100万円の夏。浪費でしか守れない夢のこと
しばらくはもやし生活になるのかも。
100万円の夏
おかしい。
手作りの家計簿スプレッドシートの数字がおかしい。今年の夏、私が生活費以外で使う予定の金額が100万円を優に超えている。夫と二人暮らしなので、一応「二人分」という項目がないか目を凝らしたけど、世帯ではなく私一人の支出だった。大きめの出費を棚卸しすると、内訳はこんな感じだった。
①仕事道具(Windows PC)を新調した
②7月、大阪万博に行く
③8月、小笠原諸島に行く
④そして海鳥用にカメラを予約した
⑤画材と図鑑選びが楽しい
⑥9月には鳥学会にも行きたい
100万円…いや、もしかしたら見積もりが甘かったか。
まず仕事用のパソコンのことは、妥当な範囲だろう。
私はいま個人事業主で、必要な道具は自分で揃えなきゃいけない。なのに一番重要ともいえるパソコンで手元にあるのは、①クライアントの一社が貸してくれたWindows、②Windows派なのにAdobeを使ってみたくて購入したが結局使いこなされる気配のないMacBook。そして私は2つのOSをなめらかに行き来できるほど器用じゃない。
できるだけ快適に仕事したい。そのために、ちゃんとした仕事道具をひとつ買うべきだと半年ぐらい調べ、Lenovoに決定した。ただ、あのキーボードの真ん中にある赤いおへその役割が何なのかいまだにわかっていないけど…。
大阪万博も全くもって妥当だ。だって、万の国がこぞって未来を見せてくれる会でしょ?各国や企業がそれぞれどんな未来を描いているのか、見ておかなきゃ。特に興味があるのは、人間と、人間以外の自然(鳥とか木とか魚とか)の豊かさ・健やかさがどうデザインされていくのか、ということ。それとハンガリー料理を食べたい。
暑いんだろうなあ。
そして小笠原旅行。
3月まで一年余り仕事に就いていなかった夫が、4月から就職して全力で働いており、その変わり身の速さに驚いている。しょっぱなから残業も出張も多く、少し心配になるレベルのハイペースなのだが、そんな夫が「休みが取れる8月は小笠原に行きたい」という。熾烈な予約戦争を潜り抜けてなんとか行き帰りの船と宿のチケットをゲットした。小笠原は夫のアナザースカイであり回復の地である。
だからこれも妥当である。
そう、だから海鳥を撮れるカメラを予約した。
夫にとってはアナザースカイな小笠原、そして私にとっては海鳥の島である。そして私は海鳥、特にカツオドリ類という一族が大好き。まるで翼竜のような、大洋を滑空するための長くて細い翼を携えた空の姿。一方で陸上で明らかになる足の短さ、味わい深いお顔。たいへん素敵!
その姿を、心ゆくまで観察して撮影するのが今度の小笠原行きの個人的な目標である。


そして画材と図鑑。鳥の写真は見返して満足するだけでなく、絵を描くときに使う。鳥の構造の美しさと生きざまを表したくて、もっと細部までわかる写真を撮りたいという欲が出てしまった。ネット上に素晴らしい写真はたくさんあれど、描くことは私にとってコミュニケーションだからちゃんと公開したいし、なにより出会った瞬間を描きたいから素材は自分で用意したい。
絵は、形態と生態の学びも兼ねている。写真を超拡大しながらエンピツでスケッチを取り、ドローイングペンで線画にして、最後は透明水彩で着彩する。その一連の工程を踏むことで、翼の構造とか、脚の鱗にパターンがあることとか、少しずつわかってきたように思う。

それから、9月には北海道で開かれる鳥学会にも行きたい。いつの日か海鳥カツオドリの魅力的なプロポーションについて発表するという、内陸県住まいながら無謀な目標を掲げているのだが、その予習のため…というか興味本位で鳥類学の学会、略して鳥学会にお邪魔しようと目論み中である。実は去年も参加した。
私はこれまで、環境科学と言語学とビジネスコンサルの世界にいた。一見バラバラのように見えるけど、ひとつ軸があるとすれば「生き物が暮らす環境をよりよいものにしたい」という思いで、そのアプローチが理論か言葉かビジネスかで違うだけだった。
今も同じ気持ちで鳥や自然のことを考えている。生物は昔から興味のど真ん中だったはずなのに、自分が生物で生きていける未来が見えなくて(高校生物も成績悪かった)間接的な関わり方しかできなかった。でも最近やっとわかったのは、生きていけるかどうか、じゃなくて、これに向き合わないと生きていけないということだった。
そろそろ好奇心も熱意も休日の範囲には収まりきれなきれなくなってきた。もともとは正社員だったが、自分の体力では両立が不可能だと気づいてからは個人事業主に切り替えて探求や創作の時間を確保している。こんな生き方で不安がないと言えば嘘になるが、いまはこれしかできないので仕方ない。好奇心と感受性を守るために、試行錯誤しながら生きている。
そのうえでどういう関わり方ができるのかな、これからどう関わりを広げていこうかな、という問いを持って鳥学会にいくのである。
消費か、投資か?なにより大切なこと
私はもともとお金を使う器が小さい(ケチともいう)。なのだが、最近は服でも食器でも電子機器でも、好きなものしか取り入れないスタイルで買い物をすることで、少しずつお金を使うスタミナがついてきた。それでも存外に高い買い物をしたとき、なにかしらの理由をつけて自分を納得させる癖がある。今回もいくつか試してみた。
たとえば、「これは頑張ったごほうびだ」。
仕事がんばって、お金を稼いで、旅行や推し活に回しているのだ。そして癒され、回復し、仕事をいただいていることに感謝し、またがんばるのだ・・・資本主義の理想的な市民として、これ以上ない姿勢でしょ?
(なんか違うなあ…)
あるいは、「いつかのために必要だから」。
カメラを買うのも画材を揃えるのも、興味があることの創作や探究をいずれ社会に届けるためなのだ。だからこれは、長期的なキャリアのための必要経費なんだ!自己投資マインドでいこう。
(これもしっくりこないなあ…)

言い訳タイム、終わり。いずれもしっくりこなかった。
そもそもお金をつかうのに本来、理由なんているのだろうか。
ただ好きでやっている。これじゃだめ?
働く上での活力のため・未来に対する布石のため。とか、いろいろ思いはあるけれど、たぶんそういうのがなくても私は鳥を見て、学んで、絵を描く。
生産性に結びつかないこと、これはいわば浪費と呼ばれたりもする。
お金の使い方の中でいちばんしょうもないイメージを持たれがちな「浪費」という言葉だが、これが大切な気がしてならないのはなぜだろう。
それぞれ考えてみると、消費や投資は、未来のため。浪費は、今のため。浪費は唯一、なんらかの明白な目的や生産性に紐づかない。これは賢く生きる上では無駄とみなされやすい。
でも、あえて言いたい。
今のためにお金を使うのが無駄というならば、無駄こそ人生の本番だ。無駄の積み重ねで人生をもっと面白がれるのだ、きっと。
わたしは最近まで、そんなこともしらなかった。今と違って仕事まっしぐらだった頃はお金を稼ぐか寝るかの日々で、趣味はもちろん一つもなければ世の中の面白いことも知らないし、人との他愛ない会話すらも面倒がった。なにより、どうやってお金を使えばいいのか全くわからなかった。夫曰くずっと眉間にシワが寄っていたらしい。
あの頃に比べると、今は眉間のシワがずいぶん減った。
高配当株、よろしくね
というわけで紆余曲折あり浪費家が爆誕したわけだが、浪費しながら末長く食べていくにはそれを支える仕組みが一つでも多く必要になる。
カメラを予約した翌日の朝、四季報と睨めっこしながらSBI証券のチェックリストにいくつかの銘柄を登録した。
投資信託の積立投資のほかに、いいな〜と思う会社の株を買うことにしている。いくつか基準があって、気になる会社のうち利回りは基本3%、理想は4%以上のところを抜き出し、サステナビリティ活動のレベルを映し出すESG指標(環境や社会の問題に対して取り組んでいる度合い)でさらに絞り込む。「サステナビリティ」といっても、本業とは切り離された表面的で一時的な活動も多いのだが、そうじゃなく本業と同じ流れにある活動であれば、それは長い目で見た健全な経営戦略でもあると考えている。なので、ESGの評価が高い会社は運用先としてまあ大丈夫だろうと判断している。
その上で直近の割高感や値動きを見て、いくつかの株を新たに仕入れ、残りはタイミングを見計らうことにした。
といいつつ、私がやっているのはかなりの少額運用。それでも、好きなものを我慢するより、すこしでも運用して増やすほうが今は居心地がいい。
やっぱりイモを育てられるのが最強
こないだの週末、夫の上司が家の敷地で採れたジャガイモをくださるというので、2人でのこのこ参上した。そしたら想像の5倍の量の立派できれいなジャガイモをいただいて、イモ好きの私は大歓喜である。

食べていくための方法として、無駄を削って生活をミニマムにすること(節約)、仕事を頑張って稼ぎを増やすこと(財の生産)、お金に働いてもらうこと(投資)。
このあたりが今の経済では王道になると思うのだが、もっと直接的で信頼できる手段がある。とりもなおさず、炭水化物をつくることである。(現物生産!)
だって、ダイレクトに胃を満たしてくれるじゃないですか。そればかりじゃなく、土の癒し効果は絶大だし、たくさんとれたら近くの人とシェアできて、そこで緩やかな関係性が生まれるところもいいなあと思うわけだ。
それに、お金はインフレだったり為替だったりで価値が変わりうるけど、ジャガイモ1つはずっとジャガイモ1つの価値なまま、美味しい。
…というわけで、私もいつか庭が欲しい。自分で作物作りたい。鳥が来れるように藪や低木などをミックスして、バードバスを置いたりもして。微生物から虫から鳥から、小さな生態系ができるのを日々眺めるのだ。
ただ、作った作物に生き物が寄ってたかるのはほどほどにしていただきたいが。
と、欲張りなことばかり思う。
でも欲って、希望だ。
明日を楽しみにして寝られる希望。
鳥、創作、探究、イモ、庭、
好奇心と感受性の向かう先であり、守り育てたい夢。
私の夢たち、末長くよろしく。
浪費していい、生きてるんだから。

