最初の結婚までの話。
まずは昔の話しを。
高校を1年で辞め、16歳でひとり暮らしを始めた私。
学校を辞めるなら自分の力で生きていけという親の意向でした。
ケータイもない時代、ガソリンスタンドでアルバイトしながら家と職場の往復のみの生活。もちろん貧乏。
逆にケータイもない、車も持てない年齢だったから生活出来たと言えなくもない。
万に一つ、友達が遊びに来ることがあって「何か持っていこうか?」なんて言われたら「お米!」と即答。
主食があれば何とかなる思考。
栄養失調で倒れた事もありました笑
ああ栄養のバランスって大事。
そんな頃に出会ったのが最初の旦那様。
バイト先の社員でした。
2つ年上で、狭い世界で生きている私にはとてもとてもお兄さんに見えたわけで。
車持ってる、ご馳走してくれる、話聞いてくれる、それはもはや白タイツの王子様に見えちゃうわけですね。
私からの猛プッシュでお付き合い開始。
週に1〜2度遊びに来る程度から始まり、気がつけば同棲、職場も同じなので24時間一緒の生活が2年過ぎた頃、妊娠が発覚。
そこから結婚へ…となるところなんですが
そこで色んな事が起こるのが私の人生なわけです。
まずは私の母親。
結婚には大反対。
何を話しても通じない、反対する理由ももはやわからない、とにかく反対。
珍獣と化した母親と、その飼育員状態の父親に一旦話すことを諦める。
次に彼の母親。
彼は母子家庭だったのですが、とにかく息子ラブ。
同棲中も私が1人の時にやって来ては
「息子を返して!」
なんて言われてたので反対されるのは覚悟してたけど
「アバズレ!」
「息子の将来を台無しにした!」
「たぶらかして!」
などなど。
ザ、罵詈雑言。
そんな両家が集まったところで、まともな話し合いになるはずもなく
最悪の場合は縁を切る覚悟で「産む」宣言。そして半ば強引に入籍。
これで家族を持てた。
慎ましくも幸せな日々を過ごしていけると思ったのもつかの間
なんと旦那様はモラハラ旦那様に変貌。
悪阻で吐けば「きたねぇ」
具合いが悪くて寝てたら「わざとらしい」
妊娠を理由に家事が疎かになれば「だらしねぇ」
あれ?あれあれ?
こんな人だったっけ??
そう思ったところで18歳の私はどうすることもできない。
今考えたらどうにでもできるんだけど、当時はそんな事考えもせず。
決して快適な妊娠期間は過ごせなかったけど、流産や早産の危険を乗り越えながら予定日より1ヶ月ほど早く出産したのでした。
ここから先はまた今度。
さて。
ここからは私がこれらの経験を踏まえて思うこと。
それは家族や大切な人には「あなたを大切に想っている」と伝えて欲しいということ。
反抗期、思春期の子供には手を焼く事もあるでしょう。
我が家も毎日、思春期と更年期のぶつかり合いですよ。
だけどね。
あなたを愛してる
ということを伝えるのは忘れないようにしています。
私の両親はそれをしなかったばかりか
褒めることもしなかったので論外ですが
結果私は幼少期からずっと親に愛されていないと思って育ちました。
20代半ばになってから親に「私を愛しているのか」聞いた事があって謝られたことがありますが、時すでに遅しでその時の感情を正すのは難しくなっていました。
もちろん、期間や頻度にもよると思いますが、どちらにせよ大事な人に「愛してる」と伝えて困ることなんかないと思うんです。
私は今の今まで
"困った時に頼るリスト”
に両親が入っていた事はありません。
どうせまた怒られる。どうせまた文句を言われると困り事を持ち込む事を避けてきました。
だから困った時ほど実家に帰らなくなりました。
それは、ある程度関係が良好になった今も変わりません。
早くに家を出て、その後足が遠のき過ぎた結果、帰ってホッとする実家ではなくなってしまったんです。
帰省しても泊まることもありません。
日本人は特に愛を伝えることが上手くないので、みなさんには是非
大切な人には
愛してるよ♡
を伝えられる人になって欲しいです。
では今日はここまで!
