ヴィーガンとの出会い/ワーホリの決意
これまで私の霊的な体質について、その次の記事ではフランスの元婚約者について書いてきました。
今回は、ヴィーガンとの出会いから東京で働いた経緯を書いていきます!
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婚約していたフランス人は、ナチュロパス(自然療法医)という西洋医学である薬を使わずに、体質改善をして癌などの大病を治す医者だった。
私は昔から脂っこいものや乳製品を食べると胃もたれしたり、肌のトラブルを起こしていた。
その原因が肉、乳製品、小麦によって起こってることを彼が教えてくれた。
それらを抜くことで、肌は整うし、片頭痛もなくなったし、何より感情の起伏がなくなった。
PMSが特にひどく、気分の浮き沈みが激しく別人格になるほどだったのに、そんなことは一切なくなった。
そこから「ヴィーガン」に興味を持ち始めた。
海外に比べると日本ではあまり広まってないため、ヴィーガンを広めたいと思うようになった。
当時、私はたまに海鮮も卵も食べるし、ヴィーガンではなかったけど、食べても重くならないヴィーガンが好きだった。
私は婚約破棄するまで、医療事務や大学病院の秘書をしていたが、本当にやりたい仕事じゃなかった。
だから今度は、ヴィーガンに関わる仕事をしたいと思った。
地元に奇跡的にヴィーガンのハイクラスなレストランがあったため、そこで働きながら、リモートで東京にあるヴィーガンのコンサルタント会社にインターンとして入社した。
東京で働いてみたい気持ちもあったから、たまにEXPO出店の手伝いで東京出張できたのは嬉しかった(インターンは2ヶ月くらいだったけど)。
そんな日々を続けながら、私は禅の考え方に惹かれていた。
それまで持っていたこだわり、されて嫌だったこととか、「これが自分」と認識してること全て、一つ一つ見つけては捨てていた。
そういうものが重荷になって、やりたいことができなくなるのが嫌だった。
あくまで魂がこの人生でやりたいことを、私はただやり遂げたかったから。
1日1日、ゼロになるように見つけては捨ててを繰り返していた。
禅の考え方は、そんな私にたくさんのヒントをくれた(ただXでbotをフォローして見てただけです笑)。
そして私は、東京で働く決意をする。
やっぱり英語をペラペラに話せるようになりたい夢は捨てられなかった。
いまだに不動の一番である地元のヴィーガンレストランを辞め、東京の外資系ホテルのレストランに勤務することにした。
すでに簡単な英語なら話せていたため、ゲストのほとんどが外国人であっても問題なく働けた。
そんな中、たまたま同じマンションの隣人と仲良くなり、カジュアルな交際をする。
その人は本気で人生を生きていた。
やりたくもないって言いながらスキンヘッドにしたり、タイにムエタイ習いに行ったりするその人を見て、私は感銘を受けた。
私の地毛は他の人より明るくて栗色だった。
よく褒められてたし気に入ってたから、髪は染めないと決めていた。
でも本当は真っ白にしてみたかった。
その人を見て、「染めない」をやめた。
3回もブリーチして、髪を真っ白にした。
私はまだワーホリに行きたい気持ちを捨てきれずにいた。
すぐにオーストラリアのワーホリのビザを取った。
だから私は今シドニーにいる、そして彼に出会えた。
その人と過ごした時間は長くはないけど、きっかけをくれて感謝してる。
続きます👀
