「私の育て方が…」と自分を責めるお母さんへ。そして、そう思わせてしまったご家族へ。
「一体、誰のせいなんだ…」
もし、あなたが今、我が子の(あるいは、我が孫の)不登校という出口のないトンネルの中で、そんな風に「犯人探し」を始めてしまっているのなら。
少しだけ、私の話を聞いてください。
これは、約30年前に不登校だった私を支え、そして「犯人」にされ、壊れる寸前まで追い詰められていた「母」の物語です。
この記事は、終わりの見えない不安の中で戦っているあなたへ送る、未来からの処方箋です。読み終える頃には、あなたの心に渦巻く「誰かを責める気持ち」や「自分を責める気持ち」が少しだけ和らぎ、「私たち家族が、今すべきこと」が見えるようになっていることを、心から願っています。
止まらない犯人探しと、壊れかけた安全基地
自己紹介にも書きましたが、私は中学校時代に約1年間、不登校を経験しました。
当時、藁にもすがる思いだったのでしょう。
母は効果があると言われれば、私を心療内科に連れて行き、果てにはお祓いにまで足を運びました。
もちろん、それで状況が好転することはありませんでした。
そして、そんな出口の見えない状況の中、私の家は静かな戦場となっていったのです。
原因が分からない息子の不登校に、父や祖母のいらだちは募り、その矛先はすべて母に向けられました。
「お前の育て方が悪いからだ」
「甘やかすから、こんなことになるんだ」
家族からの容赦ない言葉が、毎日母の心を深くえぐっていきました。母は家庭内で完全に孤立し、たった一人で「母親失格」という見えない烙印を押されていたのです。
後になって、母から聞かれた話があります。
「あの頃は、本当にどうしていいか分からなかった。あなたには妹がいるでしょう。その大切な妹のことさえ考えられなくなるほど、精神的に限界だったのよ」
この告白だけでも、私は胸を締め付けられるような思いでした。しかし、母が背負っていた闇は、私の想像を絶するほど深かったのかもしれません。
これは母から直接聞いた話ではありません。私の、不確かで、断片的な記憶です。
不登校だったある夜、ふと目を覚ますと、枕元に母が立っていました。その手には、台所の包丁が握られていました。ただ静かに、私を見下ろしているのです。
今となっては、あれが現実だったのか夢だったのかさえ定かではありません。ですが、もしあれが現実だったとしたら。想像でしかありませんが、母は、無理心中を考えていたのではないかと思うのです。
私が心を閉ざしている間、母はたった一人で、社会からの偏見、家族からの叱責、そして終わりの見えない将来への不安という、あまりにも重い荷物を背負い、壊れる寸前まで追い詰められていたのです。
なぜ、あなたは自分を責めてしまうのか?〜認知的不協和という心の罠〜
では、なぜ母は、そして今、この記事を読んでいるあなたも、そこまで自分を追い詰めてしまうのでしょうか。
それは、あなたの心が弱いからではありません。心理学で言うところの「認知的不協和」という、誰もが陥る可能性のある心のメカニズムが働いているからです。
多くの人が「子どもは学校に行くのが当たり前」という社会的な理想を持っています。
しかし、目の前には「我が子が学校に行かない」という現実がある。この理想と現実の間に生まれた矛盾(不協和)は、心に強いストレスを与えます。
その不快なストレスから逃れるために、私たちの脳は「自分の育て方が悪かったからだ」と、自分を責めることで矛盾のつじつまを合わせ、心のバランスを取ろうとするのです。
つまり、あなたが自分を責めてしまうのは、お子さんを深く愛し、真剣に向き合っているからこそ生じる、自然な心の動きなのです。
しかし、その上で断言します。
お子さんの不登校は、決してあなたのせいではありません。
それは、お子さんというユニークでかけがえのない「いびつな星形」と、日本の画一的な学校システムとの間に生じた、単なる「システムエラー」に過ぎないのです。
親が倒れたら、子どもは休めない。
認知的不協和が自然な心の動きだとしても、一つだけ厳しい現実をお伝えしなければなりません。
親が自分を責め、不安と焦りで心をすり減らしていると、その空気は必ず子どもに伝わります。
子どもにとって、親は最後の「安全基地」です。
その基地が、親自身の罪悪感によって揺らいでいたら、子どもはどこで心と体を休めればいいのでしょうか。
親が倒れてしまったら、子どもは安心して休むことさえできなくなってしまうのです。
だからこそ、今あなたがすべきことは、自分を責め続けることではありません。
そして、お母さんを支えるはずだった、ご家族の方へ
この記事を読んでくださっている、お父さん、おじい様、おばあ様へ。
お子さん(お孫さん)を心配するあまり、ついお母さんを責めるような言葉を口にしてしまったことはありませんか。その根底にあるのが愛情だということは、痛いほど分かります。
しかし、その言葉が、お母さんを、そして間接的にお子さんを、どれだけ追い詰めているかに、どうか気づいてあげてください。
今、ご家族ができることは「犯人探し」ではありません。孤立しているお母さんの、一番の味方になることです。
「いつもありがとう。一人で背負わせてごめんな」
「君のせいじゃない。一緒に情報を探そう」
「専門家の人に、一緒に話を聞きに行かないか?」
あなたのその一言が、壊れかけた安全基地を修復し、家族という「チーム」を再生させる、最初の大きな一歩になるのです。
最高の安全基地は、親の心の平穏だった
子育ては「管理」ではなく「冒険」です。
親の役割は、子どもの人生の航路をすべて決めてしまう「船長」になることではありません。
親は、自らの場所で輝き続ける「灯台」であるべきなのです。
あなたがあなた自身の人生を大切にし、穏やかな心を取り戻すこと。その安定した光こそが、嵐の中で道を見失ったお子さんにとって、何よりの道しるべとなります。
今日からできる、心の荷物を下ろすための小さな一歩 〜セルフ・コンパッションのすすめ〜
情報という名の洪水から抜け出し、自分を責める思考から自由になるために。今日からできる、「セルフ・コンパッション(自分への思いやり)」に基づいた、とても簡単なことを3つだけ提案させてください。
情報の蛇口を閉める(情報断食)
ネットやSNSで、不登校に関する情報を追いかけるのを、今日一日だけやめてみませんか。 あなたとお子さんにとっての答えは、ネットのどこかにあるのではなく、あなたとお子さんとの静かな時間の中にしか存在しないのです。自分のための「5分」を確保する
お子さんが寝た後、あるいは少し離れられる時間に、たった5分でいいので、自分のためだけの時間を作ってください。 好きな音楽を聴く、温かいハーブティーを飲む、ゆっくり深呼吸する。 それは自分を責めるのではなく、自分の苦しみに寄り添う、大切な「セルフ・コンパッション」の実践です。誰かに「助けて」と言う
どうか、一人で抱え込まないでください。 パートナー、信頼できる友人、私のような経験者。あるいは、心理カウンセラーや精神科医といった専門家。そして、同じ悩みを持つ親たちが集う地域のネットワークやオンラインコミュニティ。そういった人たちの力を借りることも、決して特別なことではありません。「自分だけじゃないんだ」と感じられる場所は、必ずあります。
30年前、もし母が壊れてしまっていたら、今の私は存在しなかったかもしれません。
だからこそ、今、同じように苦しんでいるあなたに、心からの敬意と共感を込めて、この言葉を贈ります。
あなたは、もう十分に頑張っています。
どうか、これ以上自分を責めないでください。あなたの心の平穏こそが、お子さんの未来を照らす、何よりの光なのですから。
この記事を読んで、あなたの心が少しでも軽くなったのなら、それ以上に嬉しいことはありません。
きっと今、あなたは一人で多くのことを考え、感じていることでしょう。「もっと他の視点を知りたい」「誰かの経験談を聞いてみたい」そう思うのは、とても自然なことです。
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