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【自己紹介】元不登校、今は上場企業の役員会メンバー。「負け」に見える経験を、いかにして最強の「武器」に変えてきたか。


序章:神童と呼ばれた日々と、システムエラーの始まり


1982年、愛媛県松山市生まれ。「朝山 泰伸」と申します。

小学生時代の私は、周囲から「神童」などとおだてられ、成績は常に上位でした。ただ、少しばかり融通が利かない、「勉強はできるけれど扱いにくい」タイプの子どもだったと記憶しています。授業で先生を困らせるような難問をぶつけてみたりと、今思えば赤面ものの行動もしていました(苦笑)。

この頃の私には、怖いものなど何もないように思えていました。しかし、人生最初の大きな転機、いわゆる「システムエラー」は、中学校受験で訪れます。

県内随一の進学校を受験し、まさかの不合格。 学力的には合格圏内と確信しており、滑り止め校への手続きもしていなかったため、順風満帆だった小学生時代から一転、初めて味わう大きな挫折でした。

しかし、今振り返れば、この挫折こそが、私の人生というOS(基本ソフト)を書き換えるための、最初のきっかけだったのです。



1. 迷走と模索:不登校から海外へ ― OSの乗り換え


不本意ながら進学した地元の公立中学校で、私は「不登校」になりました。 直接のきっかけは、テストの点数を同級生にからかわれたこと。些細なことですが、当時の私にとっては、「神童」としてのプライドが許さなかったのでしょう。

この経験は大きな挫折でしたが、同時に人の痛みがわかる人間になるための、必要な通過儀礼だったと感じています。もしあのままエリートコースを進んでいたら、私はまともな大人にはなれていなかったかもしれません。

約1年間の不登校期間、親は大学病院や「お祓い」にまで私を連れて行きましたが、状況は変わりませんでした。 そんな八方塞がりの状況を変えたのは、一冊の本との出会いでした。不登校の学生が海外留学を通じて再生していく体験談を読み、私は直感しました。

「これだ! 私に合わないのは私自身ではなく、日本の学校というシステム(OS)なのかもしれない」

この仮説に基づき、ニュージーランド(NZ)への留学を決意しました。 NZの教育システムは、画一的ではなく、自分の習熟度に応じて科目レベルを選択できる柔軟なもので、これが私には非常によく合っていました。多国籍な留学生たちとの出会いも刺激となり、私は新しいOSの上で、自立心を取り戻していきました。


2. 再び日本へ:新たな挑戦と、またしても… ― 組織との不適合


高校卒業後は帰国し、立命館大学法学部に進学。その後、メガバンクに入社しました。 しかし、ここで再び「不適合」が起こります。

当時の人事が求めた「革新的で型にはまらない人材」という私への期待と、配属された現場が求めた「上意下達でミスをしない人材」という現実。このギャップに苦しみ、私はわずか半年で退職を決断しました。

「減点方式」の組織では、自分の強みは活きない。そう悟った早期の損切りでした。

その後、法律分野への関心を深め、司法書士試験に3度挑戦。残念ながら合格には至りませんでしたが、この期間に集中的にインプットした法律知識は、後に思いもよらない形で私の最強の「武器」となります。 人生において、無駄なデータなど一つもないのです。


3. 転機到来:ベンチャー企業での飛躍 ― 「武器」の発見


2009年、医療系IT企業に入社。ここから、私のキャリアにおける伏線回収が始まります。

当時社員50人に満たないベンチャー企業でしたが、入社4ヶ月後、上場を目指すタイミングで内部監査室を新設することに。「法律に詳しくて元銀行員」というタグだけで、27歳で初代室長に抜擢されました。

司法書士試験には落ちましたが、その過程で得た知識(武器)が、まさかこんな形で火を噴くとは。 「型にはまらない性格」と「法律知識」を活かし、ゼロから仕組みを構築するこの仕事に、私はかつてない没入感を覚えました。

上場審査では、通常行われない「内部監査室長面談」が設けられましたが、10cm厚のバインダー6冊分にもなる監査調書を提示し、論理的に説明しきったことで、審査官を唸らせることができました。

その後、IPO(ジャスダック上場)、東証一部(現プライム市場)への市場変更をサブリーダーとして牽引。IPO準備中は月200時間の残業も経験しましたが、その反省を活かしてプロセスを改善し、市場変更時には残業を月30時間に抑えるなど、「仕組み化」による生産性向上も実現しました。


4. そして現在:これまでの全てを力に ― 経営という総合格闘技


こうした経験を経て、現在はプライム上場企業の役員会メンバーとして経営に参画しています。

不登校で培った「内省する力」、留学で得た「多様な視点」、試験勉強で得た「法律知識」、そしてベンチャーで磨いた「実務経験」。 これら一見バラバラに見える「点」が繋がり、今は経営判断という高度な意思決定の場で活かされています。

特に、周囲がアクセル全開になりがちな場面で、あえてブレーキ役となり、リスクを多角的に検討する視点は、順境と逆境の両方を知っている私だからこそ提供できる価値だと自負しています。

5. 結び:人生は、まさに「人間万事塞翁が馬」


今振り返れば、すべての出来事は、良くも悪くも次の何かへと繋がっていました。 あの時の挫折(バグ)があったからこそ、修正パッチが当たり、今の自分がある。

そう考えると、これからの人生で何が起きても、「これもまた、未来の伏線になる」と捉えることができます。

私はこれからも、これまでの経験を活かして会社の成長に貢献するとともに、自身の少し変わった経験から得た思考のフレームワークを、これからキャリアを築く若い世代や、悩める方々のための「羅針盤」として共有していきたいと考えています。

結局のところ、選んだ道を「正解」にするのは、自分自身の行動でしかないのですから。

※プライム上場企業とは:かつての東証一部上場企業に相当。日本に約400万ある事業者の中で、わずか0.04%(約1,650社)しか存在しない、社会的な信頼性の高い企業群です。


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