神社散歩#11(鷲子山上神社)
鷲子山上神社(とりのこさんしょうじんじゃ)
所在地
栃木県那須郡那珂川町矢又1948
主な御祭神
天日鷲命(あめのひわしのみこと)
神社巡りを始めてまだ日も浅い頃の私。
綺麗なロケーションや珍しい御朱印の情報を集めては、多少距離があろうとも好んでハードなスケジュールを組んでいた。
今では全く考えられないことだが、このルートなら何社回れる等としょうもないことを気にしたり、時短のために昼ご飯を抜いたり、運転しながら食べて済ませるなんてこともザラにあったりで、ちょっと忙しい営業マンみたいな事をしていた。
そんな頃の話。
ある日知人から情報を提供してもらった。
「面白い神社あるよ、フクロウいるよ」
情報元の当人はそんな事を言っていた。
フクロウ?
古事記も日本書紀も5周以上は読んでいるが、フクロウやフクロウの神様が出てきた記憶はない。
よくクジャクを飼育している神社があるがそのような感じだろうか?
「フクロウだけじゃないけど行けばわかる」
と言われ住所だけ教えられたので、敢えて事前に下調べをせずに行ってみることにした。
片道3時間ほどかけて着いた山の中。
観光バスも来るようで、大型車用の駐車場もあった。
境内では、屋台で年配の男性が何か(食べ物だったと思うが何かは失念)を売っていたり、食事処があったりと人の存在を感じられてちょっと安心したのが印象に残っている。
特に目を引いたのは土産物専用の出店?で、スペースいっぱいに様々なフクロウグッズが陳列されている。
付近には鳥居と共に「日本一の大フクロウ像」の看板が。
鳥居の先は急登の階段、その階段から覗き見える金色のデフォルメ調フクロウ…。(トップ画像参照)
大切に思っている人も少なくないはずなので控えめに言うが、私としては「コレじゃない感」があった。
看板の説明書きによれば高さ7mのフクロウ像で一番人気のパワースポットらしい。
今はほとんど気にしなくなったが、当時の私はパワースポットという言葉に拒否反応があった。
正確に言うと、信心や文化的・学術的興味といった背景もなく、参拝マナーも守れずにそこに群がる人たちが嫌いだった。(神社側からしたら私も大差ないが)
まして件のフクロウ像は威厳とは対極の可愛らしさである。
後で時間があったら見ることにした私の選択は必然であった。
結局、その後もフクロウ像をスルーしてしまったので写真を撮ることもなく、トップ画像は下記の神社HPより拝借した。
詳しい説明もあるのでご参考にどうぞ。
これを書いていて知ったが、フクロウ像の後ろに本宮神社があったようで行かなかったことが非常に悔やまれる。
なんでも毛嫌いしてはいけないなと反省する今日この頃。
フクロウ像とは逆方向に参道は大鳥居へ向かっている。
大鳥居までは2〜30m程だろうか?
社務所は大鳥居前左右に2ヵ所。なぜなら……

神社が「県境に跨っている」から。
写真向かって左側が栃木県、右側が茨城県。
それぞれに社務所がある。
ただし、基本的には栃木県側にしか神職さんが常駐していないそうで、御朱印はそちらでいただくようだ。私もそうだった。
初見で正確に読むのは不可能だと思われる「とりのこさんしょう」だが、茨城県側の正式な読みは「とりのこさんじょう」だそうだ。
社名の正式な読みは栃木県側が「とりのこさんしょうじんじゃ」、茨城県側が「とりのこさんじょうじんじゃ」である。本来は栃木県側も茨城県側も「とりのこさんしょうじんじゃ」が正式な読みであったが、1946年(昭和21年)に発足した神社庁に登録手続きをする際に、茨城県側の宮司が誤って「とりのこさんじょうじんじゃ」と記入してしまったため、茨城県側では「とりのこさんじょうじんじゃ」が正式な読みとなった。
…お茶目がすぎる。
当事者にとっては大問題だったと思うが、思わず口角が緩んでしまうほっこりエピソードである。

こちらも県境にあるそうだ。
栃木・茨城両県の有形文化財。
私はあまり納得できなかったが、手前の石畳は「福亀石畳」と呼ばれ特定箇所(手水舎の前辺り)の石の組み合わせが亀に見えるのだとか。
「ふくろうの石段」と呼ばれる急角度の階段を登ると拝殿。
この石段は96段あるらしく片道で苦労(96)、往復したら不苦労(2×96)と語呂合わせで縁起を担いでいるらしい。
※不苦労 = 296 = 梟のトリプルミーニング
残念ながら帰りは本殿裏の庭園から帰ったので不苦労にはならなかった。

本殿周りは精緻な装飾が施されている
本殿も両県に跨っているので、それぞれの県から有形文化財指定を受けている。
現在の本殿は1700年後半の造りだそうだ。
先ほども触れた通り、参拝後は拝殿の脇から本殿の後ろを通って境内社へ。
本殿裏は庭園のようになっており、美しい木々や花々が目を楽しませてくれる。
広い上に斜面なので管理する労力は相当なものだと思われるが、とても綺麗に整備されていた。
神社の敷地内はフクロウの像が至る所に置かれており、正直ちょっと辟易していたので使えそうな写真をほとんど撮っていなかった。
ただ、庭園そのものは本当に素晴らしい。
境内社は、稲荷社、大黒社、羽黒社、三社、三本杉社。
庭園を抜けると栃木県側社務所の近くに出られる。
羽黒社…名前の通り羽黒三山の神様を祀る
三社…風神、雷神、古峯神社の神様を祀る
三本杉社…神人共食をする夜祭りという祭事が行われるそうだ

まさにこれに尽きる
社務所でも聞いたが、結局フウロウはいなかった。
フクロウがいる。ではなく、フクロウがある。
知人のようにスピリチュアルな目線に立てば擬人法によって「いる」となり、私のように現物主義ならば「ある」となる。
見解の相違によって生まれた齟齬だったようだ。
一方で、県境にあるという特殊な立地の神社にお参りできたことは私の経験として強く思い出に残るものとなった。
また、後に櫻木神社や織姫神社でも感じたように神社を経営していくということのご苦労と努力を察した。
思い返せば、私が「観光神社の何が悪い」と思い始めたのはこの神社が最初だったのかも知れない。
現実的に実入りがなければ神社もいつか廃れていってしまうだろう。
そういった意味では、自身を省みると同時に、ただただSNS映えやパワースポットだからという理由だけでやってくる人々への考えを徐々に改める契機となった。(せめてマナーは守って欲しいが)
それは正にこちらの神社のおかげだと言える。
ちなみにこちらの神社は、
金運に大変ご利益があるパワースポット(ダイレクトマーケティング)
だそうだ。
このあと別の神社もお参りしているが、それはまたいつかの機会に。
天日鷲命(あめのひわしのみこと)
紡績、製紙、鳥、弓矢の神。
別名には天日鷲翔矢命などがある。
大日本神名辞書(明治神社誌料編纂所1912年発行)によれば、天手力男命の子。
タヂカラヲ…力を象徴する神。天岩戸の活躍が有名。
日本書紀や古語拾遺では天岩戸のエピソードに登場し、どちらも繊維に関わる役目を負っているため、麻植の神とも呼ばれる。
神名に鷲とあるが恐らく鳥類ならなんでもOKだと思われ、鷲などの猛禽類はもちろん鶴や鶏などが祀られることもある。
鷲子山上神社でフクロウを推しているのも、元々製紙業が盛んな地域だったことから始まって、キャラ付けとして縁起の良さそうなフクロウをチョイスしたのかなぁ…なんて勝手に妄想してみる。
ヒワシと言えば、関東では浅草酉の市で知られる鷲神社が有名だが、社伝には神名に関する伝承がある。
社伝によると天照大御神が天之岩戸にお隠れになり、天宇受売命が、岩戸の前で舞われた折、弦(げん)という楽器を司った神様がおられ、天手力男命が天之岩戸をお開きになった時、その弦の先に鷲がとまったので、神様達は世を明るくする瑞象を現した鳥だとお喜びになり、以後、この神様は鷲の一字を入れて鷲大明神、天日鷲命と称される様になりました。
とのこと。
伝承の通りなら、ヒワシになる前の名前がなんだったのか非常に気になる私である。
