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季節によって変化する「朝」

私は朝によく散歩をする。
時間は決まっておらず、5〜7時ごろが多い。

1人で黙々と、1時間ほど歩く。
音楽などは聞かずに、周りの音や日常の変化を拾い集めるようにしている。自分の中の標本箱に世界の欠片を少しずつ収めていく作業だ。

春の朝は、特に気づきが多い。
いつのまにか芽吹き始め、花や葉は日毎に膨らみ、開く。日々色彩豊かになっていく景色の中に春の訪れを見つけていくと、一日の初めに新たな命の誕生に立ち会えたような気持ちになり、何だか嬉しい。

春は草木にのみ訪れるわけではない。
自動販売機の飲み物から「あたたかい」ものが無くなったり、ショーウィンドウにパステルカラーの服が並んだり、桜やいちご味のスイーツが発売され始めたり…こんなところにまで、と思う場所にも少しずつ訪れる。

夏の朝は、実は大変賑やかで活気に満ちている。
日中は暑すぎるので、大きい公園などには早朝様々な「運動する人」たちで溢れかえる。そしてご近所の犬たちの散歩も早朝に集中する。他の季節の朝散歩では出会えない犬たちとも出会えるのが楽しい。

また夏の朝の道には虫の死骸が多い。突然羽ばたきをやめたように転がる昆虫たち、土から出てきて道半ばで生き絶えたみみずなど、油断すると踏んでしまいそうなくらい虫が落ちている。

そしてこれらはどうやら、カラスなどの鳥の朝食になるようだ。日中に再度訪れると、道に落ちた虫たちは綺麗さっぱり無くなっている。命の循環は確かに存在し、私たちが見ていない間にも変わらず起こっていることを実感する。

秋の朝には少し緊張感がある。
残暑は一体いつまで続くんだ、と思いながら歩いていると数日のうちに秋めいて、すぐ冬に突入してしまう。たった数日の秋を逃さないように、日々目を凝らしながら散歩をする。

そうして歩いていると、いつもと変わらず夏の暑さが続いているようなのに、その中でも生き物たちは秋に向かって進んでいるのだと気づく。

日当たりの良いところから色が変化する葉、虫の音の変化、ひっそりと生えるキノコたち…人間ばかりが突然の秋の訪れ、そして冬への進行に狼狽えているようで思わずクスリと笑ってしまう。

冬の朝は驚くほど静かだ。
5時から散歩を始めると、日の出前の暗くて静かな街を歩くことになる。自然や生き物の気配は少なく、揃って冬眠してしまったようだ。

そんな街中では「人の動き」が際立つ。駅へと急ぐまばらな人影、八百屋さんの品出し、パン屋さんの奥に灯る光、工事の誘導や新聞配達をしている人たち…働き者の静かな息遣いの存在を知る。

これらの営みは他の季節にもずっとあったはずなのに、街が時を止めたように静まり返って初めて、認識することができる。春は命の芽吹きに浮き足立ち、夏は早朝から始まる活気に心躍り、秋は時の流れに溺れぬよう必死でいる。そんな時には気づくことができないのだ。

季節により異なるそれぞれの朝の姿。
どの姿も見ていて飽きない。世界と、自分と静かに向き合うことができる時間だ。

自分がどんな状態であっても世界は回り、時は進み、人や生き物は変わらずその命を生きていく。

その大きな流れの一部に、自分もただ、ぽつんと混ざり込んでいる。そう思うだけで、こわばっていた肩の力が少しだけ抜けていくような気がするのだ。


⭐︎「季節によって変化する朝」というテーマを選んで書きました。


うれしいです!☺️☺️

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