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「キャッツ」が大好きだ|わたしの偏愛

私は劇団四季のミュージカル「キャッツ」が好きだ。

一度のロングラン公演で何十回と観に行くスーパーファンの方々と比べると、私はみじんこみたいな回数しか観てないが、このnoteでは私の視点でキャッツ愛を語ります〜!


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★このnoteは「偏愛を語ろう」というテーマのコンテストに参加して書きました!超たのしい企画をありがとうございます〜!



わたしとキャッツ

人生で初めてキャッツを観たのは、小学生頃。名古屋公演だと思い込んでいたけれど、うっすら新幹線に乗った記憶が蘇ったので、東京公演だったかもしない。

当時私はモダンバレエに明け暮れる日々を送っていて、バレエのレッスン時にとても上手い高校生のお姉さんがいつも着ていたのが、キャッツTシャツだった。人数の多い教室だったのでお話しできる機会などはなく、いつもキャッツTシャツで踊るお姉さんに憧れていたなぁ〜!

初めてのキャッツ。席は上手側のおそらく15、6列目辺り。キャッツの名曲「メモリー」を歌うグリザベラという猫の、妖艶さと圧倒的歌唱力というか圧に、ただただ圧倒され、とてもとても、大きな姿で、少し怖くすら思ったことだけは、今でもよく覚えてる。

↑グリザベラ(劇団四季キャッツ公式サイトより)


次の観劇は、2022年の名古屋公演。
もちろん小学生以来。
なんと名古屋では『21年ぶり』の上演!
間、空きすぎだろ〜〜!!!

浮かれるわたし

(キャッツは一定期間専用劇場でロングラン公演を行い、また次の地域へ移っていくスタイルなので、10年以上期間が空くことはザラにあるとこの時初めて知った。)

「え。もしまた同じように20年空いたら、次の名古屋の時、私は還暦近いってこと?!こりゃやべーぜ…!」と思い、岐阜県民の私は3度足を運びます。

「キャッツはやっぱりいいミュージカルだ〜!」

と、ここで終われたら良かったのです。

が。

名古屋後は、静岡(2024年7月〜9月)、広島(2024年11月〜2025年2月)、仙台(2025年5月〜8月)の3都市を巡るロングラン公演が発表されており、「広島と仙台はさすがに遠いからな…」と、まだ車で行ける距離の静岡公演へ。

この時初めて、9列目の席で観たんです。
もうね、なんだか別のものを観てるような感覚で…!舞台の猫たちがどこを見てるのかって視線だとか、歌そのものの響きや圧とか、息づかいとか、自分の視線と舞台が同じくらいの位置なのでキャストの皆さんが大きく見えるというか、ダンスの迫力もすんごく感じて。

どハマり。

静岡。始まる前のみ撮影OK


帰り際、スタッフの方に思わず「何度も観てるんですが今日本当に素晴らしかったです…いやいつも素晴らしいんですが特に感激しました、ありがとうございました。」と思わず述べて出てしまったほど。ぶん殴られた気分で高揚しながら、車で3時間、ずっとキャッツの曲を聞きながら帰宅した。

「生の圧」を受けていなければ、こんなにハマることはなかったかもしれません。結局静岡には3回、仙台は4日連続観劇。毎回開始2分で不思議と涙が出てくる。ありがとうキャッツ…!

期間中は、街のあちこちがCatsに染まるのも好き!
商店街のアーケードにも
泊まったホテルにも
会場近くのドトールも!


どハマり以降、今もほぼ毎日、
キャッツの全曲を聞いております。

ちなみに現在、国内では上演がありません!


劇団四季ミュージカル『キャッツ』とは


一言で説明すると
いろんな猫が歌って踊りまくるミュージカル!

都会のゴミ捨て場を舞台に、個性豊かな猫たちが歌とダンスで自身の人生を語り、再生を願う「ジェリクル舞踏会」の夜がテーマです。

原作は、イギリスの詩人T・S・エリオット(20世紀最大の詩人といわれノーベル文学賞受賞)が1939年に発表した『ポッサムおじさんの猫とつき合う法』という詩集で、曲は作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバー。(ビートルズに続いて”音楽で世界を征服した英国人”といわれている)

1981年5月11日、ロンドンにて初演。これまでに世界累計8000万人以上が観劇し、世界30ヵ国以上で上演されている20世紀を代表する作品のひとつです。ロンドンではなんと21年間にわたる超ロングラン公演がなされました。

日本では、劇団四季が1983年から上演していて、何度か演出や振付、曲目の改変を経て現在の形に。通算公演回数は11714回、総観客動員数は1140万人!すごい!
(ちなみに一位は劇団四季のライオンキング)

私は一人で観に行くことが多いんだけど、仙台公演では2日連続で隣の席が同じ人だったり、ご年配の男性でも「Cats」Tシャツを着て一人で観ておられたり。あぁきっとバレエやってるんだろなぁってお団子姿の女の子だとか、10年ぶりね…!とお話されてる声が聞こえてきたり。

自分が生まれる前に始まったミュージカルは
いろんな世代の方々がいつも愛してきて、こうして続いてるんだなぁ〜!って、いつも嬉しくなっちゃいます。

そんなところも好きです。



主人公のいないミュージカル

私がキャッツを好きな理由のひとつがこれ。
キャッツって、ちょっと変わったミュージカルなんですよ。

①分かりやすいストーリーがない
②分かりやすい主役がいない
③セリフというセリフがほぼない

これはミュージカルとしてかなり稀だと思う。

「コンセプトミュージカル」という、ストーリーよりもテーマや概念を前面に出す作品のジャンルがあって、キャッツはこれに分類されるんだけど、その中でもかなりいい意味で変わってると思う…!


ミュージカルって、
普通は「セリフと歌と踊り」で構成されてて、

セリフで物語が進み、感情が高まりすぎて言葉では足りなくなったとき歌になって、さらに高まるとダンスになる。

セリフ→歌→ダンス

の順に感情の温度が上がっていくのが通常のセオリーで、歌やダンスは「感情のオーバーフロー」として存在している、って構図。

が、CATSは最初からセオリーを捨てている!
感情が高まって歌になるのではなく、最初からフルスロット!!ずっと歌って踊ってるんで。
幕が開いてから閉じるまで沸騰してる状態。

たまらん…!
ほんとたまらん…!

↑2曲目(劇団四季キャッツ公式サイトより)


登場するのは、27匹の猫だけで
(厳密にはゴキブリとか犬も出てくる)

5分から10分程度
猫が自分の人生を歌って踊る。
これがひたすら繰り返されて終わる。

分かりやすく言うと、超短い短編ドラマみたいな感じなのかなー。で、短編ドラマに共通するのは「猫です」ってことだけ、みたいな。

たいていのどんな演劇でもドラマでもアニメでもミュージカルでも「物語」があるし、それが「普通」って思ってるから、キャッツを初めて観ると混乱したり、意味わからなすぎて眠くなっちゃうって声をちらほら聞く。

ライオンキングだったらシンバが王になる物語だし、オペラ怪人はファントムの狂気的な愛と悲劇の物語だ。また他の劇団四季のミュージカルにはアンサンブルという役割の、要は主役以外のコーラス・ダンス・群衆シーンなどを担う出演者さんたちが出てくるのだが、キャッツにはそれがない。

(ちなみにライオンキングには草を演じる人たちがいて私はそのシーンが大好き!ライオンキング、毎回ちょっと飽きて寝ちゃうけどね。)

草。好き!衣装もすてきなんだよ〜〜

話がやや逸れてしまった。

だからあれだ。
キャッツは、ミュージカルというより
『ショー』として観ると楽しいかもしれない。


私は、初めて観る人と行く時は必ず
「ストーリーはないから!ストーリーを解釈しようと見ちゃうと多分つまんないからね!ないから!!人間ってこんなに踊れるんだ〜とか歌うま〜とか猫や〜!とか、そういう感じで見るのがおすすめ!!」と伝えている。

理屈で物語を追うのではなく、音楽とダンス、躍動感や生の迫力をダイレクトに浴びる体験をおもいっきりするのだ。

なんと贅沢なんだ…!

キャッツにはおそらく「考えるな、感じろ」という演出意図が明確にあって、没入感を優先させている。と個人的には思っている。

ミュージカルの最中、席に猫が降りてきたり、あちこちから突然登場するし、劇場内のセットは巨大なゴミのオブジェが舞台だけでなく客席まで埋め尽くされている。セットは猫の目線で作られていて、例えば空き缶や靴などは通常の3〜5倍の大きさ。一歩会場に足を踏み入れると、「わ〜猫の世界に迷い込んだんだ…!」と、一瞬で思わせてくれる。

ゴミのセットの中には、「ご当地ゴミ」と呼ばれるものも散りばめられていて、例えば仙台なら↑の写真にある「こけし」とか牛たん弁当やずんだシェイクがあったり、名古屋は金のシャチホコ、スガキヤの袋、名古屋グランパスのキャップなどがあったりした。遊び心よ!すてきだ!!



いくつか、大好きな曲や場面を紹介したい。
「偏愛」なんで。

①スキンブルシャンスク-鉄道猫

劇団四季キャッツ公式サイトより

鉄道を愛し、寝台列車に乗り込んで乗客のために骨身を惜しまず働く気のいい雄猫。黄に茶色のしま模様の毛並み。誰に頼まれたわけではないけれど、仕事には誇りを持っている。

キャッツの中でも人気の高い、超明るいミュージックナンバー!はい毎回号泣ナンバーワン曲です。自分の役割に誇りを持ち、好きなことを『好きだ!』と高らかに歌う姿にいつも心撃ち抜かれる。
(1983年の日本初演にこの役を演じたのは、現在俳優として活躍する市村正親さんだったりする)

②ガスにそっと手を添えるジェリーロラム

劇団四季キャッツ公式サイトより

この猫はアスパラガス(通称ガス)という名で、右後ろに写ってるのがジェリーロラムです。
かつて劇場で活躍した名優の老猫であるガスが、過去の栄光を懐かしみながら、劇中劇で海賊猫グロールタイガーのエピソードを語る(演じる)シーンが終わった後。次の曲への暗転前、ジェリーロラムがそっとガスの背中に体重を傾ける場面があるんですよ。ここがね、大好きですね。愛!愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛愛!愛!

③ジェリクルソング&ジェリクル舞踏会

劇団四季キャッツ公式サイトより

この2曲は、グリザベラを除く全猫たち歌い踊りまくるナンバー。人間の身体表現、すばらしい…すばらしすぎる…!!!生への賞賛歌!!!ビシバシと感じるわけです。私はキャッツは、たとえ端っこだろうと、一列でもとにかく前で観るのが醍醐味だと思っていて、それはやっぱり受けるエネルギーというか圧がぜんっぜん違うんですよ。呼吸が見えるんでね。圧巻のこの2曲は特に。大抵、圧倒されて放心してしまう。もう、汗飛んでこないかな〜とすら思っている。こないけど。

キャッツは、劇団四季の中でも特に、歌もダンスも精鋭がキャスティングされる傾向がかなり強い(当たり前か)。個のキャラクターも強く、演じるキャストさんによって、観る度に同じ猫でも印象が異なるのもおもしろさのひとつ!

私は、吉田絢香さんいうキャストに惚れているんだが、仙台ではお目にかかることができなかった。劇団四季が掲げる理念のひとつに、『作品至上主義』があり、どの公演にどのキャストが出演するのかは、毎週月曜日の午前10時に1週間分が公開される。直前に変更になることもしばしある。俳優ではなく「作品」そのものを魅せてくる。「いつ、誰が出ても感動を届ける」という劇団四季の自信の表れだ。トップスター制度がないことは、キャッツそのもののテーマと共通するなぁと思う。


勇敢で兄貴肌な猫がいる。
働き者の猫がいる。
かつて栄光を持ち、今は老いた猫がいる。
自由奔放に生きる猫がいる。
お色気たっぷりな猫がいる。
グルメでリッチな猫がいる。

どの猫も、個性的で、どの猫も、愛おしい。
誰一人、同じ生き方をしていない。

視線をどこに向けるかも自分に委ねられている。自分が何を受け取るか?は、その時その時の自分次第で、自分に問われている。

キャッツって、つまりは私たちだ。



長い文章にお付き合いいただいている方、
ありがとうございます。まだ続きます。



変わることないポスター


もうひとつ、どうしてもどうしても語りたいのが、キャッツのポスターのこと。このビジュアルが私を虜にしたと言ってもいいくらい、大きな存在だ。
かっこよすぎる!!!完璧じゃないですかこれは!!!!ねぇ??!!!

V&A博物館(ヴィクトリア&アルバート博物館)WEBより
V&Aが「20世紀のアイコニックなポスターのひとつ」として所蔵している


↑の画像は1981年5月11日ロンドンでの初公演時のもので、制作はロンドンの広告代理店Dewynters社。

ポスターが視覚的に提示している要素は、黄色の瞳、全面を覆う黒、そして手書きに近いフォントで書かれた「CATS」という文字の3つだけ。それだけで作品の世界感をこれでもか!!!!!と表している。

デザインの優劣をみる指標の一つに、情報密度と視覚的シンプルさの比率がある。(と思う)少ない要素でどれだけ多くの意味を運べるか。最初からおそらく「広告」を作るつもりがなかったのではないだろうか。

このポスターが作られた時代、ミュージカルのポスターは俳優の顔写真や舞台シーンをどでーんと使うのが主流だったそうで、相当な賭けだったのではないか?と思う。


あ、書いているのは基本勝手な考察です。

CATSのロゴタイプもおもしろい。

C A T S

どの文字も、形がいびつだ。
例えばTやSの端は、しっぽのようにも見えるし、Cのカーブ部分は背のようにも見えたりする。気まぐれで、規則に従わず、ひょいと動いている感じ、文字自体が猫のように振る舞っているみたいだ!

C→A→T→Sと右上がりに小さくなる構図も、「動きの方向性」を作っている。左下から右上へのベクトルが生まれることで、ロゴ自体が静止せず、どこかへ向かっている印象になっている。躍動感を感じるし、あるいは上昇するような印象、ね。


パッと見、
ポスターを「黒猫」だと思う人もいると思う。私も最初はそうだった。

けれど、実はキャッツに「黒猫」は登場しない。

公式ホームページには、キャッツのストーリーはこう紹介されている。

満月が青白く輝く夜、街の片隅のゴミ捨て場。
たくさんのジェリクルキャッツが、年に一度開かれる"ジェリクル舞踏会"に参加するため集まってきます。

人間に飼い馴らされることを拒否して、逆境に負けずしたたかに生き抜き、自らの人生を謳歌する強い心と無限の個性、行動力を持つ猫、それがジェリクルキャッツ。

そして今宵は、長老猫が最も純粋なジェリクルキャッツを選ぶ特別な舞踏会。
再生を許され、新しいジェリクルの命を得るのは誰か。
夜を徹して歌い踊る猫たち。

やがて夜明けが近づき、ナイフで切ってしまえそうな静寂に向かって、
天上に上り、新しい人生を生きることを許されるただ一匹の猫の名前が、宣言されます。

その猫とは・・・。

つまりポスターの黒は、「夜そのもの」だろう。

ゴミ捨て場の夜、舞踏会が始まる直前の張り詰めた空気、満月の前に広がる闇。猫たちが存在する空間を『黒』が表現している。もしくはこれは、Catsの世界が始まる前の、私たち観客の状態かもしれない。


そして、目。
かっこよ〜〜〜〜〜〜かっこよぉおおおおお!!!!!!
おおおおおおおおお!!!!!!!

まっすぐにこちらを見つめる両目の瞳孔部は、ダンサーのシルエットで表現されている。映り込んでいる、って方が正しいのか?

V&A博物館の解説文には、「暗闇の中から覗く瞳の神秘性と、そこに映り込んだダンサーたちが、劇場で(観客が)体験することをほのめかしている。」と書かれていた。

このシルエットは
2つの意味を持って伝えている。

1つは瞳孔
猫の目として成立させる機能的な要素

2つめはダンサー
作品の中身を伝える情報的な要素


すばらしいっすね。

と、同時に私はやはり、キャッツは私たちそれぞれの物語でもあると解釈しているから、ポスターをこちらから見ている私たちがすでに猫の目の中にいて、見に来たつもりが、最初からジェリクルの世界の住人なんだぞ、って宣言が、目の中にあるように思う。

街でポスターを目にした瞬間、すでに舞踏会は始まっている。劇場に入る前から、客席で暗転を待つ前から、私たち観客はジェリクルの夜の中に存在している。って、勝手に思っている。

ネタバレになるが、ミュージカルは、暗転した劇場の中、無数の猫の目が闇の中に光るシーンから始まる。ポスターは「第一幕」そのものでも、きっとある。

くわ〜〜〜〜すきだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



ただの雑学ネタだが、キャッツは元々、『Practical Cats 』というタイトルだったそうだ。が、あまりにこのポスターがすばらしく、タイトルを『CATS』に変更したらしい。例えるなら、ネコ型ロボット・ドラえもんで進んでいたけど、公開直前に、いやこれ見たら分かるやろ!ドラえもんにしよ!!みたいな?


またこのポスターは、ミュージカル史上初めて「マーケティング」されたロゴだとも言われ、ミュージカル史上最高のポスターの1つと評されている。

重複するが、それまでのミュージカルの広告には、主役俳優の顔写真、舞台の豪華な場面写真、有名批評家の絶賛コメントが並んでて「まじこんなに素晴らしい舞台なんですわ〜〜〜みなさん〜〜〜!」って感じに、「見る理由」を説明したものだったそうだ。

Dewynters社はその常識を作り変え、”猫の目”を『顔』として採用することで、ミュージカルそのものを主役としてブランディングした。

マーケティング会社の記事内で、研究者John F. Snelsonは『ポスターは、ショーの内容を伝えることから、ショーがどのようなものかを私たちに伝えることへと変化した』と述べており、CATSはその転換点の代表例として語られている。 Mobius Industries

またV&AのキュレーターJane Pritchardも『このポスターの何がいいかというと——猫についての作品だとわかる、目の中のイメージでダンスについての作品だとわかる、情報を詰め込みすぎていない、そしてバスの車体や地下鉄のエスカレーターで通り過ぎながら見ても機能する。エスカレーターで一瞬見ただけで気になってしまったら、それはもう成功だ』とコメントしている。

「猫の目」というイメージを世界中に刷り込むことで、パッと見ただけで「CATS」だとわかる、という状態が世界中で生まれた。規模は全然違うだろうが、Appleのリンゴマークと同じ構造だ。

もうひとつおもしろいのは、興行のビジネスモデルとして、グッズ売上を柱のひとつにまで押し上げた先駆者だってこと。キャッツは、洗練されたこのロゴによって日常使いできるTシャツやマグカップといった商品を展開し「席数に縛られない利益の柱」を作っていったそうだ。例えるなら、ガンダムが映画の興行収入よりもガンプラの売上の方が巨大、みたいな感じ?今じゃ当たり前なことだけど、やっぱこのロゴすげ〜〜わ〜〜〜と、思う話だった。


うわ〜〜こんな話、リアルで誰にもできないからな〜。偏愛語ろう企画、ほんと最高だな・・・!!!

1981年に生まれたこのポスターは、40年以上にわたって世界中で刷り続けられ、ロゴは一度も変更されていない。

圧巻。




キャッツとはなにか


猫が、それぞれが、自分の人生を歌い、踊る。
勝者も敗者もなく、序列もなく、それぞれの存在が提示される。
ストーリーを理解しながら見る必要もないし、分かりやすく「追う」べき相手も示されていない。

それぞれの猫が、それぞれの生を、ただ全力で生きている。
そしてその生を、それぞれに肯定している。
生への賞賛の物語。


キャッツの最後の曲に、こんなフレーズがある。

『もうお分かりのはず
とても似ているあなたと
とても似ているあの人と
とても似ている人間と
さぁ、猫にご挨拶を!』

ああ、ね。言ってるね。
「これはあなたの話」だよって。

このフレーズも、T.S.エリオットの詩の一部だ。
エリオットは最初から「猫とは人間のことだ」と知っていた。


私はキャッツを見るたびに、自分の現在地を確認しているのかもしれない。
キャッツは鏡で、私自身だ。
これからもゴミ捨て場とも思える、すばらしきこの世界で私も踊り狂いたい。








2026年3月17日 朝5時5分

劇団四季公式Xで
『2027年2月から福岡公演決定』のお知らせが
投稿された。

2025年8月20日の仙台公演千秋楽から
およそ210日。


待ってたよ。


どれくらい待ってたかって?



これくらい。




全部載せようかとも思ったが、さすがに気持ち悪いのでやめておく。


夜、目の前に原作の詩集日本語訳とパンフレットを置き、眺め、Catsの曲を聴きながら、小声で歌い、ねこを作るのが私の日課であった。
よくやく解放される。


福岡公演、とても、とても、たのしみです。



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