「だ、大丈夫ですか……?」

 そう声をかけたとき、転んだ男から、ぽん、と音が聞こえ煙が包み込んだ。
 そして、その煙が消えたときそこに男の姿はなくて、変わりに一匹の狸がうずくまっていた。

次話 大正妖恋奇譚 15話

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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