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絵を描く理由。大阪万博で休息の場を失ったシギへ


5月に見た干潟の鳥たちに圧倒されてから、暇があれば絵を描いている。

焦る貝とミユビシギ。
貝は開いているのでもう中身はありませんが、
焦っていることにしておきます。


仲良しチュウシャクシギと、奥に飛ぶのはミユビシギたち。(6/15加筆)


キョウジョシギ。
描いてみて初めて気がついたこと:
口角が上がっていていつも笑顔な鳥!


飛ぶチュウシャクシギ(着彩なし)


近所のオナガ。
シギと違って初列風切の外側の羽が短く、
長距離の渡りより小回り重視の体型。
のわりに、邪魔そうな長い尾、、。



あちこちで干潟が小さくなっていること、
春秋に通過するシギやチドリの数がどんどん少なくなっていることは以前からよく聞く。
そしてさらに今回、こんなニュースが飛び込んできた。

『大阪万博、会場工事でヘラシギの飛来の湿地喪失 WWFや日本野鳥の会が府と市に共同書簡』2025/6/11 産経新聞



ヘラシギ〜😢



この記事ではヘラシギのことがフォーカスされてるけど、影響を受けるのはヘラシギだけじゃないんだろうな。
悲しいのとさみしいのと、なんだか焦る。


万博がだめとは思っていない。
7月に行く予定を立てているし(楽しみ)。

ただなにに焦っているのかというと、どうにかしたいと思いつつ、何もできない(していない)自分に焦っているのだ・・・こんなにも、シギが好きなのに・・・!


シギよ〜
(これはミユビシギ。ヘラシギは見たことない)


急に真面目な話をする。

昔から考えていることなのだけど、人間の経済活動と自然環境の流れを、互いに無理なく合わせることはできないのか?ということに関心がある。

学生のときは最初、「自然を守るためには環境のことを学ばなきゃ」と環境科学を専攻した。でも授業で感じたのは、「環境問題は机上の理屈だけでは解決できない、社会構造の問題なのかもしれない」ということだった。だったらいっそ、化石燃料に依存する今の国際社会の仕組みを知りたいと、専攻を変えた。

それからは夏休みにカタールの砂漠で巨大な天然ガスプラントを眺めたり、卒業してからはコンサルティング会社でサステナビリティ経営のサポートをしたりして、いつもビジネスのあり方から環境を良くすることを考えていた。


仕事の場では、「結局、脱炭素とか生物多様性って我が社の利益に結びつくんですか?」という質問をよく受けた。


「EU市場に出るならば、環境規制に適合しないと弾かれるようになるんです」「海外の投資家はサステナビリティに取り組まない企業を投資先に選ばなくなります」
「短期じゃなく長期のROIで考えるべきで、たとえばユニリーバは四半期報告をやめてから業績が伸びまして」・・・

『言うは易し・行うはあなた』なことしか言えない自分にうんざりしつつ、言い続けた。


のだけど、私は結局、その仕事から離れた。
あるときは一度に8つくらい案件を掛け持ちするような仕事人間だったのが、いまや週に半分しか働けない虚弱人間になってしまったからである・・・泣


理解はしている。

企業としては利益を出すことが必須。環境保全が企業の利益や成長にどう結びつくのか?というストーリーを作るのが私たちの仕事。
それに、利益追求の立場にある人たちに「自然を守ることが長い目で合理的」と納得してもらうことが効果的だと、今でも思うのだが。

ただ、私は、窓の開かない高層ビルでそういう話をしているより、自分がほとんど常に自然に触れていないとだめなタイプの人だった。
私自身が自然が好きだから守りたい。だけど自然に触れていないと心が死ぬから解決に向けた議論の場から抜け出したい。
とてもわがままである。


それでもわがままというのは強い。
自然が好きという気持ちは、子供のころ家の裏にある雑木林でずっとトカゲを探していたときのまま、ちっとも消えないのだから。


だから、あのニュースを見て焦っている。
手の届く範囲で私ができることは何?と思いながら絵を描いている。
ビジネスの世界は届かなかった。絵とか表現活動は手が届くかもしれない。

こうやって作ることをなにに繋げていこうか、考えているところだ。
ありがたいことに、長年私の絵を見ている友達が「あーちゃん(私の名前)の絵で個展を開きたい!」と言ってくれた。


だからいまは練習しよう✊



(おまけ)モデル写真たち ©️夜と街

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