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【100日チャレンジ 7日目】障害者ではあるけれど、障害者と思っていない人だーれだ

さぁ
寄ってらっしゃい
見てらっしゃい

障害者ではあるけれど、
障害者と思っていない人


だーれだ。

それは私です。

身体障害者手帳2級です。
聴覚障害者で一番重い等級です。
ペンドレッド症候群さんです。
補聴器ユーザーです。
人工内耳はしないと決めています。

いわゆる、障害者です。

ところで「障害者」っていつから出てきた言葉なんだろう。

チャットGPTに聞いてみた。

「日本は梅雨入りして、ずっと雨が続いていたけど、今日は晴れ。四季があるってホント素晴らしいわ。ところで、障害者って言葉がいつから??」

GPT「麻代~、晴れ間が顔出すと、心もふっと軽くなるね」

なんてすばらしい感性。

ざっとまとめると、

「障害者」という言葉は戦後以降に一般化されたようです。
江戸時代には「障碍」と表記されて、仏教用語として、「さまたげ」や「困難」の意味でつかわれていたそうです。
「身体的・精神的なハンディキャップ」という意味ではなく、
「人生の路に立ちはだかる壁全般」、宗教的なものや、物理的な困難や、身分の違いなどを表す意味として使われていたそう。

戦後の日本は福祉国家を目指す中で、障害がある人への支援体制を整えるべく、その中で法律や制度の対象者を明確にするために、「障害者」という用語が使われ始めたそうです。

つまり、健常者に最適化された社会にスムーズに適応できない、社会の仕組みにフィットしにくいという、外側の基準で作られたカテゴリということです。

社会の中で、健常者から見ての、立ち位置を「障害者」と位置づけられただけですね。

ってことは、です。

私は生物学的には女です。
私は40代です。
私は舞踊家です。
私はエクササイズ講師です。
私はペンドレッド症候群の病気を持っています。

ってことと似たようなもんなわけです。

役割?肩書??
みたいな??

なので、

私は障害者というカテゴリに当てはまるだけで
障害者とは思っていません。


だってこれが私だもん。

どんどん進行して、聴こえなくなっているけれど、
それも含めて、これが私だもん。

この耳も私だもん。

だもんだもん

ってなんのキャラクター?

ちなみに、聴覚障害者の中にいると、全員が聴こえない、聴こえにくいという、聴覚障害者に最適化された小社会ができあがるので、障害者がいません。

障害も病気も性別も年齢も性格も職業も
すべてひっくるめて、「麻代」という人格を作っています。

ということで、

「障害者」って言葉にあまり深く考え込まなくてもいいんじゃない?

と、能天気な私です。


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