いっしょに歩こう
東京は雷が鳴っている。雨が降っているわけでもないのに、ピシャーンピシャーンとけたたましい音が鳴り響いている。
アプリの天気予報を開くと、15分後くらいから雨が降るらしい。たまにある雷が先行する現象はなんなのだろう。
今日から1週間先までの天気も見事に雨マークがならんでいて、ちょっとどんよりとした気分になる。でも時間単位でよくよく見てみると、朝方や深夜にちょっと降る程度だとか、マークとしては晴れのち曇りだけど、降水確率が若干あるよ、くらいの雨らしい。
そういえば今年の梅雨は眠っている時間帯か、朝早くの時間帯の雨が多くて案外日中の天気はもった気がするなあ。空気を読める梅雨というのもあるらしい。
ここ数日、和歌山県へ旅行に行っていた。旦那が無事に転職活動を終えたので、残りの有給期間を優雅に使っちゃおうぜ企画ということで連れて行ってくれたのだ。
旦那と私の旅行スタイルには若干異なるところがある。
あんまりギチギチに予定を入れないで、気分で動けるゆとりを持っておきたいという部分は完全に一致している。しかし、比重を置くポイントが若干異なるのだ。
私は、宿にあまりこだわりがない。大学時代にひとり旅を嗜んでいたころは、たいていゲストハウスとか素泊まりに泊まっていた。
広島のゲストハウスに泊まった時は、オーナーも呼んでその時泊まっていた全員で人狼ゲームに興じたり、年の近い宿泊者とコンビニまで深夜散歩をしてほっつき歩いた。
ベルリンに行ったときは、二段ベッドの上の階がスコットランドからの留学生だった。「家を借りるより素泊まりに泊まり続けるほうが安いのよ」と言っていたことに驚き、朝食のカフェで同席したノルウェー人からノルウェー語を教えてもらった。なおもうなにも覚えていない。
そんなふうに、観光者として楽しむより「この地域に元から住んでますよ」くらいの顔をして、その地で出会った人と遊ぶように過ごすのが好きだったのだ。
それから、国内旅行となれば目的地のほとんどが寺社仏閣か景勝地である。高校生の時から集めはじめた御朱印帳も、2冊目を順調に埋めている最中だ。
企業戦士時代にようやくとれた休みも、三重県でのお伊勢参りに全投下した。外宮から内宮までを徒歩で巡って、その日の歩数は3万3千歩という記録をたたき出し、足を棒にした。
一方、旦那は旅の主目的が宿にある。旅に求めていることが普段と違う暮らしというよりは、普段と違う休息にあるのかもしれない。
だから毎回、旅先の宿は旦那が選ぶ。そして私にとっては目ん玉が飛び出そうなぐらいいいお宿を選ぶ。今回の和歌山旅行も、それはそれは良いお宿に泊まらせてもらった。
おもしろいのが、宿以外にはそんなに頓着がないということである。だから、宿泊中にどこを回るかの選択権のほとんどが私によこされる。
するとどうなるか。当然のように山道やら長距離を歩かされるのである。
旦那にとってはゆっくり休むための旅行のはずなのに、行き先を妻にまかせると普段でさえしないような運動会を強いられるのだ。休息とは。
そういうわけで、今回の和歌山旅行も、もちろん歩いた。和歌山といえば熊野古道である。
世界遺産に登録されている道ということもあって、近年では那智の滝まで車で登れるように整備されているようだが、そうは問屋が卸さない。
当然のように那智大社まで車で行くつもりだった旦那 vs 当然のように熊野古道を歩くつもりだった妻の開幕である。
とはいえ、最終的にはいつだって旦那が折れてくれる。
そうして此度も、大門坂から那智大社までの1時間坂道耐久が開催されたのであった。

気温にして、34度。天気は叫びたくなるような快晴。
たまに休憩をとりながら、杉の木に囲まれた石畳の道を、ひたすら歩く。
こういうときは、足元だけを見続けるほうが疲れない。世界遺産の石畳を眺めて続けていると思えば、価値は十分にあるだろう。

駐車場で借りた竹棒を、杖がわりに握りしめる。カツーン、カツーンと竹が石畳をつつく音が、杉林の奥に吸い込まれていく。
坂を上るほどに太陽に近づいているのに、体感はどんどん涼しくなってくるのはなんでだろう、そんな疑問が頭に浮かんでは消え去っていく。
目の前を歩いている人のセットアップの洋服が、上と下とでどんどん色が変わってきた。水をがぶ飲みしたって、お手洗いに行きたくなるようなことはない。全部額か脇から流れ出るからだ。
それでも45分も登り続ければ、ようやく那智大社の鳥居が見えてきた。
境内の展望台から見える山々は、驚くほどに青色だった。
近くにいれば緑色にしか見えない木々も、遠く眺めれば本当に青く映る。なんて美しいのだろう。

毎回、この景色を眺めると疲れが吹っ飛んでしまう。
……私は。
となりの旦那をみたら、登る前とは別人のようにもうぺっしょぺしょであった。宿でののんびりタイムを目当てに旅行に来た人とは思えないぺしょぺしょぶりである。
「私と結婚するとはこういうことだよ」と言ったら「覚悟の上です」と返ってきた。なかなか腹の決まった青年だなとか思う。
そして登ってきたということは、またくだりがあるのである。登り始めた頃には旦那の背中にあった水入りリュックは、気が付けば私の背中にあった。
普段のお出かけでは私のバッグだって取り上げるような旦那が、信念をまげて荷物を任せるほど疲れたらしい。そして妻はと言えば、普段の虚弱体質が嘘のように元気。荷物くらいどんとこいである。
そうしてふたりで黙々と、今度はのぼりの半分くらいの時間で石畳を下っていった。
その日の宿についたら、旦那は真っ先に部屋の温泉へ向かっていった。汗と疲れが湯の中に溶けだして、ついでに旦那まで溶けてしまうのではないかと思ったが、どうにか人のかたちを保ったまま庭でくつろいでいる。
部屋付きの温泉というだけでも贅沢なのに、そこから一歩外に出れば目隠しの壁に囲まれた小さい庭で外気浴まで楽しめる。こんな贅沢な宿、私ひとりだったら選ばないまま生きていただろうな。
湯船を堪能したあとは、やっぱり目ん玉が飛び出そうなぐらい美味しい夕食を頂いて、普段の夜更かしが嘘みたいに泥のように眠った。
二日目はさすがに山登りはしなかったけれど、やっぱりとんでもなく良い宿が用意されていた。
旦那は私と結婚したことで山を登る覚悟を決めなきゃいけなかったのに、私は旦那と結婚したことでとんでもなく豪華な宿に泊まる覚悟を決めるだけで良いなんて、ちょっとバランスがとれていないかもしれない。
それでも私と歩く景色が、いつか旦那にとって「人生の中であって良かった」と思える景色になってくれたら嬉しい。山もあるし坂もあるけど、たまには私も荷物を背負うし、疲れたら一緒に休憩したらいい。
こうして2泊3日の和歌山の旅は、全日快晴と筋肉痛で終わった。それなのに東京ときたら雨である。
いい加減梅雨明けろよ、と思って調べたら20日には明けていたらしい。詐欺じゃん!
それでももう1週間もしたら、熊野古道の夏空が私たちの頭上に追いついてくるのだ。そう思ったら、いましばらくの雨くらいは大目に見てやっても良いかもしれない。
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