【創作大賞2024】深海で、灯火を捏ねる⑥
―適切に、熟成させる
翌日は試作だった。
全員参加だ。勝木も、朝一番の会議が終わったら参加するという。
「勝木部長、試作お好きですよね」
「隙あらば参加しようとするよな」
真城と吉原が話している。船越も微笑みながら頷いている。丸さんとヤーさんは、すでに計量を始めていた。
「最初に発表会用の商品を作ってしまおう。部長が来たら、9月追加商品の試作ね」
船越が音頭を取る。吉原が分割し、紬麦が丸め、真城と船越と丸さんで成形をする。
吉原の分割速度も目を見張るものがあったが、成形組の速さと丁寧さは芸術的だった。
特に船越が生地を伸ばすと、厚みが一定になる。トッピングをするだけでも、船越のものは天の川みたいにキラキラと美しく仕上がる。どこにどう散らすのか。一か所に集中しないように、バランスよく。その1つ1つにセンスが必要なのだとわかった。
ただの微笑み親戚おじちゃんマスコットではないのだ。紬麦は心の中で船越に謝った。
「課長はずっと工場にいらっしゃいましたもんね。丁寧で、速い」
紬麦の疑問を察知したのか、吉原が話題を振る。船越は「そうだね。製造知識や設備の知識は、ある方かな」と笑っている。
「どうして開発部に配属されたんですか?」
紬麦の質問に、船越は仏のような微笑みを浮かべた。
「僕は現場で勝木さんと一緒に働いていたことがあったからね。僕の経験を、必要としてくれたんだろう。僕だけじゃないよ。みんな勝木さんに誘われて、ここにいるんだ」
吉原の話は聞いている。「真城さんも?」「そう、私も」と真城が頷いた。
「紬麦くんもだよ」
「おれも?」
手が止まっているのを、丸さんがやんわり注意する。慌てて分割した生地を丸めていった。丸さんのように両手でできないので、時間がかかる。
「入社後研修の自己紹介の時、開発がしたいってバカみたいに叫んだんでしょ。勝木部長、それを聞いてたみたい。『うちの部は落ち着いている人間が多いから、威勢のいい奴が1人ぐらいいてもいい』って言ってたよ」
私は嫌ですって言ったんだけどね。真城はまた暴言を吐いている。
大声で宣言したことを、紬麦はもちろん覚えていた。各部の部長がいる前で、新入社員が自己紹介をする機会があったのだ。同期は全員笑っていたし、半分以上受け狙いみたいに考えていた。
勝木は、それを覚えていたのだ。
「進捗どう?」
作業着姿の勝木が入ってきた。丸さんとヤーさんを見つけ、深々と頭を下げている。
「丸さん、勝木さんが部長になる前、部長だったんだよ。定年退職されて、今は嘱託。ちなみに丸さんとヤーさんは同期」
大きな声が出た。どうしてそれほど大事なことを誰も教えてくれないのか。開発部の面々は、説明足らずの節がある。
「じゃあ、サクサクいこう」
髪を1つにまとめた勝木が参戦した。
船越の技術は素晴らしかったが、勝木も相当のものだった。
成形だけではなく、焼き上げるまでのすべての工程に神経を巡らせている。
「あと10秒、捏ねてください」ヤーさんと生地の状態についても議論していた。
「ふっくらさせたいので、もう少し柔らかく。伸びるように」ヤーさんはこくりと頷いた。極道と妻のような雰囲気がある。紬麦は思わず全身を震わせた。
勝木の動きは、高級レストランでシェフが仕上げをするときのような優雅さがあった。指示に従っていると、アーモンドみたいにきれいな色のパンが焼きあがる。
試作をしている勝木の瞳は、一番星のように輝いていた。
自分と何が違うのか。紬麦はあとでゆっくりと考えようと決めた。
午後7時を回り、最後の成形が始まった。さすがに全員疲労の色が見え、口数が少ない。ミキシング工程が終わると、開発室は静かになった。嘱託の2人はすでに退勤している。
ぐう。盛大な空腹音が鳴った。誰だ。全員が顔を見合わせる。真城が赤い顔をして俯いている。紬麦は彼女なのだと思い、追及するのを諦めた。
「お腹減ったなあ」
そう言ったのは、勝木だった。気の抜けた顔をしている。ぐう、とまたお腹が鳴った。真城が笑いだす。どうやら笑いを堪えていたようだった。「朝から食べてないんだよ」仕方ないんだよ、と勝木は言い訳している。
「成形終わったら、出前でも頼むか。どう?」勝木が提案した。
「肉食べたいです」「できればお寿司が」「冷たいお蕎麦が食べたいですね」それぞれが思い思いの意見を言っている。紬麦は、かつ丼が食べたい気分になった。
「おっけい。これが終わったら、好きなもの頼んで。片付けして、食べてから帰ろう」
そこから俄然やる気が高まった。おいしいものを食べるのだという気持ちが、力になる。最後の成形は、一瞬で終わった。
各自食べたいものを頼み、届くまでに片づけを終わらせようと、最後の力を振り絞って清掃をする。
勝木が、作業開始前よりもきれいに作業台を磨き上げていた。
その姿を見て、紬麦はモップを持つ手に力をこめた。顔が映るくらい磨いてやろうと、腰を入れてモップを動かす。「床に穴があきそう」と真城が止めた。「汚れを引き延ばしてる」と言われた紬麦は、ごはん前のトイプードルみたいな顔になっていた。
食事が届くと、宴会になった。酒はないが、お茶で乾杯する。まだ社長の承諾を得られたわけではないが、アイデアを形にできただけで、これほどうれしいのだと、紬麦は初めて感じた。
楽しい。仲間たちの顔を見ながら、そう感じた。
向いていなくても、開発を続けたい。
そう、思った。
「そういえば」
食事の片付けをしていると、思い出したように勝木が口を開いた。視線の先に自分がいることに紬麦は気づき、小言かと身体を強張らせる。
「お前が配属初日に提出した新商品案、全部見たよ。あれは、だめだな」
やはり小言だった。紬麦は項垂れる。テーブルを拭く手に力が入っていない。
「お前のは、アイデアじゃなくて、思いつき。思いつくだけじゃ、足りないから。考えて考えて、考え抜いた先にアイデアになる。寝ても覚めてもそのことばかり自然と考えている。そんな状態になるまで考える。
熱意と思いつきがあることは、よくわかった。そこから視点を変えたり、足したり引いたりして、何が最善か、考え抜きなさい」
はい。すみません。紬麦の声が次第に小さくなっていく。吉原と真城が笑っている。助けてくれよと、言いかけてしまう。
「でも、1つだけいいのがあったな。『ホワイトシチューブレッド』。ブリオッシュ生地っていう点も良かった。おいしそう。ビーフシチューとセットにして、12月の企画会議で提案できるよう、2品展開で考えてみな」
紬麦の雄叫びが響く。
まだ残っていた研究所員が何事かと集まりだした。吉原と船越が代わりに謝罪している。「現実に即しているか、見張っておいて」と真城が勝木から頼まれ「無理です」と項垂れている。
紬麦は2回目の雄叫びを上げ、「いい加減にしろ」と勝木に怒鳴られていた。
