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【創作大賞2024】深海で、灯火を捏ねる⑦

 ―しっかりと、でも焦げないように、じっくりと

 新商品の規格を決定させる場である、発表会。

 紬麦は初めての参加だった。部長や社長に試食を出す係になっただけだが、それでも緊張していた。

 勝木も緊張しているようだった。朝からほとんど無言で、資料を凝視して、考え込んでいる。頭から湯気を出しそうな集中力だった。

 会議開始15分前に立ち上がり、船越に指示を出した後、彼女は会議室に向かっていった。それを見送り、紬麦たちも試食用のパンを持って、準備を開始する。

 会議が始まった。開発部全員が会議室の外で準備をしながら待機をする。最初に社長の挨拶、営業部やマーケティング部の業績連絡を経て、試食会が始まる。

 船越は会議室の扉を少しだけ開け、隙間から中の様子を伺っている。スタッフ3人で社長や部長に試食を回すが、そのタイミングを船越が決める。会議の進捗次第でタイミングは変更になる。いつでも出せるよう、試食の準備をしなくてはならなかった。

 吉原、真城と一緒になって、昨日作ったパンを高速で丁寧に切り分けていく。電動のこぎりに、なりきった。水分が飛ばないように、カットしたらラップをかける。「かけろ」と真城に凄まれたからでもあった。

 会議室の外は静かだ。少し薄暗い。営業部のスタッフも数人いたが、全員が息も気配も潜めていた。淡々と実績を説明する声に、耳を澄ませている。

 突然、怒鳴り声が聞こえた。
 会議室の中からだ。船越の顔が厳しい。吉原に様子を見てこいと言われ、紬麦は船越の横に並んだ。

 扉の隙間から、目を刺すような電灯が零れている。

 怒号が響き渡っていた。社長が怒っているのだ。7月の業績悪化の理由について、主に営業と開発の責任が問われているようだった。「荒れてる。長引きそうだ」と船越が小声で教えてくれた。

 3センチの隙間から中を見る。「こんな商品で業績回復が見込めるのかっ」と社長が顔を赤くして叫んでいる。マーケティング部の石田部長が「そうですよねぇ」とフォローもせず同意していた。桃原部長は「僕は悪くはないと思いますけどね」と、どこか他人事のようだった。

 他の部長たちも、社長に存在が気づかれないようにと願ってるかのように、険しい顔で俯いていた。

 勝木1人が、矢面に立っている。

「この商品が売れると思う根拠は何なんだ」「登録の見込みはあるのか」「9月だけじゃなく、10月も見据えた戦略になっているのか」と矢継ぎ早に責められている。

 石田と桃原は素知らぬ顔だ。なぜ。紬麦は憤りを感じた。営業部もマーケティング部も一緒になって企画を考えたのに、なぜ。

「販売計画なんて、営業が担当で、我々の仕事ではないのにね」

 船越が呟いた。視線は会議室の中に注いだままだ。ひとり言だったかもしれない。そう思い、頷いただけで、視線を戻した。

 石田部長と桃原部長は、黙り込んで社長と目を合わせない。我関せずということだろうか。怒られることが怖くて、時間が過ぎるのをただ待っている小学生のようだった。

「がっかりさせたいわけじゃないけど、いつもこうなんだよ。営業もマーケも、助けてくれない」

 勝木の背中だけが見えた。

 社長と対面し、問いに答えているのは、彼女だけだった。

 怒号に負けない、はっきりと通る声で、発言している。

 ソーセージを使ったパンの過去の実績や、市場のトレンドの説明、商品のコンセプトを説明している。会議では話していない内容だった。

 昨日は一緒に試作をしていたのに、いつの間にそこまで考えていたのか。紬麦の視線が、勝木の背中に吸い込まれる。

「紬麦くんは、まだエースになりたいの?」

 船越を見た。会議室から視線を逸らしていないが、言葉は紬麦に向けられている。声の雰囲気から、真剣であることを感じ、「はい」と大きく頷いた。「そうか」と船越も頷く。

「まるころパンを開発したのは、勝木さんだよ」

 紬麦の両目に、火のようなものが点った。
 船越はそれを見逃さなかった。

「勝木部長をよく見て、目指しなさい」

 紬麦は素直に聞き入れたようだ。これまで見たことがないほど真剣な表情で、勝木を見つめている。船越は眩しいものを見るように、その姿を眺めた。

 勝木は独りで社長と対峙する。いつも、いつもだ。望んで独りでいるわけではないはず。誰も、彼女の隣に立たないだけだ。船越は、立ちたくても、立つ資格がなかった。

 彼女がなぜいつもあそこまで勇敢に立ち向かうことができるのか、船越には理解できなかった。

 逃げてもいいし、誰かのせいにしてもいいのに、彼女は決してそうしない。

 誰も助けてくれない中、たった独り、暗く冷たい場所で、苦しくても、しがみついて、もがいて、足掻き続けている。

 勝木が部長になってから、ずっと傍で見てきた。

 何が彼女を奮い立たせるのか。未だにわからない。

 割に合わない、は彼女の口癖だが、彼女が一番割に合っていないと船越は考えていた。これだけ矢面に立たされているにも関わらず、勤続年数が少ないというだけで、年収は石田や桃原よりも低い。誰よりも部下や会社のことを考えているが、彼女の心中を察している者はほとんどいない。言葉尻が強いため、嫌われることもある。

 本人は気にしていないが、勝木のことをよく知る船越にとって、彼女の優れた部分が理解されないことは、心苦しかった。

 船越も、吉原も、真城も、みんな他部署で評価されていなかった。

 見つけて、必要だと、声をかけてくれたのが、勝木だった。

 恩に報いたい。
 その想いで、彼女の後を追い続けている。

 けれど、勝木が報われることは、ほとんどない。

 報われるべき人が、報われていない。

 そのことが、叫びだしたいほど、もどかしかった。

「勝木部長、かっけえ」

 紬麦の声で、現実に引き戻される。隣の新入社員の姿を見た。一番星のように目を輝かせて、彼女の後ろ姿を見ている。

 勝木のもがく姿を、格好わるいのではなく、格好いいと、彼は言った。

 確かにそう言った。ヒーローショーを見ているかのような表情が、そのことを裏付けている。

 いつも怒鳴られてばかりで、情けない。
 あんなに責められても、泣きもしないなんて、可愛げのない。

 勝木をそう評価する、周囲の人間とは、違う。

 この、少し自信過剰な、でもとても素直な新入社員が、彼女の良き理解者となってくれるかもしれない。

 彼女のそばで。
 いつか、彼女の隣で。

 そうなってくれればいい。
 そうなるように、育てなければ。

 船越は、祈りのような想いを浮かべ、会議室に視線を戻した。

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